第103話 正社員・シャドウの覚醒と、絶望のコンプライアンス
「正社員……再雇用だと!? ふざけるな、そんな理屈が通るか! ここは神の領域、プログラムがすべてを支配する場所だぞ!」
ガラハッドの怒号が、書き換えられつつある玉座の間に響き渡る。 しかし、コーデリアのバインダーから溢れ出す黄金の光は、その叫びを冷徹に塗りつぶしていった。
「通るわ。契約とは、この世界における最も根源的な『定義』よ。……シャドウ、あなたはもう、誰にも認識されない『虚無』じゃない。私の管理下にある、立派な『労働力』。……さあ、業務を開始しなさい」
その瞬間、シャドウの体が眩い光に包まれた。 これまで「ゲスト」という不確かな記号でしかなかった彼の存在が、現実世界のサーバーに強固な実体として刻み込まれていく。 虚ろだった彼の瞳に、初めて「責任感」という名の意思が宿った。
「……業務、了解。……不正なプロセスを、検出。……デバッグを開始します」
シャドウが、機械的ながらも力強い声で答えた。 彼が一歩踏み出すと、先ほどまで床を消し去っていたノイズが、瞬時に整然としたタイルへと修復されていく。 「空白」で上書きする消しゴムだった彼は、今や「不正を修正する」最強のデバッガーへと進化したのだ。
「な……馬鹿な! 俺のリライトが……消されていく!? 止めろ! 止めるんだシャドウ!」
ガラハッドが狂ったようにコンソールを叩くが、シャドウの指先がサーバーに触れるたび、ガラハッドが築き上げた魔王城の幻影は、味気ない事務机やホワイトボードへと引き戻されていく。
「ライオネル! 今よ!」 コーデリアの鋭い指示が飛ぶ。
「おおおお! 理由は分からんが、勝機が見えたぞ!」 武器を失っていたライオネルだったが、シャドウが修復した空間から「備品」として具現化した消火器やモップを手に取り、突撃した。 「喰らえ! 正義の……いや、備品の鉄槌を!」 「おのれ、不敬な……! 離せ、この社畜どもが!」
騎士たちに組み伏せられ、コンソールから引き剥がされるガラハッド。 その傍らで、シャドウは淡々と、ガラハッドが書き換えた「全人類への集団催眠ワークシェア」のコードを削除し始めた。
「待て、待て……! それを消せば、俺の理想の世界が……!」
「いいえ。それは理想ではなく、ただの『未承認の休日出勤』よ」 コーデリアがガラハッドの目の前に立ち、最後通告を突きつけた。 「あなたは現実から逃げすぎた。……そのツケは、利息をつけて払ってもらうわ」
一方その頃。 現実世界のサーバーのさらに底層、隔離された仮想空間では――。
「ぎぃやああああ! なんだこのエラーの連発は!」 「おいイグニス! 早くそのログを仕分けろ! サーバーが火を噴くぞ!」 「無理だ、もう指が動かない……! 誰か、誰か助けてくれ……!」
四天王の面々は、シャドウのデバッグ作業によって吐き出された、数億行に及ぶ「ゴミデータ(残骸)」を手作業でシュレッダーにかけるという、極限の無意味な重労働に従事していた。 彼らの頭上には、コーデリアの「サボったら連帯責任で給与(存在権)100%カット」という血塗られたホログラムが、非情に輝き続けていた。




