第113話 執行者の裁断、あるいは「生体資源の強制流動化」
「コンプライアンス違反? ……現地の管理者が、本社に向かって何を言っているのですか」
外部監査役は、感情の欠片もない声でそう告げると、漆黒のスーツの袖口を軽く払った。その動作一つで、メインサーバー室の空間が歪み、物理法則が悲鳴を上げる。
「あなたの管理は『静的』すぎる。リソースを固定化し、循環を止めている。……これでは宇宙が壊死します。よって、これより**『強制的流動化』**を執行します」
監査役が指を鳴らす。 その瞬間、壁に埋め込まれていた「生体配線」――かつて四天王であったモノたちに、決定的な破局が訪れた。
資源の粉砕
バチィンッ!!
「……!?」
音にならない絶叫が、データ通信のノイズとなって迸る。 壁から伸びていた黒い触手が、イグニスの「腕」だった部分を、根元から引きちぎったのだ。配線がショートし、彼の神経系を流れていた莫大な電流が、行き場を失って彼の残された肉体を焦がす。
「警告:第4セクタの生体ケーブル断裂。……損壊率、70%を超過」
システムボイスが鳴り響く中、監査役は無慈悲に作業を進める。 次はアクアだった。冷却水制御の中枢となっていた彼女の脊髄が、触手によって無理やり引き抜かれる。彼女の体内を循環していた超低温の冷却液が噴出し、床を凍てつかせた。
「……あ、が……ひゅ……」 ゲイルとテラに至っては、もはや個別の部位ですらなかった。彼らは二体分の肉体を融解され、サーバーの隙間を埋める「絶縁ゲル」として塗り固められていたが、監査役はそのゲルすらも「純度が低い」と判断し、スクレイパーのようなエネルギー刃で削り取り始めた。
「やめなさい! 私の資産に傷をつけるな!」
コーデリアがバインダーを展開し、最高レベルの防衛ファイアウォールを起動する。黄金の障壁が四天王の残骸を覆い隠そうとするが、監査役はそれを「埃」でも払うかのように一瞥した。
「……権限レベル『ルート』。ローカル管理者のコマンドを無効化します」
パリィン。 黄金の障壁は、ガラス細工よりも脆く砕け散った。
抵抗不能の「格差」
「な……馬鹿な。私の管理権限が、一切通用しない……?」
コーデリアが初めて、戦慄の表情を浮かべる。彼女の力は「この世界の中」でしか通用しない。しかし目の前の男は、この世界を「外側」から書き換える存在だ。
「コーデリア殿! くそっ、体が……動かん!」 ライオネルと食卓の騎士たちは、監査役が放つ圧倒的な「現実存在としての質量」に押し潰され、床に縫い付けられていた。彼らは所詮、データから生まれた存在。創造主側の使徒の前では、バグ同然の無力さだった。
「……シャドウ、デバッグを!」 「……対象を認識不能。……監査役は『仕様』です。修正できません」 シャドウすらもフリーズを起こす。彼は「不正」を正す存在だが、監査役はこの宇宙における「絶対正義」そのものだからだ。
究極の再利用
「さて。この古びた配線たちですが……固体のままでは効率が悪い」
監査役は、床に転がるイグニスの腕や、引き抜かれたアクアの脊髄を見下ろし、冷酷な判断を下した。
「すり潰して『液状化』しましょう。その方が、エネルギー伝導率が上がります」
監査役の背後に、巨大なホログラムの「粉砕機」が出現した。 触手たちが、まだ微かに痙攣している四天王の残骸を掴み上げ、その投入口へと運んでいく。
「警告:生体ユニットの全損を確認。……これより、魂の残滓を『高純度エネルギー・スラリー』へ加工します」
ゴォォォォン……。 粉砕機が唸りを上げ、イグニスたちが投入された瞬間、聞いたこともないような、湿った、それでいて電子的な断末魔の音が響き渡った。 彼らは死ぬことすら許されないまま、意識を持ったまま、ただの「ドロドロの燃料」へと物理的にすり潰されていった。
「……貴様……ッ!」 コーデリアの瞳に、管理者の冷徹さを超えた、激しい憤怒の炎が宿る。
「私の許可なく、私の部下を『ジュース』にするなんて……絶対に許さないわ!」




