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24.ショッピングモールの屋上


 芽稲の足取りに迷いは無かった。その後ろ姿に置いて行かれないよう早歩きになる。避難指示により人のいなくなったショッピングモール内は薄暗く、ショップにはシャッターが降りていた。ゆっくりとカーブを描く通路を進み続ける。侵入するのは簡単だった。開けたい扉があれば雷で鍵を破壊するだけだ。

「日菜子、ここ壊して」

 芽稲がポツンと壁の隙間にある扉の前に立った。何の表記もない白塗りの鉄扉。

「分かった。少し退がって」

 バチンと音を鳴らしシリンダーが吹き飛んだ。扉の向こうは階段だった。芽稲はスタスタと上がっていく。その後ろ姿は普通の女の子にしか見えなかった。だが、花梨の気配を感じられると言っている。

「……あのさ、この前の学校の時みたいに、今も妖怪の方の芽稲なの?」

「私は私だよ。妖怪の人格が現れたって聞かされたけど、私にはよく分からない。確かにこの前の記憶は無いんだけど、今は人間の私」

「また化物が現れたら、この前のが現れるのかな?」

 実際、この前の鱗の化物のような者に遭遇してしまったら私一人では対処出来ないだろう。あの人間離れした芽稲の力が必要だ。しかし、あの力はいったい何なのだろうか? 芽稲もまた呪われているのだろうか……。

「私にも分からない。説明だと、花梨に危険が迫ると現れるらしいんだけど。でもだとすると、花梨は今は安全な場所にいるんだと思う」

「そうだね……でも、何で花梨なんだろう? あの子が拐われる理由って何かあるのかな?」

「私達が考えても分からないよ。それより、そろそろ着くよ」

 階段をどれくらい上ったのだろうか。何度か折り返したが途中で外に出る扉は無かった。無機質な階段が距離感覚を鈍らせる。

「日菜子、開けて」

 ドアノブから手を離した芽稲が振り返った。最上段の先には入った時と同じ白い扉があるだけだった。鍵を破壊し扉を開ける。すると生ぬるい風が吹き込んできた。

「……外? 屋上……?」

 そこは太陽光パネルの並ぶ巨大なモールの屋上部分だった。一般の人間が出入りする駐車場の区画とは別のエリアのようだった。

「こっちにいる」

 芽稲は再び歩き出す。その先にはプレハブ造りの二階建ての建物があった。いったいどんな意図があってこんな場所に建物を造ったのか。それは岩に生えたキノコのような違和感があった。

「……鍵が開いている」

 芽稲はゆっくりと扉を開き、こちらに頷いた。何とも奇妙な部屋だった。窓の無い白い壁紙が広がる室内には、大きな天蓋付きのベットが置かれているだけだった。芽稲がカーテンに手をかける。

「花梨っ!!」

 シーツの上には花梨が横たわっていた。静かな寝息を立てている。

「花梨! 起きて!! 逃げよう!!」

 肩を激しく揺さぶるが起きる気配が無い。

「————駄目よ、寝ている子を起こすなんて」

 奇妙な程に明るい声がした。気がつくと部屋の入口に黒と紫、そして朱が織り混ざった着物を着た女性が立っていた。その肌は恐ろしく白く、橙色の唇が際立って見えた。

「誰!?」

「その子はもうすぐ目覚めるわ。十四歳。幼い心を守る殻が剥がれ落ち、本来の人格が目覚める時が来たのよ」

「理由は分からないけど、花梨は連れて帰る。邪魔をするなら、ただじゃ済まないから」

「……田中……莉羽澄? 日菜子、田中莉羽澄だよこの人。雰囲気が違うから最初は分からなかったけど、間違いない」

「莉羽澄? 嘘でしょ? 何でそんな人がこんな所にいるのよ?」

 しかし、よく見るとその顔はSNS等で見たことのあるものだった。大きな瞳が観察するように見つめてくる。彼女の放つ異様な空気に思わず体が動かなくなる。

「芽稲。私はこいつから目を離さないから、花梨を抱えて先に行って」

 視界の隅で芽稲が頷くのがちらりと見えた。田中莉羽澄から目を離してはいけない。本能がそう告げていた。何かおかしな動きがあれば雷を落とすだけだ。莉羽澄の表情は変わらない。だが、背後からパンと乾いた音が聞こえた。

「まだ起こしちゃ駄目だと言ったでしょう?」

 振り返ると芽稲が全身を血塗れにしてベットに倒れ込んでいた。純白のシーツに赤黒い染みが広がる。

「芽稲っ!」

 浅いがまだ呼吸はある。

「何をしたのっ!?」

「あの子を起こそうとしたから止めただけ。それより、あなたも変な気は起こさない方が身の為よ」

 指先でバチバチと踊る稲妻が行き場を失う。相手の攻撃が不明な以上、下手に手を出すのは危険だ。

「賢い判断ね。そのままそこの子を連れて帰りなさい」

 芽稲の出血が激しい。莉羽澄の言うように早く病院に連れて行くべきだ。しかし、花梨をこのままここに置いていく訳にはいかない。ならば、私の選択は一つ。

「————私はこの力を、花梨の為に使う」

 莉羽澄へ両手を突き出す。指先から稲妻が放たれる。空気を切り刻むように莉羽澄へと突進し、次の瞬間————莉羽澄に届く事なく雷は消え去った。

「えっ……?」

「愚かね」

 周囲の空気がチリチリと音を立てる。本能が危険を告げる。だが体が動かない。その時、背後から黒い影が飛び出した。微かに視界に捉えたのは、シーツに広がる血溜まりから現れた鱗に覆われた化物だった————






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