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25.蓮のステージ


 三つの巨大な建造物で構成される国内最大規模のショッピングモール。花梨のGPS信号はその北東エリアで消息を絶っていた。南北に伸びる最も大きなこの建物には数百のテナントが入っている。閉店後のモール内にどう進入しようかと悩んでいたが、メーンゲートに来てその心配は消え去った。高さ四メートルはある巨大なガラス扉が粉々に砕かれていたのだ。だが何故か警報装置は鳴っていなかった。花梨を連れ去った者の仕業だろうか。内部に人の気配は無い。シャッターの下りたショップが永遠と並ぶ湾曲した通路をしばらく進むと、正面にシャッターの壁が現れた。通路全体を隔たりこれ以上は進めなくなっていた。恐らく区画の境目なのだろう。だが壁際に目をやると避難扉が目についた。鍵が破壊されていて扉は簡単に開いた。

 その後も幾つかの区画を抜けたが、やがて鍵のかかった扉にぶち当たった。この先には進んでいないという事なのだろうか。もう一度引き返し辺り探ると、壁の隙間に何の表記も無い扉を見つけた。やはり鍵は壊されていた。扉の向こうには無機質な上り階段だけがあった。延々とそれを上り続けると、再び鍵の破壊された扉が現れた。半開きの扉からは外気が流れ込んでいる。息を殺し、ゆっくりと扉を開ける。すると一面に黒い無機質な板が畑の様に広がっていた。太陽光パネルなのだろう。巨大なモールの屋上に敷き詰められたそれは、何故か月面を連想させた。

 屋上からは周囲の景色が一望出来た。計画的に整備された道路、分譲住宅、マンション。駅を中心として広がるそれらから少し離れたところには、広大な貯水湖が黒い鏡の様に広がっていた。

 花梨の痕跡を求め辺りを探る。永遠と並ぶ黒いパネルを見て回っていると、微かな違和感があった。パネルの上に不自然な黒い影。

「何だ……?」

  建物を下から照らすライトが辺りに深い陰影を作り出す。ヒューヒューと隙間風の様な音が聞こえた。徐々にその音は大きくなる。

「……ヒ……エスト……様……」

 薄暗い闇に同化する様に化物が仰向けになっていた。水生生物なのか体表には鱗が広がっていた。だがその鱗は無惨にも殆どが周囲に飛び散り、体中からは青い血がこぽこぽと噴き出していた。

「……ヒ……ヒエ……ス……」

 見たことのない妖怪だった。だがその傷はミンジェのものと酷似していた。

「誰にやられた?」

「……だ、誰か……いるの……か?」

「ああ。誰にやられた? そいつは今、何処にいる?」

「……お…‥お願い……だ……ヒ…‥エスト……様を……助け……て……」

「ヒエスト? おい! お前をやった奴は何処に行った!?————」

 その時、突如激しい振動が建物を下から突き上げた。巨大なモールがガタガタと震え出す。

「地震!?」

 だが、ざわざわとイナゴの大群か騒ぐのに似た不穏な響きが貯水湖の方から伝わって来た。水面が沸騰した鍋の様にゴポゴポと泡立っている。やがてそれは湖全体を飲み込む渦となり、その中央から黒い塊がずり出て来た。巨大な黒い影はウネウネと太い腕を何本も振り回し駅の方へと向かう。

「まさか……八岐大蛇!? おい! お前! 花梨は何処だっ!!————」

 だが、鱗の化物は既にこと切れていた。

「クソっ!」

 花梨はまだそう遠くには行っていない筈だ。何か他に手掛かりがあれば。その時、不自然に立つプレハブ小屋が目に入った。扉は開け放たれている。それは何か嫌な予感を掻き立てた。

「芽稲!?」

 血塗れの芽稲と日菜子がベットにもたれかかる様に倒れていた。だが、花梨の姿は無い。焦りが募る。まとまらない思考と格闘していると大音量でメロディが流れた。ゴローPからの着信だった。

