第104話 終焉の決算報告と、永劫なる「事後処理」
白い開発室に、虚無感漂う静寂が戻ってきた。 魔王城の幻影は完全に消え去り、そこにあるのは無機質なオフィスチェアと、再起動を繰り返すサーバーの稼働音だけだ。
「……終わりよ、ガラハッド君」
コーデリアの足元で、ガラハッドは力なく床に伏していた。かつての傲慢な魔王の面影はなく、今はただ、無謀なシステム改ざんに失敗し、莫大な賠償責任を負った「元・役員」の無惨な姿があるだけだ。
「殺せ……。いっそ俺を消去しろ、コーデリア! 神の座から引きずり下ろされ、再び退屈な現実に縛られるなど……耐えられん!」
「殺す? そんな不経済なこと、私がすると思うかしら」 コーデリアは冷ややかに微笑み、バインダーから新しい書面を取り出した。 「あなたは『世界を書き換える』という、天文学的な演算コストを浪費した。その負債、命一つで払えるほど安くないわよ。……あなたはこれから、シャドウ君と共に、この世界の『ゴミ拾い』をしてもらうわ」
「ゴミ拾い……だと?」
「ええ。あなたがバラ撒いた不正なコード、消去されたユーザーデータ、そして壊れた現実の法則……それら全てを元通りにする『デバッグ作業』よ。完了するまで、あなたのログアウト(辞職)は認めない。……もちろん、無給よ」
「……あ、ああ……」 ガラハッドの瞳から、最後の光が消えた。死よりも過酷な、永遠に終わらない「事後処理」という名の労働刑。それが彼に下された最終判決だった。
英雄たちの帰還と、一人の男の決意
「コーデリア殿……。終わった、のだな」 ライオネルが、使い古されたモップを杖代わりに立ち上がる。 「我々の世界は、守られたのか?」
「ええ。シャドウ君がコードを修正したわ。全人類の意識は、間もなく『中継階層(東京)』を経て、元の穏やかな世界へ戻るはずよ」
コーデリアの視線は、静かに眠るメインモニターの奥、再構築されていく「ユグドラシルの世界」へと向けられた。 そこには、記憶を失い、今はただ穏やかに眠っているであろうユリアがいる。
(……これでいいんだ)
レン(蓮)の独白が、再び内面で響く。 (リサたちを呼ばなかったのは、俺の弱さだ。でも、そのおかげで……この再構築された世界で、ユリアは誰の色にも染まらず、自分自身の足で歩き出せる。俺はそれを、一番近くで見守る「ただの同僚」から始めればいい。彼女の尊厳を、もう二度とシステムや野心に利用させない)
レンは、自らの醜い独占欲をも抱えたまま、それでも前を向くことを決めた。それが、この物語を「修正」した彼の、唯一の矜持だった。
その頃、サーバーの底層では
一方、現実世界のゴミ箱直通サーバー、通称「隔離された地下倉庫」では。
「う、動けない……。もう、マウスをクリックする力が……」 イグニスが、山のように積まれた『不達通知』の山に埋もれながら、幽鬼のような声を上げた。 「おい……アクア、ゲイル……返事をしてくれ……。テラ……お前、まだ生きてるか……?」
「……あ、ああ……」 テラが、ちぎれかけたキーボードを握りしめたまま、白目で答える。 「……さっき、コーデリア様の音声ガイダンスが流れた……。『目標達成率、0.0001%。このままでは、今夜の夕食(仮想データ)は支給されません』って……」
「ひぃいいい! 助けてくれ! 俺たちは四天王だぞ! 世界を震撼させたエリートなんだぞ!」 「やかましいわ! さっさとそのエラーログを燃やせ! 燃やさないと、俺たちの存在データが先に消去されるんだぞ!」
彼らに与えられた仕事は、ガラハッドが破壊した膨大なデータの残骸を、手作業で「リサイクル可能」な状態にまで分解・洗浄すること。 休憩なし。休日なし。ボーナスなし。 コーデリアが構築した完璧なる「ブラック・ブラック空間」の中で、彼らは最後のその瞬間まで、社畜の限界を突破し続ける運命にあった。




