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30.鬼の宴

 

 突如現れた鬼の群れにより、屋上は混乱の渦に飲み込まれた。引きちぎられた鬼の胴体が目の前に叩きつけられ、泥のようなドス黒い血が辺りに飛び散る。見上げると、人間と鬼と虎の顔を混ぜたような巨大な顔が無表情に遠くを見つめていた。その巨体からは想像できないほどの素早さで鬼を殺してまわる様子は、さながら黒い竜巻を思わせた。

「あれが、ミンジェなの……?」

檮杌(とうごつ)って言うんだって。元は中国の妖怪らしいんだけど……な、なんか普段とのギャップが激しすぎるね」

 ミンジェと仲の良い美桜も、初めて見る妖怪姿のミンジェには動揺していた。

 鬼の群れが現れると、オロチのメンバーはすぐに応戦に転じた。烏天狗の雅楽、化け狸の金地颯汰と野狐の白亜ユウは屋上にいた人々を避難させ、アイルランドの妖怪、ケット・シーであるエヴァン・オニールは魔術のように無数の分身を作り出し、襲い掛かる鬼たちの盾となった。酒呑童子である須磨毅は、まさに鬼神の如き強さで鬼の首を次々と落とし続けている。インドの妖怪、緊那羅(きんなら)である馬淵オムカルは、負傷したゴローPの治療に当たっていた。

「心臓が二つやられているけど、残りのは無傷だから助かるよ」

 そう言ってからずっと、血まみれのゴローPの胸に黄金に光り輝く己の手を当てていた。そしてミンジェ。空気を震わす咆哮とともに檮杌へと姿を変えたミンジェは、視界に入るものすべてを破壊する勢いで暴れ回っていた。かつて古代中国にて暴れ回る四柱の悪神"四凶"の一角を成したといわれるその怪物は、妖怪というより破壊神に近い存在だとゴローPは言っていた。因果の気まぐれか、半島に渡った檮杌はその後ここ日本にたどり着き、オーディションを受けたのだった。

「蓮を助けないと」

 芽稲が空を見上げる。気絶した蓮を抱え遥か上空へと遠ざかった神野悪五郎の姿があった。その間には黒い波のように無数の怪鳥が飛び回っていた。

「あそこに飛び込んでも、蓮のところにたどり着くまでに肉片にされちまうだろうな」

 住民の避難を終えた雅楽が横に立つ。

「日菜子、雷であれ全部丸焦げにできないの?」

「さすがに数が多すぎるよ美桜。半端に攻撃したらこっちが狙われちゃうかもしれないし」

「でもさ、あの神野とかいう奴、絶対になんか企んでるよ。早く蓮を助け出さないと、なにか大変なことが起きる気がする」

 美桜の言う通りだった。神野が指を鳴らすと蓮が気を失い、同時に鬼が現れた。神野は花梨の魂と無低海大陰女王の魂を分離させると言っていた。いったい、今なにが起きているのか? 混沌が増すばかりだった。

「なにあれっ!?」

 美桜の声で視線を戻すと空に異変が起きていた。巨大な翼を生やした黒い塊が上空へと昇っていく。怪鳥たちが一気にそれに群がり始めた。だが黒い灰が舞うように、次々と異形の鳥たちは肉片となり宙に散っていった。

「ミンジェ!?」

「あいつ、空も飛べるのか!?」

 黒い塊は翼を持った檮杌だった。禍々しい咆哮をあげ、神野悪五郎へと突き進む。

「おいおい、あいつ一人で全部片付けちまうつもりなのか」

 檮杌の手が神野悪五郎へと伸びる。だがその瞬間、黒い巨体は光に包まれた。遅れてビリビリと空気を震わす振動が周囲を飲み込んだ。

「な、なに!?」

 眩んだ目が視界を取り戻す。胴体の中心に巨大な円状の穴が空いた檮杌が目に映った。その巨体がゆっくりと落下し、屋上を揺らした。

「ミンジェっ!」

 美桜が走り出る。

「おい、今の光って?」

「ああ、間違いない」

 金地颯汰と白亜ユウが雅楽の隣に並んでいた。

「そう、積陰(せきいん)月霊大王(げつれいだいおう)だよ」

 見上げると、神野悪五郎が頭上まで降りてきていた。意識のない蓮の体は大蛇のような禍々しい爪に絡め取られていた。稲妻を落とせる距離に神野は入っていた。日奈子は手首だけをゆっくりと動かし、狙いを定める。