「————蓮、最悪の事態になってしまった。プラン"K"を実行する。そこは屋上かな? 雅楽を向かわせるから直ぐにこっちに戻るんだ」

「でも、花梨が!」

「花梨ちゃんはこっちに現れた。どうやら、我々は奴等の手のひらの上で踊らされていた様だ」

「いったい何が!?————」

 だが電話は既に切れていた。湖から這い出た八岐大蛇はずるずるとその巨体を引きずり駅前広場まで迫っていた。

「蓮! 掴まれ!」

 漆黒の羽をはためかせ雅楽が頭上に現れた。

「雅楽! その小屋の中に芽稲と日菜子がいるんだ! 二人とも酷い怪我をしていて早く病院へ連れて行かないと————」

「落ち着け蓮! お前を運んだら直ぐに二人も病院へ運ぶ。だから早く捕まれ!」

 差し出された両手を掴むとそのまま体を持ち上げられた。

「落ちるなよ」

 モールの屋上から駅前広場まで一直線に下降する。ゴローPはこちらを確認すると小さく頷いた。その腕には布に包まれた箱があった。

 広場に飛び降りると雅楽は即座に屋上へと取って返した。ゴローPが歩み寄る。常に飄々としている男が初めて見せる険しい顔がそこにあった。

「何があった!?」

「神野達の狙いは最初から花梨ちゃんだったんだ」

「どういう事だ?」

「八岐大蛇を此の世に顕現させたのは花梨ちゃんだ」

「なんだって!? なぜ花梨が!?」

「分からないが、あの子には尋常では無い妖力がある。恐らく水に起因するもので、その力で此の世と冥界を繋げたんだと思う」

「そんな馬鹿な!? 花梨は普通の女の子だぞ……」

 だが、今まで起きた幾つかの不可解な出来事が蘇った。花梨に吸い寄せられ様に現れた鬼達。祭りの夜に遭遇した蛇女の異様な怯え様。そして牛鬼を気絶させた事。花梨には説明出来ない何かがある。

「ヒエスト……さっき、モールの屋上で見た化物がそう言っていた。ヒエスト様を助けてって……」

「なに!? それは本当か!?」

「ああ。鱗に覆われた見ことのない妖怪だった。そいつが言っていたんだが。その化物もミンジェと同じ全身が削られた様な怪我をしていて、俺が駆けつけると直ぐに死んでしまった」

「鱗に覆われた!? そうか……学校を襲撃した鱗の化物は花梨ちゃんを狙っていた。ヒエスト……そして、花梨ちゃんの力……」

「おい! どういう事だよ!?」

「蓮……我々はとんでもない怪異と対峙してしまった様だ。八岐大蛇なんてそれに比べれば子犬みたいなものだよ」

「だから、いったい何が————」

比衛子督(ひえすと)……またの名を、無底海(むていかい)大陰女王(だいいんじょおう)。花梨ちゃんは魔界の十二柱の第二柱にして、この世界を破壊しえる力を持つ魔王なんだよ」

「そんな……そんな訳ないだろっ!! 花梨が魔王だなんて……」

「美桜が日付の変わった今日が花梨ちゃんの誕生日だと言っていた。十四歳とは人格が覚醒する歳でもある。恐らく、眠っていた女王の記憶が蘇ったのだろう」

「でも、何で花梨が魔王なんだよ!? 花梨はまだ子供だろ!?」

「それは、かつて魔界において第一の柱と第二の柱が争い、その尋常ならざる力の衝突故に互いの肉体を消滅させたからなんだ。その争いのせいで魔界そのものもその時に消滅し、残りの魔王達も霊界や玄界、獄界等に散り散りとなった。恐らく蓮の見た鱗の化物は魔王の一人で第十の柱、北海(ほっかい)悪左衛門(あくざえもん)だろう。奴は無底海大陰女王を崇拝し焦がれていた。無底海大陰女王の復活に気が付き、密かに接近を試みたんだろう。そう、二人の女王は肉体を失い霊体となったが、存在自体が消滅した訳では無い。長い時を経て、再び新たな依代を得たんだ。恐らく神野もその情報を掴んだのだろう。そして、第一の柱の下部となった」

「……信じられない……花梨が魔王だなんて……」

「信じるも何も、さっき突然現れてあそこから八岐大蛇を召喚したんだ。そんな事を簡単に出来るのは無底海大陰女王以外にはいない。神野がどうやって冥界への扉を開くつもりなのかが謎だったけど、初めから花梨ちゃんが誕生日をむかえ覚醒するのを待ってその力を利用するつもりだったんだ」

