5.高架下の歌
最後のワンフレーズを歌い上げる。今の気持ちの全てを余すことなく言葉にのせる。伝われ、届け、これが俺の歌だ。これが今の俺だ。全ての言葉を紡ぎ終え、最後のギターのフレーズをかき鳴らす。放心状態で顔を上げる。
「はいー、ありがとうございました。結果は後日、改めて連絡させていただきます。本日はお疲れ様でした」
対面に置かれた会議用テーブルには三人ほど座っている。真ん中のプロデューサーと名乗った男がマイクで喋った。ボソボソと聞き取りにくい声だ。室内にも関わらずサングラスをしている。今日はこれで終わりということか。持ち時間は使い切った。芽稲と作り上げたダンスパフォーマンスも全力を出し切れたと思う。頭を下げ部屋の出口へ向かう。
「あ、君。ちなみに何でこの曲を選んだの? 言っちゃあ何だけど、地味な曲だよね?」
右端に座っていた男が去り際に声をかけてきた。金髪で少年の様な顔をしているが妙に落ちついた雰囲気がある。年齢が読めない。
「決意です。俺は、歌を歌って生きていくっていう覚悟を持ってここに来ました。それを伝えたかったんです」
質問した男はクリクリとした目で面白そうに俺を見つめる。
「ふーん、なるほど……今日はありがとうございました」
なんだ、それだけか。俺はもう一度頭を下げて部屋を出た。
廊下にはずらりと椅子が並べられ、審査を待つ候補者が列をなしていた。イヤホンで音を確認する者、歌詞の最終確認をする者、瞑想をする者。皆、ピリピリとした空気を放ち自分の順番を待っている。
「四十秒!? たったの!?」
「そう、四十秒。歌、ダンスそれぞれの持ち時間は四十秒ずつ。審査する方は一日に何百人も見る訳だから、どうしても時間が限られてくるの。だからその四十秒でインパクトのあるパフォーマンスをして爪痕を残す必要があるの————」
二週間前、一次審査通過の報告と共に二次審査についての説明を花梨から受けた。四十秒ずつの歌唱とダンスパフォーマンス。歌はアカペラ、ダンスのトラックは持ち込みとなる。全国及び海外からの応募者も含め三万人以上が己のパフォーマンスに全てを懸け今回のオーディションに挑んでいる。たった四十秒、されど四十秒。審査する側は実力は勿論だが、候補者が秘めたまだ見ぬ輝きを見極めようとする。
二次審査を終え、廊下に並ぶ審査待ちの候補者の前を歩く。皆、己の四十秒の最終確認に追われ余裕などあるはずもない。審査を終えた人間に興味を持つ者はいなかった。エレベーターホールに向かう為に廊下の角を曲がる。出会い頭に人とぶつかった。赤い髪をした背の高い男だった。審査待ちの椅子に戻るところだったのだろう。まるで壁に体当たりしたように体が弾き飛ばされた。転んだ弾みで持っていたギターケースを落としてしまった。
「やばい、壊しちゃったかなぁ」
「危ねーだろ!! ちゃんと前見ろよ!」
「……ぁあ、すまない」
体を起こしてギターを手に取る。良かった。幸い目立ったキズ等はない。
「何だお前!? ギターなんか持って。弾き語りでもしてきたのか!?」
男がギターに手を伸ばす。
「やめろ! お前には関係ない」
思わずその手を払いのけてしまった。
「痛えな!! 何すんだよ!?」
「そのギターに触るな!」
「あぁっ!? お前、ぶつかって来ておいて何だ!?」
男が殺気を放ちながら詰め寄って来た————
「どう? 手応えはある?」
花梨が心配そうな顔で見上げる。
「あぁ、本番までには何とかなると思う」
「そっか、なら良かった。なかなか曲を決められなかったから、練習する時間が減っちゃったからね」
二次審査の本番まで一週間を切っていた。そして俺はこの時、嘘をついた。本番は四日後。だが、練習している歌にはどうも気持ちが入らなかった。
二次審査で歌う曲を決めるのにかなり難航した。元々俺が最近の曲を知らないのもあるが、ここ数年の間に流行った歌の動画を見てもピンと来るものがなかったのだ。本番まで一週間を切ったタイミングで花梨が候補を三曲に絞った。俺は最終的にサビの歌詞が印象的だったダンスナンバーを選んだ。十年近く前に流行った曲で、サビの振り付けが話題となりその年に最も売れた曲の一つとなったそうだ。曲が決まると花梨は同じ学年にいる歌ウマ中学生と呼ばれる男を連れて来た。男はトーマスと名乗った。花梨とは殆ど面識が無かったらしいが、俺がオーディションを受けている事に興味を持ち、歌唱をコーチしてくれることになった。トーマスは自身が歌う動画をネットに投稿し、かなりの再生回数を稼いでいた。そして昨日、今日と歌のアドバイスをしてくれた。さすが歌ウマと名乗るだけあって指導は的確だった。各パートごとの発声の仕方、リズムの取り方、音程を安定させる方法など。カラオケで百点を何度も叩き出す実力は本物だった。お陰で俺の歌はそれなりに仕上がった。だが、何かが欠けている気がしていた。トーマスが帰った後、花梨の部屋で何となく煮え切らない気持ちを持て余していた。
「ねえ、取り敢えず息抜きに散歩でも行かない?」
花梨の提案を断る理由も無かった。
