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2.妖精さんと書類審査

 

 川瀬(かわせ)川又(かわまた)川上(かわかみ)……いや、川にこだわる必要はないか。水辺に住んでいるんだから水を感じる涼しげな名前がいい。そう、あの憂いのある切長の目! クールな響きの方が絶対しっくりくる。そうすると水谷(みずたに)水浦(みずうら)水無(みずなし)……いや、水が無いのは駄目か。えーと水口(みずぐち)流水(りゅうすい)水鏡(みずかがみ)、水……水……



 河童を推すと決めた私は、出会ったその夜一睡もせず徹底的にオーディションについて調べた。何千何万という応募者の中から見事合格を勝ち取る為には徹底的な準備が必要だ。もちろんライバル達も本気で来る。いくら河童のヴィジュアルがずば抜けているといってもアイドルに求められる要素はそれだけでは無い。


「えー、歌唱力にダンススキル、それに人を惹きつける個性、後は何よりもアイドルになりたいという強い気持ちが求められるの。これから河童にはそれらを一つ一つ身につけて貰うからね!」


 ネットで見つけた知識の受け売りだが、やれる事は全てやるつもりだ。あの日以来、定期的に私の部屋で作戦会議をする事にした。裸でうろつかれる訳にはいかないので河童の服は私がユニクロで揃えた。一式揃えるのは結構な出費だったが、推しの為だと思えば痛くも痒くも無い。


「なんだか大変そうだなぁ」


「大丈夫、私が全力でサポートするから! 新しい居場所、一緒に手に入れよう!」


「そうだよ河童。花梨がこんなに頑張ってくれてるんだからしっかり期待に応えなさいよ!」


「そう言われても、いまいちイメージが湧かないんだよなぁ」


「大丈夫! あとでオーディション番組の動画を見せるから。それよりまずは名前を考えないとね。さすがに"河童"はまずいでしょ。名前一つでも印象が変わるから、どうせなら河童のイケメンイメージに合うのにしよう————」



 水沢(みずさわ)水口(みずぐち)清水(しみず)……うーん、全部普通だな。ここは発想を変えて……


「ちょっと花梨っ! 聞こえてる!?」

「わっ! びっくりした! 美桜どうしたの?」

「さっきからずっと呼んでたんだよ? もう時間だからタイヤ片付けて帰ろ」

 どうやら河童の名前を考える事に集中し過ぎていたようだ。今日は顧問の寺田が不在なので各自自主練をしていた。私は一人タイヤを引きずりトラックを回り続けた。考え事をするのに丁度良いのだ。


「サッカー部の奴らがまた野次飛ばしてたね。アイツらほんと性格悪いよね」

「えっ? そうなの? 気がつかなかった」

「えっ……花梨、大丈夫!? 耳にキュウリ詰まってない!?」

 別に麗亜くんに何と思われようが今はどうでもよい。何故なら、私には河童がいるのだから。


「名前ねえ。そんな難しく考えなくてもいいんじゃない? あんだけのイケメンそうそういないんだからさ、オーディションだって勢いで何とかなるって」

「美桜、これは河童の人生がかかったオーディションなんだよ? 完璧に仕上げて挑まないと」


 午前の部活を終え、いつもの通学路を歩く。お昼近くの陽射しはメラメラと燃えている。暗渠の中も蒸し風呂状態だろう。


「おーい、花梨ちゃーん。美桜ちゃーん」


田丸(たまる)さん、こんにちわー。暑いよー、よく平気ですね田丸さんは」

 通学路の途中にある黄色い屋根の戸建、その庭に一本だけ植えてある百日紅(さるすべり)の木のふもとに田丸さんは座っていた。木の枝には白い花が満開に咲いている。田丸さんは柵越しにおいでおいでとこちらに手招きをしていた。


「お邪魔しまーす」

 門扉から庭に入り百日紅の木陰に座る。

「はい、塩飴。熱中症に気をつけてね」

「ありがと、田丸さんも気をつけてね」


 田丸さんは別名、妖精さんと呼ばれている。細面の顔に黒豆のような小さな瞳、髪は茄子のヘタのようにうねっている。その見た目もあるが、何故かいつもこの百日紅の木に寄りかかり座っている。誰かが「あれは妖精だ」と言い出したらしい。何の仕事をしているのか、そもそも仕事をしているのか、家族はいるのか、持ち家なのか借家なのか、その全てが謎のおじさんだ。

 一体いつからこの黄色い屋根の家に住み始めたのか、この街に長く住む人も覚えていない。いつも家の前を通る子供達に声をかけては塩飴をあげている。言うまでもなく変な人だ。だが、田丸さんが無害だとわかると保護者達は"子供達を見守る目"として謎の中年男性を受け入れた。


「ねえ、田丸さん。もし河童に名前つけるとしたら何てつける?」


「河童かい? うーん……きゅうちゃん、だな」

「それ、なんかパクってない?」

「なんで、きゅうちゃんなの?」

「そりゃ、河童は胡瓜が好きだからさ」

 なるほど……その線もあったか。私は勢いよく立ち上がる。

「ありがとう、田丸さん! いいの浮かんだかも! 帰ろう、美桜!」

「ちょっと花梨、待ってよー」

 塩飴を噛み砕き庭を出る。


「おーい二人ともー、言い忘れたけど厄災の日が近いみたいだから気をつけるんだよー」

「オッケー! 田丸さんもねー!」

  田丸さんはいつも通り別れ際に意味不明な事を口にし手を振っていた。


 玄関に上がるとリビングからやかましい音が聞こえてきた。ドアを開けると弟の快斗(かいと)と河童がテレビゲームをしていた。


「にいちゃん! そこでスペシャル使って!」


「キュロロロー!」


 河童の事は家族に話していない。いつも別れ際に次の約束の時間を決め、その時間になると私の部屋の窓をコツコツと叩いて入ってくるようにしていた。しかし河童は今、私の家のリビングで弟とゲームをしている。