 ゴローPが空を見上げる。その先には三つの人影があった。巨大な建造物の様に広場を塞ぐ八岐大蛇。その背後、遥か上空に着物を着た男女と花梨が浮いていた。服装は別れた時と同じ様だが、その表情までは見てとれない。

「花梨!!」

「無駄だよ、蓮。花梨ちゃんには聞こえないよ。恐らく操られているのだろう」

「操るって、誰に!?」

「それが出来るのはこの世界でただ一人。あの着物を着た女。第一の柱であり、積陰の悪気より生まれし存在、造物(ぞうぶつ)大女王(だいじょおう)に」

「……造物……大女王……」

 宙に立つ着物の女。それは合宿所で目にした制服を来た少女だった。そして、かつて花梨とオーディションの準備をしていた時に、麗亜の彼女だと説明されSNSで見た顔だった。

「あの女が花梨を操っているという事か? あの女さえ倒せば花梨は元に戻るって事なんだな?」

「いや、それは不可能だよ。たかが妖怪や魔物に造物大女王は倒せない。無底海大陰女王と共に、あの二柱は存在そのものが別格なんだ。他の魔王が束になってもどちらにも傷一つさえつけられないだろう」

「そんな……でも、何故わざわざ操る必要があるんだ? 既に魔王として覚醒した花梨と造物大女王は仲間じゃないのか?」

「造物大女王と無底海大陰女王は、互いを牽制し合う事で魔界のバランスを保っていたんだ。二人は此の世に対して異なる考えを持っていた。造物大女王は此の世を魔界と同じく憎しみを産む場だと考えていた。一方、無底海大陰女王は此の世の生命を愛していた。この星の生命が海の中で誕生した時、彼女もまた底の無い海の奥で生まれたと言われている。強大な二つの力は太古より此の世、魔界、その他の異界のバランスを保つ柱として存在してきたんだ」

「底の無い……海の奥……?」

 何故かその言葉に引っかかるものを感じた。そう、朧げな古い記憶。静謐な深海の温もり。

「蓮! 話はここまでだ! 八岐大蛇が来る! この剣であの邪竜を葬るんだ!」

「これが……例の?」

「そう、草薙剣だ。かつてスサノオに退治された八岐大蛇の尾より生まれたとされる古の剣。八岐大蛇の首を切れるのはこの剣だけだ。そして、この剣は妖怪や魔物には振るう事が出来ない。唯一、神族のみが扱えるんだ。蓮、君にならこの剣が応えてくれる筈だ。僕が見た未来では、草薙剣を手にした君が八岐大蛇に立ち向かっていた」

「ゴローP……あなたは一体何者なんだ?」

「僕もかつては魔界の一柱だったんだよ。あの神野と共にね。だが、数百年前の戦いでその神通力の殆どを失ってしまった。それと引き換えに、未来を見通す力を得たんだ。見えるのは断片的な光景だけだけどね。そして、この最悪の事態に備えてオロチのメンバーを集めたんだよ。さあ、行くんだ蓮。八岐大蛇を倒し、此の世を守るんだ!」

 ゴローPが布を解き木箱の蓋を開けた。中には枯れ枝の様な燻んだ緑色の棒があった。

「……これが、草薙剣?」

 ゴローPは静かに頷く。恐る恐る手を伸ばし握り締めた瞬間、それは眩い光を放ち鮮やかな翡翠色の剣へと姿を変えた。

 八岐大蛇は目前に迫っていた。かつては神にも等しい存在と崇められたその竜は、おぞましい姿に成り果てていた。

「冥界の片隅にて、数千年以上に及び罪人達の憎悪を浴び続けた獣の成れの果てだ。蓮、その憐れな運命を断ち切ってやれ」

 それは八首の竜と言うには余りにも醜かった。八本の艶光した巨大なげじげじを振り回し、その巨体は地面を這いずる。胴体から生えた無数のヒダが体をゆっくりと前進させる。その胴体の表面には、幾つもの亡き者達の苦悶の表情が絶えず浮かんでは消えていく。

「終わらせる……何もかも。そして花梨を取り戻す。この馬鹿げた現実をぶち壊して、穏やかなあの日々を取り戻してやる————」






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