八月に入り空には巨大な積乱雲が鎮座していた。夕方までまだ少し時間がある。太陽はあまり日陰を作ってくれていない。少しでも太陽の直射を避ける為に高架下を歩くことにした。暑いが外の空気は気持ちを整えてくれる。足を動かすことにより頭も冴えてくる。二人共黙々と歩く。花梨と二人で歩くことが日常になってきた。一緒にいると何故だか落ち着く。こんな気持ち、いつ以来だろう。
「ねえ? ほんとに歌、あれでいいの? なんか蓮、納得がいってなさそうに見える」
「え? そうかな?」
やはり花梨は気がついていた。だが時間が無い。取り敢えず今回はこれでいくのがベストだと自分に言い聞かせる。花梨がここまで準備してくれたのだ。これ以上の負担はかけさせたくない。
「うん。でも、今回はこの曲でいくよ。本番は四日後だし」
「うーん……」
なおも花梨は何か言いたそうにこちらを見ている。その時、突如空が咆哮をあげた。
「あれ!? 雷?」
「あぁ、ゲリラ豪雨かも」
言うや否やポツポツと大粒の雨が地面に弾け始め、あっという間に雨音のノイズに包まれた。幸い高架下にいたのでずぶ濡れになることは免れた。
「やむまで待つしか無いね」
花梨がポツリと言った。
高架下にある公園のブランコに腰を下ろす。公園と言っても滑り台とブランコがあるだけだ。降り続ける雨を眺める。花梨は一人ブランコを漕いでいた。
気がつくと雨音に混じって何処かから音楽が聞こえてきた。気になって音のする方へと歩く。
「どうしたの、蓮?」
ブランコを飛び降りた花梨が追いかけて来た。高架下を進み、フェンスに囲まれた空きスペースに出る。コンクリートの巨大な柱に寄りかかり、ギター掻き鳴らしている男がいた。その歌声は不思議だった。太くハスキーな声だが繊細さを感じる。叫ぶわけでもないのに迫力があった。淡々とした曲調だが胸にくるものがある。思わず聞き入ってしまっていた。やがて曲が終わり、雨音だけが響き渡った。
「よお花梨、久しぶりだな」
「康平、相変わらずここで歌ってんだね」
二人は知り合いの様だった。
「あの、今の歌は?」
「あん? 今歌ってた曲?」
男は眠たそうな目をしていた。肩まで伸ばしたボサボサの髪が暑苦しい。
「なんか、いい曲だなって思って」
「だろ? いい曲なんだよ。この曲は、歌うたいの為の曲なんだよ。俺のテーマソングみたいなもん」
「歌うたい?」
「うん。俺は小さい頃にこの曲を聴いて、音楽で生きていくって決めたんだ。俺の原点の曲だよ」
「あのね蓮。康平はプロのミュージシャン目指してんの。小学生の頃からギター弾いて曲作ってね。でもさ、夏休みあけたら学校にはちゃんと来なさいよ。私、家が近いって理由だけでいつも連絡係にされてるんだから」
「前にも言ったろ? 俺はミュージシャンになるから勉強をする必要は無いんだって」
「なれなかったらどうすんのよ?」
「なるから大丈夫。親もそれで良いって言ってるし」
「もう。康平のお父さんとお母さんも変わってるからなぁ」
花梨がため息をつく。どうやら二人は幼馴染のようだ。
「あの、さっきの曲をもう一度歌ってもらっても良いかな?」
俺の中で何かが騒いでいた。胸の中で居場所を求めジタバタともがく何かが。
「もう一度? 別にいいよ」
康平は直ぐにギターを弾き出した。とてもシンプルなフレーズだった。そして歌声が重なる。その歌は強く美しい宣言だった。押し付ける訳ではなく、求める訳でもない。歌を歌うことへの純粋な気持ちを歌いあげていた。俺の中の何かが叫んでいた。
「——俺、この曲をオーディションで歌う」
「オーディション?」
康平が演奏する手を止めた。
「えっ? 蓮、歌うって、この曲を? さすがに少し地味じゃないかな?」
「いや、俺はこの歌を歌いたい。今の俺を表現するなら、この曲以上のものはないと思う」
「なんだか訳ありじゃん。話、聞かせてよ」
花梨がオーディションの事、四日後に行われる二次審査の詳細についてを説明した。康平は眠たそうな顔で黙って話を聞いていた。
「いいじゃん。歌いなよ。その代わり、この曲やるならギター弾きながらにしな」
話を聞き終えた康平がギターを肩から下ろし差し出した。
「えっ!? 蓮、ギター弾けんの!?」
「いや、触ったことも無い」
「そんな! 本番は四日後だよ!?」
「大丈夫。俺が三日間みっちり教えるから」
「そんな、康平……」
「大丈夫だよ花梨。この人の目、本気だから」
それから三日間、康平の手を借りて歌とギターを仕上げた。そして今の俺にとって最高のパフォーマンスが出来上がったと思う。本番も康平のギターを借りて挑んだ。歌を歌い生きていく。その決意を表現出来たと思う。
「お疲れ様……て言うか、どうしたのその顔!?」
オーディション会場を出て駅前のカフェで花梨と合流した。俺の顔を見るなり立ち上がり眉間に皺を寄せる。
「んー、ちょっと色々とあって」
「色々って何よ!? 何でオーディションに行って目を腫らして帰ってくるわけ!?」
「えーと、まあその、喧嘩した。オーディション会場にいた奴と」
「はあっ!?……」
花梨の顔から見る見る血の気が引いていくのが分かった。危うくそのまま倒れそうになり急いで体を支え椅子に座らせる。
「ちょっと、詳しく話して……」
花梨の青ざめた顔が全てを物語っていた。どうやらは俺は、とんでもないヘマを犯してしまったようだった。