「おっと、変な動きはしない方がいいよ。動いた途端、射抜かれちゃうよ」

 神野の言葉通り、その背後には白銀の長い髪に髪飾りをつけた別の着物姿がこちらを見つめていた。だが、その目に光はなかった。

「日奈子、動くな。あいつは確実に殺したはずだが、何故?」

「おぉっ! 童子! また会えたね! 前回、童子が積陰月霊大王の首をはねたせいで、大変だったんだよ。貴重な魔王の生き残りだからね、なんとか体をつなぎ合わせて、頭の中の方は僕の方でいじって動くようにしたんだ。僕に危害を加えようとする者に、問答無用に発射するから気をつけてね。あ、ちなみに狸くんは狙わないよ。鏡になられると困るからね。君自体は弱いから放っておいてあげるよ」

「ったくっ! クソが……あいかわらず下衆だな」

「まあ、君たちの始末は、彼に任せることにしたから。せいぜい頑張ってね」

 神野の足元には鬼たちのおびただしい血溜まりができていた。そして、その血の湖が持ち上がり、赤黒い膜を突き破り何かが飛び出した。

「ヒィエっ……ヒィィエェっっ……ヒィィヒィエストォォっっっ――――」

 鱗に覆われた化物は奇声をあげ、血の湖をのたうちまわる。

「……うそ……あれって……」

「うん……美桜、間違いない。学校を襲った奴だよ」

北海(ほっかい)悪座衛門(あくざえもん)。彼もなんとか動かせるようにしたんだ。大変だったよ。なんせクリエキス様にズタズタにされてしまったんでね。ただ、以前より凶暴性は遥かにあがっているよ。さあ、ショータイムだ」

