第108話 倒産手続き、あるいは「存在のM&A」
「警告:全リソースの解放率80%。宇宙定数の維持が困難です」
崩落する超現実の断片が、真っ黒なノイズとなってコーデリアの足元を削り取る。ライオネルは既に膝から下がノイズに溶け、愛剣を杖にして必死に実存を繋ぎ止めていた。リュカの「もふもふ」は剥がれ落ち、その下から剥き出しのデジタル信号が悲痛な光を放っている。
「……タナカさん。あなたが言う『最後の手続き』、それは……」 「おや、優秀なチーフなら答えは出ているはずですよ」 タナカは崩壊する空間で優雅に茶を啜る仕草をしながら、冷徹な真実を告げた。 「会社が倒産する時、最も価値ある資産を『別の器』に移し替え、負債だけを置いて逃げる……。ビジネスの常識、ですよね?」
「……『事業譲渡』……いえ、**『存在のM&A』**ね」
コーデリアの瞳に、絶望を燃料とした冷たい計算の光が宿る。 この宇宙は破綻した。アリス顧問が仕掛けた「リセット」という名の倒産処理を止める術はない。ならば、この世界の全住民という「資産」を、別のサーバー、別の現実に強制的に売り飛ばすしかない。
「シャドウ、聞きなさい。……あなたの業務を『削除』から『転送』へと変更するわ!」
「……変更、不能。……負債が多すぎて、転送に必要な『容量』が足りません……」
シャドウの声は、もはやスピーカーから漏れるノイズのように掠れていた。 そう、世界を移し替えるには、膨れ上がった「負債」——人々の苦痛、過去の罪、そしてこの崩壊そのもののデータが重すぎるのだ。
下層:シュレッダーの果てにある「無」
その頃、最下層の隔離サーバー。 四天王の姿は、もはや正視に堪えない惨状となっていた。
「あ、あは……あははは……! 消えた。俺の、俺の初恋のデータが、今……細切れになって、ゴミ箱に……」 イグニスが、空ろな目で叫ぶ。彼は自分のアイデンティティを構成していた「一番大切な記憶」を、自らの手でシュレッダーにかけ終えたところだった。 指先は既に透け、感情を司る回路が物理的に欠損し始めている。
「見てよ、テラ……。私の『魔法の適正データ』も、ほら……『産業廃棄物』のフォルダに入れちゃった……」 アクアの瞳からは、涙すら流れない。涙を流すための「感情パラメータ」を、既に彼女自身で消去したからだ。 彼らは今、**「自分自身という存在の負債をゼロにするために、自分を構成する全ての価値あるデータを消去する」**という、究極の自己破産労働を完遂しようとしていた。
「コーデリア様……。全部、捨てた……。もう、俺たちの中に、何も……残ってない……。これで、満足、か……?」 テラの声は、機械の合成音声のように無機質だった。 彼らは「自分を消すこと」でしか、この超現実の崩壊から「解放」されない。その極限の苦痛が、逆に世界の「負債」を相殺するための演算処理として利用されていた。
究極の買収
「……タナカさん。全人類の『負債』を、あの四天王たちに集約させたわ」 コーデリアがコンソールを叩く。画面には、四天王という個体が、天文学的な「負債」を一身に背負い、限界まで膨れ上がっている様子が映し出された。
「彼らが自分自身を『無』として処理し終えた瞬間、世界の負債は帳消しになる。その一瞬の隙を突いて、全資産を……全人類の魂を、私のバインダーを経由して、未知の『新世界』へ強制譲渡する!」
「それは、彼らを永遠にこの『無』の底に置いていくということですね?」 「……ええ。彼らには、この宇宙の『全てのバグの身代わり』として、永遠にシュレッダーをかけ続けてもらうわ。……それが、私の下した人事評価よ」
コーデリアの宣言と同時に、シャドウの全身が黄金の光を放った。 「身代わり」という名の、あまりにも残酷な生贄を捧げることで、世界は一瞬の「空白」を生み出した。
「ライオネル、リュカ! 捕まりなさい!……これが、私たちの最後の『出勤』よ!」
ホワイトアウト。 超現実が、四天王の絶望的な叫びを吸い込みながら、完全に消失した。




