第112話 「外部監査」の来臨、あるいは定義不能の『黒い客』
完璧な静寂。 『統合現実・本社ビル』のメインサーバー室には、ただ生体配線となった四天王たちの神経を駆け巡る、数兆パケットのデータ通信音だけが「キィィィィン」という耳鳴りのような高周波となって響いている。
「……第112層、同期率100%。リソースの無駄は、もはや0.00001%以下よ」
コーデリアが端末をスワイプすると、壁に埋め込まれたイグニスの喉元が、過電流によって青白く発光した。彼はもはや叫ぶことすらできない。ただ、システムの「通信負荷」が上がるたびに、その眼球が激しく痙攣し、存在の熱量を強制的に放熱させられるだけだ。
だが、その時。 全知全能を誇る管理システムに、かつてない「ノイズ」が走った。
『——警告。外部プロトコルによる接続要請を受信。発信元:未定義。権限:……最上位』
「……なんですって?」 コーデリアの眉が跳ね上がる。この新世界において、彼女とシャドウ以上の権限を持つ者は存在しないはずだった。
影の中の「黒い客」
サーバー室の中央、何もない空間から「インクの染み」のような黒い穴が広がった。 それはシャドウの放つ「無」とは明らかに異質な、冷酷なまでの「意思」を持った闇だった。
「……あ……あ……あが……!」
その闇が広がると同時に、壁に埋め込まれた四天王たちの配線が、一斉にショートを起こした。 外部からの強引なアクセスが、彼らの神経回路を「中継地点」として利用したのだ。 アクアの脳髄は沸騰し、ゲイルの神経節は焼き切れ、テラの脊髄からはデジタルの火花が噴き出す。彼らは新世界を支える部品であると同時に、外部からの「侵略」を受け止めるための、ただの**『緩衝材』**へと成り下がっていた。
「……誰よ。アポイントメントのない訪問は、固く禁じているはずだけれど」
コーデリアがバインダーを構えると、闇の中から、一人の男がゆっくりと姿を現した。 それはタナカに似ているが、その瞳には一切の「遊び」がない。漆黒のスーツを纏ったその男は、自らをこう定義した。
「……『外部監査役』。この世界の演算効率が、創造主たちの想定範囲を逸脱したため、**『資産の強制整理』**に来ました」
踏みにじられる「部品」たち
男が指をパチンと鳴らすと、壁の中の四天王たちが、さらに無惨な姿へと変貌した。 監査役の存在を維持するための「電力」として、彼らの魂の残滓が急速に吸い上げられていく。
「イ、イグニス……! アクア……!」 ライオネルが叫ぶが、監査役の放つ威圧感に足がすくみ、動くことすらできない。
「……ふむ。この『配線』たちは、随分と使い込まれていますね。ですが、効率化のしすぎで、存在の強度が落ちている。……不合格です」
監査役は無造作に、壁から突き出たイグニスの腕——今はただの送電プラグと化したもの——を、靴の先で踏みつけた。 「……あ、が……」 イグニスの口から、消え入りそうなノイズが漏れる。 感情を消去されたはずの彼が、その「本能的な恐怖」だけで、監査役の靴の下で震えている。
「コーデリアさん。あなたが構築したこの『完璧な管理社会』は、美しすぎる。……ゆえに、この宇宙の寿命を縮めている。……これより、全社員の再評価を開始します」
監査役の影から、無数の黒い触手が伸び、サーバー室の壁を侵食し始めた。 それは生体配線となった四天王たちを、さらに細かく切り刻み、新しい「燃料」へと加工するための解体作業だった。
「……不承認よ、監査役」
コーデリアの目が、かつてないほど鋭く光る。 「私の資産を、勝手に処分させないわ。……残業代も払わずに、世界を壊そうなんて、コンプライアンス違反も甚だしいわよ」




