《第1章 第4話 桜を宿す都市》
アスカは研究記録を読み進める。
“桜の花粉に含まれる微弱電磁素子が、記憶情報を媒介する可能性”――
つまり、夢と記憶を繋ぐ仕組みが、既にこの時代以前から研究されていたのだ。
「……桜霊現象、魂の共鳴……全部、神話じゃなかった」
アスカは震える手でスクリーンを閉じた。
外では風が吹いている。
春の終わりを告げるように、都市の上空を花びらが舞う。
スカイリンクの街で桜を見ることはほとんどない。
けれど今日だけは、確かに風が“桜色”を帯びていた。
ふと、端末の画面が明滅する。
“通信接続:不明な識別子”
アスカが応答ボタンを押すと、スクリーンの中に一瞬だけ映像が浮かんだ。
――少年が微笑んでいる。
「月城……朋広?」
「……まさか、あの“魂の共鳴”がスカイリンクにも?」
アスカは研究データのバックアップを取りながら、
心のどこかでひとつの予感に触れていた。
――この都市にも、“桜魂”が根付いている。
桜は、もう地上の樹ではなく、
空の都市そのものに宿っているのかもしれない。
「桜風レゾナンス……」
アスカは、自らの研究名にそう記した。
それは、桜と都市を繋ぐ新たな記憶共鳴プロジェクトの名。
だが、その瞬間――
観測塔の警告灯が赤く点滅した。
「第5層、エネルギー区画に侵入反応!」
カイトの声が通信越しに響く。
アスカは迷わず走り出した。
風が逆巻き、桜のような光が足元を漂う。
“魂が目を覚ました”。
誰かが、この都市の“記憶”を呼び起こしたのだ。
声にならない呼吸の中で、映像は消えた。
その後に残ったのは、耳の奥で鳴る微かな“桜風ノイズ”だけだった。




