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28.深層の記憶

 

 屋上に出ると、美桜は無言で海上を指差した。


「————あれが、花梨なのか……?」


 屋上にはゴローPやオロチのメンバーをはじめ、この施設に避難している人々が集まっていた。皆、神妙な面持ちで海上に目を向けている。その中には花梨の弟である快斗の姿もあった。

「……いったい…‥何故こんなことに……」

 だが、誰もその問いに答えてはくれなかった。その沈黙を破り、空気を切り裂くような甲高い轟音が鳴り響いた。

 上空に戦闘機が次々と姿を現した。編隊を組んだ無数の機体が無低海大陰女王を取り囲むように旋回を続ける。

「F-35Aだ。この自衛隊の最新鋭の戦闘機は、高いステルス機能を備えている。まだ姿を見せていない機体も付近にいるかもしれない」

 ゴローPは海上に目を向けたまま言った。無低海大陰女王は微動だにせず静止したままだった。

「三日前からずっとあの状態なの」

 美桜の声には一切の色彩もなかった。


「————にいちゃん!! 姉ちゃんのこと何とかしてくれよ!!」

 快斗の叫び声だった。

「……にいちゃんなんだろう? 花梨姉ちゃんをあんなふうにしちゃったの?……お願いだがら、元に戻してよ……」

 願いは涙に消え入った。快斗の震える肩を年配の女性が抱きしめる。美桜が言っていた花梨の伯母なのだろう。こちらを見るその目は、体内から飛び出そうとする獣を必死に押さえ込んでいるかのようだった。

「攻撃が始まる」

 美桜の声で視線を海上に戻す。旋回していた機体が無低海大陰女王に向け隊列を組み接近する。直後、空対空ミサイルが次々と放たれた。澄み渡る空にドラムの音が響き渡る。それは祝祭の始まりを思わせた。


「————花梨!!」

 爆撃の音が止み、徐々に煙幕が風に消え去る。そして、恐らくそうなるだろうと予想していた光景がそこにあった。無低海大陰女王は先程と寸分変わらぬ姿で佇んでいた。

「……良かった……姉ちゃん……」

 快斗の言葉がこの場にいる者達の気持ちを代弁していた。

「予想はしていたけど、実際に目の当たりすると畏怖の念を覚えるね。でも、これで大国は核を持ち出す口実を得ることになる。僕達も避難を始めた方がいい」

「ゴローP! 花梨ちゃんを見捨てるのかよ!?」

「雅楽。彼女は僕達にどうこう出来る存在では無いんだよ。我々は、ただ生き残る術を探すことしか出来ない」

「クソがっ! おい、蓮! お前はそれで良いのか!? このまま、花梨ちゃんをあんな化物にしておくのか!?」

 雅楽がつかみかからんばかりの形相で駆け寄り、その巨体が壁のように立ち塞がった。


「————仲間割れかい? 良くないねえ、五郎左衛門」

 緊迫した空気を小馬鹿にするような声だった。見上げると、茶色の着物を着流した細身の男。数メートル上空から海上を眺めている。膝まで届く黒髪が宙でハタハタと揺れていた。

「神野悪五郎っ!!」

「五郎左衛門、元気にしていたかい? なかなかよい眺めだねえ、ここは」

「神野! 何をしに現れた!?」

「彼女には我々も手を焼いていてね。どうやらまだ完全には覚醒しきっていないようなんだ。おかげでクリエキス様の支配も不完全でね。一度は我々に従ったんだけど、すぐに姿をくらましてしまってね」

「クリエキス……? 造物大女王もここにいるのか!?」

「いや、あの方は我々の理の外におられるからねえ。何をしておられるかなど、それこそ神のみぞ知るところだよ。もっとも、その神にすら手をかけてしまっているかもしれないけれど。それにしても、人間というものはなかなかに諦めの悪い生物だね」

