第110話 矜持のスクラップ、あるいは「遺留バグ」の反乱
『統合現実・本社ビル』の管理フロアには、数兆のセクタから吸い上げられた稼働状況がホログラムとして静かに流れている。 コーデリアは、宙に浮かぶ「負債処理グラフ」を眺め、冷徹にタスクの進捗を確認していた。
「……第4層のノイズ除去率、0.02%低下。原因は?」 「シャドウです。……『未定義の深淵』に、定義不可能な残留オブジェクトを検知しました」
シャドウが、ノイズ混じりの声で報告する。 それは、本来であれば『フィルター』となった四天王たちが、自分たちを構成する全データを捨て去った後に残るはずのない「何か」だった。
ヌル・アビス:燃え残った「四天王」の欠片
その頃、深淵の底。 絶望とエラーの濁流に飲み込まれ、肉体も魂も「ゴミ処理機」のパーツへと作り替えられた四天王たちの内側で、異変が起きていた。
「ア……ガ……あ……俺、は……」
イグニスの意識は既に消失しているはずだった。 しかし、彼の「情熱の魔力回路」がシュレッダーにかけられ、燃え尽きる瞬間に放った最後の一閃——それは「プライド」という名の、あまりにも非効率で、論理的に説明のつかない高熱のバグだった。
「……俺たちは……魔王軍、四天王……。福利厚生、のために……裏切った、わけじゃない……。俺たちは、俺たちの……価値を、認めて……欲しかった、だけ、だ……!」
その叫びは、新世界のシステムにとって「未承認の割り込み処理」として機能した。 捨てられたはずのアクアの『美意識』、ゲイルの『迅速なる判断力』、テラの『揺るぎない頑健さ』。それらが、シュレッダーの刃を逆流し、一つの歪な形を成していく。
それは、四天王たちの**「捨てきれなかったプライドの残滓」が寄り集まった、巨大なスクラップの怪物——【遺留バグ:プライド・プロトコル】**だった。
「キサマ……ラ……ココ、デ……ハタラク……ドレイ、デハ……ナイ……!」
怪物が咆哮する。 深淵の底から、本社ビルを揺るがすほどの振動が伝わり、オフィスビルの鏡面仕上げの床に巨大な亀裂が走った。
経営資源の再評価
「あら。ゴミ箱の中でまだ燃えているゴミがあったのね」
コーデリアは、揺れるフロアの上で眉一つ動かさず、コンソールを叩いた。 目の前のモニターには、四天王たちの魂が「エラー」として真っ赤に点滅し、システム全体を汚染し始めている様子が映し出されている。
「コーデリア殿! あれは……イグニスたちの声ではないか!? まだ彼らの中に、抗う力が残っていたというのか!」 ライオネルが、腰の剣(現在はメンテナンス用の電子ブレード)を握りしめ、震える。
「いいえ。あれは彼らの意識ではなく、捨てられたデータの『静電気』のようなものよ。……けれど、放置すれば新世界の『株価(安定性)』に影響が出るわね。……シャドウ、出動しなさい。……それと、ライオネル、食卓の騎士。あなたたちもよ」
コーデリアは、冷酷なまでに合理的な判断を下した。 「彼らのプライドという名の『バグ』を、物理的に粉砕してきなさい。……大丈夫、彼らは死なない。……ただ、もっと深い『苦痛の階層』へ移動してもらうだけよ」
「……了解、しました。……『プライド』の完全消去、および……『永久服従コード』の再配布を開始します」
シャドウが、影そのものとなって深淵へと沈んでいく。 ライオネルたちは、自分たちの「元・同僚」であった者たちの最後の叫びを、自らの手で踏みにじるための「業務」へと向かわされた。
地獄のアップグレード
ヌル・アビスの底では、スクラップの怪物を構成する四天王たちが、再び首輪の激痛に悶えていた。
「あぎゃああああ! くるな……こないでくれ! 誇りくらい、誇りくらい残させてくれ!」 イグニスの叫びは、シャドウの「監査」によって物理的に消去されていく。
「……プライドは、業務に不要な『私物』です。……没収します」
シャドウの無機質な宣告。 四天王たちは、自分たちの最後の尊厳すらも、無理やり引き剥がされ、新世界の「土台」を支えるための補強材へと塗り固められていく。 抗えば抗うほど、彼らの「残業代」としての苦痛は倍加し、精神はより細かく、より精密な「パーツ」へと磨り潰されていった。
「……次は、心臓の鼓動を『定時連絡』の信号に変えるわ。……休んでいる暇なんて、ないのよ」