「ちょっとっ! 何で勝手にあがってんのよ!」

「花梨おかえり!」

「姉ちゃん、このにいちゃんセンスあるよ! ちょっと教えただけなのに即戦力だよ! 十勝二敗だよ!? 凄くない!?」

 テーブルの上にはスナック菓子とジュースが散乱していた。二人はチームに別れて色塗りバトルをするゲームをしていたようだ。だが、今日はそんな事をしている暇は無い。


「ゲームは終わりっ! 私の部屋に行くよ!」

 渋る河童を引っ張り部屋まで連れていく。ドアを閉め河童にキツイ視線を送る。


「いったいどう言う事!? 勝手に人の家に入って!」

「ごめんごめん! 暗渠の中、暑過ぎて。家に来たけど花梨まだいなくてさ。花梨の友達だって言ったら弟が家に入れてくれたんだよ」

 申し訳なさそうに視線を落とし河童は言い訳をした。その切長の目は心から詫びているようだった。まつ毛は艶やかに黒光りし、思わず吸い込まれそうになる。薄水色の髪がサラサラと落ちた。なんて美しいのだ。部屋に一緒にいられるだけで幸せだ。


「そ、それならしょうがないね。それじゃあ今日は、書類審査の準備を進めるからね」

「書類審査?」

「そう! オーディションの第一次審査はwebでの書類審査なの。デビューする為の最初の一歩だよ」

「俺は何をすればいいんだ?」

「まずはプロフィールの作成ね。それと写真撮影、あとは自己PRを考える!」

「なるほど」

「じゃあどんどん入力していくよ!」


 それから美桜も含め三人で相談しながらプロフィールを仕上げた。

「よし、こんな感じで良いでしょ。次は写真撮影ね。表情が分かりやすい様に明るい場所で撮影するよ。自然な感じで、あえて加工は一切無しね。河童のヴィジュアルならナチュラルが一番破壊力あるから」

 部屋の電気を明るくし、白い壁紙の前で撮影する。

「はい、変にポーズは決めなくて良いから、自然にこっち見て笑って——」

 河童が真っ直ぐに私を見て微笑む。薄ピンクの艶のある薄い唇が形良くあがる。涼しげな銀色の瞳が私の黒目を射抜いた。

「ちよっ、ちょっと待って!……」

 危うく失神しそうになり机に手をついた。なんて綺麗な顔をしているのだ。至近距離で見つめられると体がもたない。

「ちょっと何やってんのよ花梨?」

「……ご、ごめん。もう一回撮るね」

「花梨、あんたも大変だねー」

 美桜が半ば呆れて私達を見比べた。


「野生の河川で培った身体能力を活かした、誰も見たことのない脅威のパフォーマンスが強みです。心に余裕が無くなってしまった現代の人々に笑顔を届けたい。その強い想いは誰にも負けません、と。」

 美桜が出来上がった自己PRを読み上げる。これで必要な入力は一通り終えた。

「さて、あとはここだよね」

 私は空欄のままの氏名欄をコツコツと指で叩いた。

「花梨、名前にこだわってたもんね」

「河童じゃダメなのか?」

「いやいやダメに決まってるでしょ。名は体を表すって言うじゃん。えー、それでは発表します……」

 私はキーパッドを叩く。

「じゃじゃん!」


 ——水瓜(みずうり)(れん)——


「おお! いいじゃん花梨。イケメン河童っぽい名前だ」

「どうかな?」

 河童はタブレットの画面をじっと見つめたまま動かない。

「ねえ、どう? 別に変えたいところあるなら変えてもいいし……」

「——悪く、無い……うん。とっても良いよ。気に入った」

「——ほんと!? じゃあ今日からあなたは水瓜(みずうり)(れん)ね。よろしくね、(れん)!」

「おう!」


「それじゃあ、これで登録完了するよー! うりゃっ——」

 私は確定ボタンをタップした。これで申し込みは完了だ。なんとか応募期限にぎりぎり間に合った。書類審査の結果は二週間程で出る。蓮なら一次審査は問題無く通る筈だ。明日から二次審査に向けての準備に取り掛かろう。だがその前に——

「今日はお疲れ様。良かったら皆んなでご飯食べに行かない? 記念すべきオーディションの第一歩を祝して!」

「あー、ごめん! 私、このあと生配信あるから帰らないとなんだ! ご飯行くなら二人で行って来なよ」

 美桜は最近、ベトナムの男性グループにハマっている。どうやら彼らの生配信がある様だ。

「えっ? 二人で? えーと、そっかぁ……うーん……」

「俺は別に二人でも良いよ?」

「はい。じゃあ私は帰るねー」

 美桜がいなくなり部屋に二人きりになってしまった。恐る恐る蓮の方を見ると、涼しげな顔でこちらに微笑んでいた。






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