表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

《第1章 第2話 風が名前を呼ぶ夜》

深夜の観測塔。

 風のノイズが静寂を裂くように鳴り、アスカのモニターが淡く点滅していた。

 「……また、呼ばれてる」

 音声波形は言葉ではない――けれど、確かに“誰かの名前”を呼ぶように形を変えていく。


 その響きは、アスカの心臓の鼓動と同調するように高まっていった。

 “ツキシロ”という音が、微かに混ざっている。

 ありえない。彼女の記録にも、歴史データにもそんな名前は存在しない。

 けれど、どこか懐かしい響き。耳ではなく、魂の奥で聞いているような感覚だった。


 彼女はデータの波を解析する。

 通常のノイズ解析では拾えない超低周波。

 “桜風”の根源的な波形――まるで、風そのものが感情を持つように変化している。

 そこに、ひとつだけはっきりした声が混じっていた。


 『……ひより……』


 アスカは思わず息をのんだ。

 誰だろう。女性の名前に聞こえる。

 まるで遠い誰かを探しているような、切ない響きだった。

 風が彼女の頬を撫でた気がした。

 部屋は密閉されているのに――確かに“春の匂い”がした。


次の瞬間、観測塔の非常灯が落ち、窓の外に光の柱が立ち上がった。

 街の上空で、無数の粒子が旋回している。

 それは桜色の風。夜空の闇に淡く溶けていく、見たことのない光景だった。


 アスカの端末が自動的に起動する。

 “新しい接続要求:桜風ネットワーク”。

 存在しないはずのチャンネルが、彼女の意識を呼んでいる。

 「……あなた、誰?」


 風の中から、かすかに声が返る。

 『――覚えていてくれたら、それでいい。』


 瞬間、アスカの脳裏に映像が流れ込んだ。

 桜の木の下、誰かが微笑んでいる。

 それは彼女の記憶ではない――けれど確かに“懐かしい”笑顔。


 「ツキシロ……福田……ひより……」

 彼女の口から零れたその名前たちは、

 どれもこの時代に存在しない“風の記憶”だった。


 やがて風が静まり、観測塔に静寂が戻る。

 けれどアスカの心には、もう“風が吹き始めていた”。

 ――それが、桜風レゾナンスの目覚めの音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