 再び海上に爆発音が響いた。無低海大陰女王への攻撃の第二波が始まったようだ。だが、結果は見るまでもなかった。

「いいのかい? このままだと米軍やかの大国は核を持ち出すよ?」

「神野っ! 貴様いったい何を考えている?!」

「僕はね、取引をしたいんだ。そこにいる、水瓜蓮君とね」

「何!? 俺と? ふざけるなっ!!」

「蓮、落ち着いて。読めない相手だけど、交渉を持ちかけてくるのなら向こうも手詰まりなのだろう。話を聞く価値はある」

「さすが五郎左衛門。話が早いね。お察しの通り、彼女を目覚めさせたいのだけれど、我々には無理みたいでね。何度も意識に入り込もうと試みたけど、ガードが硬すぎて全く入り込む余地がなかったんだ。僕の神通力なら、並の妖怪なら簡単に洗脳できるし、例え格上の相手でも侵入することだけなら出来る筈なんだけどね。まったく、とんでもなく強固な壁を築いているよ、彼女は」

「それで、俺にその花梨の中に入り込んで、無低海大陰女王への覚醒を完璧なものにしろと言うのか?」

「水瓜蓮、話が早い! 五郎左衛門の部下は優秀だね!」

「ふざけるなっ!! そんなことに手を貸すわけがないだろう!!」

「待て、蓮。神野、見返りはなんだ?」

「花梨という少女の救出だ」

「それはどういうことだっ!?」

「今、あの少女が創り出した壁の中には二つの霊魂が存在している。花梨という少女と無低海大陰女王の霊魂だ。その二つは、本来は別々の存在だ。花梨という少女はこの時代に無低海大陰女王が顕現する為に作られた器に過ぎない。だが、女王が覚醒するまでの期間、その体を維持する為に人為的に造られた霊魂が存在する。それが、君たちが花梨と呼ぶ存在だ」

「何!? ふざけるな! 花梨が造られた存在だって言うのか!? でたらめを言うな!」

「事実だ。だが、それ故に我々には打つ手がある。水瓜蓮。貴様なら彼女の精神世界に入り込むことが出来るはずだ。何故かは分からないが、貴様は彼女にとって特別な存在のようだからな。故に貯水庫でも我々は貴様を利用させてもらった。いいか、貴様はこれから花梨という少女を説き伏せ、あの精神世界の壁を崩すのだ。無低海大陰女王は外に出たがっている。壁を崩すのを条件に、少女の霊魂を手放すよう説き伏せるのだ。あの少女が助かる道は他にない」

「本当なんだな、それは?」

「互いに利益がある。嘘をつく必要もない」

「駄目だ蓮! そんな話は聞くな! 無低海大陰女王を解き放つことはあってはならない————」

「ゴローP!!」

 雅楽が崩れ落ちるゴローPの体を受け止める。その胸には真っ黒な穴が空いていた。

「五月蝿いなあ、五郎左衛門」

 神野悪五郎の左手の先から巨大なツノが伸びていた。それは赤黒い血を垂らしながらウネウネと空中にいる悪五郎の元へと戻っていく。

「おい!! あいつを殺せ!」

 雅楽の叫びと同時にオロチのメンバーが空中へと飛び掛かる。

「————にいちゃんっ!! 姉ちゃんを助けてぇっ!!」

  群衆の中から快斗が飛び出す。その真っ直ぐな目に捉えられた。

「さあ、水瓜蓮。花梨を救い出すんだ————」

 神野悪五郎がパチンと指を鳴らした。その瞬間、世界は水の底に変わった。


「ここは……?」

 そこは光の届かない海底を思い出させた。そう、河で暮らすようになる遥か前、かつて神と呼ばれていた頃に見た光景だった。あの頃、俺はこの世界の海を自由に行き来していた。人類の生まれる遥か昔、太古の生物たちと共に生命に満ち溢れたこの星を漂っていた。

 そして、他の生物が誰も立ち入ることの出来ない程に深い海の底、暗闇も音も存在しない深層の奥で、俺たちは二人だけだった————


「————こんなところにまで入ってくるんだね、蓮」


  その声にまず体が先に反応した。ゆっくりと振り返る。ずっと求めていた姿がそこにあった。

 二人でオーディションに向けて準備をした日々。常にそばにあった笑顔。それは、いつものように少し困っているようだった。

「花梨……この場所ってまさか?」

「うん。蓮も思い出したんだね。昔の記憶を————」

 そこはかつて、俺と比衛子督(ヒエスト)の二人が永遠を信じた場所だった。






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