 神野はそう言うと、蓮を宙に放り投げた。弧を描いて舞うその背中に、巨大な杭のような爪が突き刺さる。

「蓮っっ!!――――」

 爪が引き抜かれると、どさりと蓮の体はミンジェと同じように屋上に落下した。

 そして突如、鱗の化物の奇声がやんだ。ゆっくりと立ち上がったその両腕両脚からは、巨大な刃が突き出した。

「下がっていろ」

 須磨毅が化物に立ち塞がる。

「気をつけて! あいつには私の稲妻も芽稲の斬撃も通じなかったの!」

「首をもげばいいんだろ? 来いよ、半魚人――――」

「えっ……?」

 化物が消えていた。いや、正確に言うと、化物は私たちの背後にいた。まさか瞬間移動? あり得なくはないが、しかし……。

「ぐぅぉ……ゴボっ……」

 目の前にいる須磨毅の背中が、対角線を引いたように斜めに崩れ落ちた。切断された二つの胴体が積み重なる。遅れて美桜の悲鳴が叫びに変わった。

「おい……嘘、だろう? 全く見えなかったぞ……」

「須磨とミンジェは、頭一つ抜けて別格の強さなのに、二人とも簡単にやられるなんて……」

 金地颯汰と白亜ユウの声は震えていた。

「おい、やるぞ。全員であの鱗野郎を潰すぞ」

 雅楽がズカズカと鱗の化物へと近づいていく。

「待ちなさいよ! 距離をとった方がいい! 私が稲妻を落とすから!」

「お前のそれ、あいつには効かないんだろ? さっさと逃げろ」

「そんなこと言ったって! 須磨毅だって一瞬でやられたんだよ!?」

 雅楽の背中の翼が黒々と広がる。目に見えない殺気に思わず顔を逸らした。

「――――待て。我がやる」

 凛とした声が響き渡る。

「えっ……? 芽稲? あなたもあいつには敵わなかったじゃない? それに、今のあいつはこの前よりつよ……」

 芽稲の方を振り返ろうとして言葉が途切れた。

「……め、め、芽稲なの?」

「……う、嘘でしょ?」

 美桜の声も困惑していた。そう、そこにいたのは、輝く白髪を腰まで垂らし、透き通る真紅の瞳をした芽稲だった。腰からは無数の尾が光の綿の如く揺れている。

「ヒィぃィィギギギィっっーー」

 鱗の化物の叫び声があがり、そして再び突然姿が消えた。

「芽稲危ないっ!」

 だが、化物の姿はどこにも見当たらなかった。

「芽稲……? 平気な……?」

「――――安らかに眠れ」

 鱗の化物の姿は芽稲の足元にあった。頭から真っ二つに分かれた状態で。

「な、な、な、な、何をしたんだぁっ!? 何も見えなかったぞ!? お、おい! あの狐女を殺すんだ!! 早くやれぇ!!!!」

 積陰月霊大王の髪飾りが光を帯びる。しかし同時にその首が宙を舞っていた。神野悪五郎がそれをゆっくりと眺める――――ように見えた。

「へっ? 狐女? 何故ここに?――――」

 実際は一瞬のことだったのだろう。上下に分かれた神野の体が地面に叩きつけられる。

「おおっーうぅ!! やるじゃないかぁっ! だがこの神野悪五郎、胴体が真っ二つになった程度では死なんぞぉっ!!」

 神野の上半身の切断部分が、周囲の鬼と血を凄まじい勢いで吸い込みはじめた。

「な、なんだありゃ!?」

 雅楽が言い終わらないうちに、神野の下半身は巨大な赤黒い四足の獣へと変わった。見上げるほどの巨体となった最上部に神野の上半身が見えた。

「狐女などに殺されはしないぞぉっーー!!!!」

 巨獣となった神野が叫ぶ。

「――――貴様を殺すのは我ではない」

 芽稲の冷たい声が響く。

「胴体切っても駄目でも、首切られりゃ死ぬんだろ? 鬼なんだからよぉ!?」

 神野の上半身の背後に、須磨毅の黒い影があった。

「お前のことよ、ずっとこうしたかったんだよぉっっ!!!!」

 須磨毅――酒呑童子の禍々しい爪が神野悪五郎の首に吸い込まれる。

「僕はぁーーっ! 新たなぁぁっっ、妖怪の世の王となるのだぁっっっっ――――!!」

「話が長えぇぇっんだよぉぉっっ!!」

「童子――――っっっっっっぃぃ」

「うぅらぁっっーーー!!!!」

 須磨毅が天高く神野の首を掲げる。

「やった!」 

 美桜の明るい声が凄惨な場面と対照的に踊った。

「あのおっさん、不死身なんじゃねーか?」

 雅楽と颯汰、ユウが半ば呆れた顔で須磨を見上げていた。

「蓮は!?」

 大怪我を負ったはずだ。早く手当てをしないと間に合わないかもしれない。

「大丈夫。死にはしないわよ」

 蓮の体をオムカルが抱きかかえていた。ゴローPにしていたように、傷口に手を添えている。

「悪五郎、逝ったか。奴らしい醜悪な最後だったな」

「おいゴローP! 大丈夫なのかっ!?」

「ああ。オムカルのおかげでね。さすがは緊那羅、インドの神秘は偉大だよ」

 気がつくと辺りに鬼の姿は消えていた。首領を失い、散り散りになったのだろう。

「ねえ……なんか揺れてない?」

 美桜の声に再び緊張が走る。

「地震!?……それに、なにか熱い」

「おい! ゴローP、今度はなんなんだぁ!?」

 その時、世界を飲み込むような断末魔が頭の中に直接響き渡った。

「こ、こ……これは……?」

「ま、まずいね……無低海大陰女王が……目覚めてしまったみたいだ――――」






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