第1話:解雇(追放)通知は、突然に
「――悪逆非道の数々、もはや看過できん! コーデリア・フォン・オルデンブルク! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!!」
カァン、と高い声が広間に響き渡った。 きらびやかなシャンデリアの下、音楽は止まり、着飾った貴族たちの視線が一斉に私へと注がれる。
目の前には、顔を真っ赤にして指を突きつける金髪の青年。この国の第二王子、クリフォード殿下だ。その腕には、小動物のように震えるピンク髪の少女がしがみついている。
(あ……れ? 私、なんでこんな所に立ってるんだっけ?)
数秒前までの記憶は、薄暗いオフィスにあった。 デスマーチ真っ只中の午前3時。3日徹夜の末、エナジードリンクを片手にキーボードを叩き……そして、突然胸が締め付けられるような痛みに襲われて、視界が暗転したはずだ。
「黙ってないで何か言ったらどうだ! 聖女アリスへの陰湿な嫌がらせ、教科書破り、階段からの突き落とし……すべて調査済みだぞ!」
殿下の怒声が頭にガンガン響く。 その瞬間、脳内に大量の情報が雪崩れ込んできた。
ここは乙女ゲーム『救国の聖女と虹色の騎士』の世界。 そして私は、ヒロインをいじめ抜いて破滅するライバル令嬢、《コーデリア》。
(……死んだのか、私。過労死で。そして転生したんだ)
呆然とする私を「罪を認めた」と勘違いしたのか、殿下は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ふん、図星か。貴様のような毒婦に王太子の妻たる資格はない! 国外追放だ! 北の最果て、魔物蔓延る『死の森』のほとりにある廃屋で、一生惨めに暮らすがいい!」
――国外追放。 ――最果て。 ――廃屋で暮らす。
その言葉を聞いた瞬間、私の身体に電撃が走った。絶望ではない。前世の社畜魂が、猛烈な勢いで「それ」を翻訳し始めたのだ。
【婚約破棄】= 王妃教育(休日返上の重労働)からの解放。
【国外追放】= しがらみだらけの人間関係(職場)からの退職。
【最果ての廃屋】= 誰にも邪魔されない、静かな田舎暮らし。
(え……それってつまり……)
「《完全週休7日制の、スローライフ》ってこと……?」
思わず口から漏れ出た言葉に、殿下が「は?」と間抜けな声を上げる。 私は慌てて口元を扇で隠した。笑いが止まらない。 上司(国王)の顔色を伺う必要も、クライアント(他国)の無理難題に頭を下げる必要もない。 しかも、蘇った記憶によれば、このコーデリアという体にはとんでもない魔力が秘められている。ゲーム内では制御できずに自滅する設定だったが、前世で培った「複雑怪奇なスパゲッティコードを修正する解析能力」があれば、制御など容易い気がする。
試しに、心の中で《ステータス・オープン》と念じてみた。
【氏名】 コーデリア 【称号】 転生者 / 悪役令嬢 【魔力】 測定不能(Error) 【スキル】 全属性魔法Lv.MAX / 創造魔法 / 鑑定眼 / 自動修復 / 聖獣召喚...
(……よし。勝った)
チート能力確認。生活基盤の確保、問題なし。 私は扇をパチンと閉じ、優雅にカーテシー(最敬礼)をした。その動きは洗練されており、周囲の貴族たちが思わず息を呑むほどだった。
「謹んでお受けいたします、殿下」 「な、なんだその態度は! 泣いて縋るならまだしも――」 「私の不徳の致すところ。この償いは、辺境での『隠遁生活』をもって代えさせていただきます。――それでは皆様、ごきげんよう!」
私はドレスの裾を翻した。 未練? あるわけがない。 この会場の扉の向こうには、残業もパワハラもない、輝かしい《無職》という名の未来が待っているのだから。
こうして私は、足取り軽く夜会から退場した。 背後で殿下が何か喚いていたけれど、私の耳にはもう、小鳥のさえずり(幻聴)しか届いていなかった。
(さあ、目指すは北の最果て! 待っててね、私のスローライフ!)




