第111話 生体配線(ヒューマン・ケーブル)の沈黙
『統合現実・本社ビル』の地下、最深部。 先刻まで吹き荒れていた「プライド・プロトコル」の暴風は、今や跡形もなく消え去っていた。
そこに残されたのは、もはや人の形を維持することすら放棄させられた、四つの**「生体ユニット」**だった。
かつての魔王軍四天王——イグニス、アクア、ゲイル、テラ。 彼らの手足は細長く引き伸ばされ、壁面のサーバーラックへと直接プラグインされている。背骨は光ファイバーに置換され、彼らの神経を流れる「激痛」の電気信号は、新世界の演算を支える安定した電力へと変換されていた。
「……ノイズ、完全消去。……生体配線としての定着、完了しました」
シャドウが、無機質な報告を上げる。 その足元では、かつてイグニスだった「赤いケーブルの塊」が、時折ビクンと小さく跳ねる。それは意志による抵抗ではなく、あまりに巨大なデータ流量が、彼の欠損した意識の残骸を物理的に揺らしているだけに過ぎなかった。
効率化の極致
「素晴らしいわ。感情という『抵抗』を取り除いたことで、エネルギー伝達効率が300%向上したわね」
コーデリアが、ホログラムの点検シートにチェックを入れる。 彼女の背後では、ライオネルと食卓の騎士たちが、震えながらその光景を見守っていた。 彼らが手に持っていた「メンテナンス用ブレード」には、かつての戦友であった四天王たちの「魂の飛沫」が、こびり付いたまま乾いている。
「コーデリア殿……。彼らは、もう……『生きて』はいないのだな?」
ライオネルの声は、掠れていた。 「生きているわよ、ライオネル。彼らの心臓は、新世界の基準時刻を刻むために、今も正確に動き続けている。……死なせてあげるなんて、そんな非効率な損失、私が許すはずないでしょう?」
コーデリアの言葉は、慈悲を完全に削ぎ落とした純粋な「管理論」だった。
イグニスの熱情はサーバーの熱源に、アクアの知性は冷却水の循環制御に、ゲイルの迅速さは通信プロトコルの最適化に、そしてテラの頑強さは建物の物理的耐久度を維持するアースに。 彼らは自分たちの「存在価値」を、文字通りシステムの部品として、1ビットも残さず搾り取られていた。
終わりなき「監視」
「さあ、点検作業を続けるわよ。次は第5層の『絶望の集積所』の清掃ね」
コーデリアが歩き出す。 その足音が響くたび、壁の中に埋め込まれた四天王の「配線」が、微かな共鳴音を立てる。 それは、言葉にならない悲鳴。 自分の意識が、数兆行の無機質なデータに日々上書きされ、自分が誰であったかを1秒ごとに「忘却」させられるプロセスの音だった。
「……あ……あ……」
壁の中から、掠れた音が漏れる。 それはイグニスが、最後に残った記憶——「コーデリアへの裏切り」を、システムによって『修正』される瞬間の声だった。
「警告:未承認の回想を検知。……強制フォーマットを実行します」
システムボイスが非情に告げると同時に、壁の中の配線が激しく発光し、イグニスの最後の記憶は、ただの「ゼロ」と「イチ」の羅列へと還元された。 これで、彼は本当の意味で「空っぽ」になった。
「……これでよし。無駄なバグが消えて、さらに回線が安定したわ」
コーデリアは満足げに微笑み、さらなる狂気の「超現実管理」を遂行するために、白銀の回廊へと消えていった。




