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19.校庭のドングリ

 

「なあ美桜、余り花梨の家から離れる訳にはいかないんだ。話があるのなら手短にして欲しい」

 美桜は暗渠を悪戯に歩いたまま一向に口を開かなかった。花梨の側を離れる事に焦りを感じたが、普段とは違う美桜の様子を無下にも出来なかった。

「なあ、美桜————」

「花梨はね、私達が小二の時に引っ越して来たの」

 美桜は暗渠を抜け通りに出た。仕方が無くその背中を追いかける。

「初めて会った時、あの子は喋れなかったの。失語症、声を出すことが出来なくなっていたの」

 マンションの敷地内に入り芝生広場を斜めに突っ切る。目的があって歩いているのか判断がつかない。

「クラスの皆んなが好奇心から色々と話しかけるんだけど、本人は言葉を返せないからそのうち泣き出しちゃってね。結局、クラスでも浮いた存在になっちゃったの。私と康平は家が近かったから登下校がいつも一緒でね、割と一緒にいる時間が長かったの。でも、まだ小一だから手話も筆談も出来ないじゃない? だからこっちが一方的に話しかけて、あの子は頷くか首を振るかで少しずつコミュニケーションをとる様になったの。不思議なもので、慣れてくるとそれだけであの子が何を考えているか大体は分かるようになってね。気がつくといつも三人で遊ぶようになってた」

 美桜はマンションの敷地を抜けると通りを渡り階段を上り始めた。

「三人でさ、校庭の隅にドングリを埋めたの。七年後に芽が出るって康平が言ってさ。木の枝で看板まで作って、水やりを毎日やってはまだ芽が出てないね、なんて確認したりしてね」

 階段をゆっくりと上る。確かこの階段は神社へ続いていた筈だ。

「ある日ね、いつもみたいに水やりに行ったら上級生達がいてさ、ドングリを埋めた所を踏み荒らしてたんだ。私も康平も何も言えなくてただ見ている事しか出来なかったんだけど、花梨が一人で上級生達のところへ歩いて行って『やめてっ』って言ったんだよね。私も康平もびっくりしてあの子に駆け寄って大騒ぎしてさ。それから少しずつ言葉が出る様になって、三年生になる頃には普通に話せるようになったんだ。それで、これはあの子本人から聞いたんだけど……」

 美桜は最上段まで来ると振り返った。月に照らされた髪が夜風に吹かれ宙を漂う。

「花梨はね、家族を全員亡くしているの」

「……本当、なのか……?」

「父親と母親、それに四歳上のお姉ちゃんを事故で亡くしたの。花梨が小学校に入学した年のゴールデンウィークに家族で旅行に行ったんだって。花梨がその時に好きだったキャラクターのテーマパークが関西の方にオープンして、どうしても行きたいって言って聞かない花梨の為にお父さんもお母さんも仕事が忙しいのに何とか都合をつけてくれたんだって。そしてその帰り道、高速道路で事故にあったの。渋滞に差し掛かったタイミングで後ろを走っていたトラックが速度を落とさずに突っ込んで来たんだって。トラックの運転手は心臓発作を起こして衝突する前に死んでいたみたい。花梨の乗っていたワゴン車は前を走るトラックに突っ込んで、その時運転していたお母さんと助手席にいたお父さん、それに三列目で寝ていたお姉ちゃんは即死だったんだって。二列目にいた花梨は奇跡的に軽傷で済んだの。数十台が絡む大事故で死傷者も大勢出たのに、命が助かったのは幸運としか言いようがないって後で言われたらしいわ。それ言った無神経な馬鹿を殴ってやりたいよ。花梨はね、自分のせいで事故にあったと思っているの。自分がわがままを言わなければ旅行になんか行くことも無かったのにって。そして言葉を失ったの。ねえ、蓮。私は心配なの。今も花梨は自分を責めている。心を壁で囲んで、人との深い繋がりを拒絶している様に思えるの。長年一緒にいて仲良くしているから良く分かるの。あの子は私にも完全には心を開いていない」

「美桜……」

 美桜の声には悔しさと哀しみが滲んでいた。俺は何も分かっていなかった。なんとなくだが、花梨は満ち足りた愛情に包まれそれを疑う事なく育ってきたものだと思っていた。その真っ直ぐさと優しさはそんな環境によって育まれたのだと。過酷な現実などとは無縁な場所にいる存在だと思っていた。

「花梨が今暮らしているのは亡くなったお母さんの妹家族なの。とても優しい人達だし、弟の快斗は花梨を本当の姉の様に思っている。でも花梨はそこにも一枚の壁を感じるって、過去に一度だけ言った事があった。あの子はずっと孤独なの。だけど……だけど、蓮。花梨とあなたの間にはその壁が無い様に思うの。私はそれが怖い」

「……怖いって、何故?」

「蓮……あなたは人間ではない。いつかそれが花梨を傷付ける事になると思う」

「美桜、それは考え過ぎじゃ……」

「この前学校で化物に襲われた時、花梨は一瞬別人みたいになった。花梨の周りだけ空気が重くなって押し潰されそうになった。そもそも何であんな化物が花梨を狙っているの?……ねえ、蓮。あなたが現れてから花梨の周りで異常な事ばかり起きている。あなたは、一体何者なの?」

「美桜……俺は……」

 その時、爆発音が響いた。そう遠くは無い場所から地面を微かに振動させる程の衝撃だった。だがそれは、不安を頂点にまで掻き立てるには十分だった。

「————しまったっ!! 花梨っ!!!」

 家を離れるのはやはり軽率だった。全力で階段を駆け下りマンションの敷地を突っ切る。暗渠に飛び込み矢の様に花梨の家まで疾走する。次第に空が赤く揺らめき焦げつく様な臭いが濃くなる。通りには不安な顔をした人々がわらわらと集まりだしていた。

「どいてくれっ!」

 人を掻き分け花梨の家の前に飛び出す。燃え盛る炎が花梨の家の向かいの家を飲み込んでいた。

「ミンジェ!!」

 炎の側で血塗れのミンジェが倒れていた。

「何だっ!? 何があったんだっ!?」

「……ス、スミマセン、レンサン。カ……カリンサン、ツレテイカレマシタ」

「連れて行かれたって、一体誰に!?」

「ワカイ、オンナノヒトデジタ……」

「その女にやられたのか!?」

「……ハ、ハイ。バケモノ、デス……」

 ミンジェはそこまで言うと激しく咳込み血を吐き出した。その体をきつく抱きしめる。

「もう喋らなくていいっ! 直ぐに助けを呼ぶから!!」

 携帯を取り出すと同時に着信音が鳴り響く。画面にはゴローPと表示されていた。

「大変なんだっ! 花梨がっ————」

「落ち着いて、蓮。今そっちに向かっているから。それと皆んなにも招集をかけたよ」

「ゴローさん、大変なんだ……ミンジェもやられて……」

「分かってる。直ぐに着くと思うから、ミンジェのそばに居てあげて。それとついさっき、八岐大蛇の復活場所が特定出来たんだ。今夜、奇襲をかけるよ。ではまた後で」

 電話は一方的に切られた。ミンジェは苦しげに呼吸をしている。全身には切り裂かれた様な傷跡あった。まるで身体中の肉が同時に弾けたのかと思う程に酷い有様だ。一体どんな攻撃を受けたのか見当もつかなかった。花梨は無事だろうか。冷静さを失わない様、深く呼吸をする。顔を上げると目の前には炎が立ち昇っていた。それは夜空を喰らい尽くす火龍の如く天へと舞い上がっていった————






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