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《第1章 第1話 桜の音が空を呼ぶ》

風が、ひとつの街の記憶を撫でていった。

 桜が散ったのは、もう誰も見上げなかった空の下。

 かつて人々が「希望」と呼んだこの都市は、いまや風と記録だけで動いている。


 〈レゾナンス・シティ〉――魂をデータとして保存する都市。

 人の声は風に似た信号に変換され、街のいたるところに流れていた。

 春になると、風がかすかに「桜の音」を運んでくる。

 それを“桜風さくらかぜ現象”と呼ぶ者もいれば、“過去の幻聴”と嘲る者もいる。


 空汐アスカは、無風の観測塔でその音を聞いた。

 「……また、だ」

 観測デバイスの中に、ほんの一瞬、誰かの笑い声が混ざった。

 ノイズではない。確かに“記憶”だった。


 モニターに残された波形は、過去に存在したとされる“桜魂”の共鳴値と一致していた。

 つまりこの風は――死者の記憶そのもの。

 彼女はふと、外を見上げる。

 桜の花びらの代わりに、風の粒子がゆらいでいた。


 「もしあなたが、まだそこにいるなら――」

 アスカは風に向かって、そっと名前を呼んだ。

 その瞬間、街の空気が一斉に震えた。

 風が、彼女の声に応えるように旋律を描く。

 まるで“空が歌っている”ようだった。


その日、レゾナンス・シティ全域に観測史上初の〈共鳴嵐〉が発生した。

 街の通信網は一時的にダウンし、人々の記憶端末が一斉に同期する。

 それはまるで、街全体がひとつの“心臓”を取り戻したかのようだった。


 アスカは研究ログを開く。そこに記された最初の言葉――

 “桜魂の継承者、福田朋広”。


 彼女は知らなかった。

 その名が、何世代も前に終わった“物語”の主人公であることを。

 ただ、データの奥底で微かに響く声だけが、確かにこう囁いた。


 ――桜の風が、君を見ている。


 そしてアスカは思う。

 この風の正体を突き止めたとき、

 もしかしたら“もう一度、誰かに会える”のではないかと。


 観測塔の窓の外、風が螺旋を描く。

 まるで空そのものが呼吸しているように、淡い桜の音が響きつづけていた。

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