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18.点滅の音


 専用レーンの上を次々と寿司を載せた皿が滑走する。


「ホッキ貝? 誰だこれ頼んだの?」

「レンサン、ボクデス」

「はいよ! ミンジェ!」

「大トロ四皿!? 誰だこれ!?」

「俺だ蓮。全部寄越せ」

「雅楽、お前っ……」

「私のエンガワはまだ?」

「ねえ蓮、日本酒頼んでよ」

「酒盗は置いてないのかここは?」

「僕は生魚苦手だからフィッシュ&チップスお願い」

「お稲荷さんくれ」


「————てか、おいっ!! お前ら自分で取れよ!! それに何でそっちのテーブルの分までこっちで注文してんだよ!?」

「そりゃあ蓮がタブレットとレーンに一番近い席にいるからな」

「うんうん、そうだそうだ」

「それに中々良い皿捌きだぞ蓮」


「そもそもだなっ! 何でお前らまでついて来てんだよ!?」

「まあまあ蓮、落ち着きなよ。せっかく皆んなで食べに来たんだから怒らないで。私も手伝うからさ」

「そうだそうだ! 花梨ちゃんの言う通りだぞ蓮! しかし、花梨ちゃんは本当に良く出来たいい子だなあ」

「……雅楽、てめえ」


 学校が襲撃されて二日後、ようやく花梨達は解放された。美桜に芽稲、それに坂口日菜子という少女を加えた四人はゴローPの手配した護送車に載せられるとオフィスビルの様な真新しい建物へと運ばれた。そこで治療と個別の事情聴取を受け、今回の件について口外しない事、そしてGPSの所持を義務付けられた。坂口日菜子についてはその特殊な能力の保有及びそれに関係すると思われる過去の事件の調査結果が出るまでは、ゴローPの管理下に置かれる事となった。更に花梨に関しては常にオロチのメンバー二名が警護に当たる事となったのだった。


「しっかし、こんなイケメン達に囲まれるなんて今日は間違い無く人生で最良の日だよ〜。それで、本当に今度のフェスにこのメンバーで出演するの? ねえ花梨、凄くない!? 蓮、本当にデビューする事になったじゃん!? 」

「美桜、あまり大きな声で出さないで。まだオフレコだって言ってたじゃん」

「それよりもこの人達、本当に全員妖怪なの? 私、未だに信じられないんだけど」

「私も蓮が河童だなんて受け入れられない」

 日菜子と芽稲にとっては妖怪の存在自体が寝耳に水だった。二人はつい先日、実際に妖怪に命を奪われかけているのだがやはり受け入れるには時間が掛かるのだろう。

 そう、オロチのメンバーは全員が人外の者だったのだ。ゴローPのもう一つの顔、それはこの国の怪異と対峙する国家公安怪異対策室の室長だった。



「おいっ! こんな合宿までさせておいて、ヴォーカルグループのデビュー話なんて全部嘘だったのかよっ!!」

 合宿所で鬼達の襲撃を防いだ直後、ゴローPはオロチのもう一つのミッションを明かした。

「まあ落ち着きなよ雅楽。あくまでオロチのメインの活動の場はエンタメだよ。その為に僕は君達を選んだんだからね。でも、さっき言った様に時と場合によっては君達の類稀なる力をこの国の為に使わせて貰いたいんだ」

「なんだか都合の良い話ね。こんな妖怪だけのグループを作っておいて。ま、でも私はステージに立てるのなら何でも構わないわ」

「僕も日本で活動出来るのなら何でもやるつもりだったから問題は無いよ」

「オムカル、エヴァンありがとう。それで早速なんだけど、かなりまずい事になってしまったんだよね」

「さっきの着物を着た男が言ってた事か? ありゃ何者なんだ?」

「名は神野(しんの)悪五郎(あくごろう)。鬼達を束ねる妖怪の首領だよ。次の新月の夜、神野は八岐大蛇を復活されるつもりだ。そうなれば人間世界は未曾有の大混乱に見舞われ、その恐怖心により人間に敵意を持つ妖怪達が再び暴れ出すだろう。そして人間社会は崩壊する事になる」

「おいおい、八岐大蛇なんてただの伝説なんじゃないのか? 到底信じられないんだが」

「雅楽、残念だけど八岐大蛇は実在するんだ。過去にスサノオノミコトに退治され冥界の奥深くに封印されたのだけれど、どうやら神野が呼び戻す為に暗躍していた様だ。だが復活の日時は分かっている。後はその場所が特定出来れば阻止する手立てがこちらにはある。新月の夜は君達が出演するイベントの前日だ。それまでに何とか場所を特定して先手を打つ」

「それで、私達は何をすれば良いの?」

「皆んなには引き続きデビューに向けて準備を続けて貰いたい。そして、復活の場所が特定出来次第その力を貸して欲しい————」



 想定外の展開だったが仕事が一つ増えただけだ。歌を唄いステージに立てる。その事実に変わりは無い。

 濱家寿司を出ると一緒に花梨を送って行くと言って聞かないオロチのメンバーを追い払い、事前に決めたシフト通りミンジェと共に花梨を警護し帰路についた。帰る方向の同じ美桜はミンジェと何やら楽しそうに話をしている。

「ふぅ、やっと静かになったな」

「蓮、改めてお帰り。そして、デビューおめでとう」

「うん。ありがとう、花梨。何だか、この暗渠で初めて会ったのが随分と昔みたいに思えるな」

「本当だね。まだ二ヶ月も経ってないのにね。でも、あっという間にデビューが決まっちゃったね。蓮は凄いよ。凄く嬉しいんだけど、なんでだろう……」

「花梨……?」

「ううん、何でもない! とにかくおめでとう! 全力で応援するからね私!」

「花梨をガッカリさせない様にしないとな。ここから……ここからが本当のスタートなんだよな。花梨……俺、頑張るから」

「うん。輝く姿、いっぱい見せてね」

 久しぶりに花梨とゆっくり話す事が出来た。やはり花梨といると心が落ち着く。ただ一緒に歩くだけで満たされていくのは不思議な感覚だった。あるべき場所に自分がいる様な、そんな感覚だった。

 俺には古い記憶が無い。かつては水を司る神だったという記憶が朧げにはあるが、はっきりとした記憶があるのは河童として人の里に出入りした頃からだ。あの時代、まだ妖怪と人間は同じ世界で暮らしていた。だが世の中は変わってしまった。人間は合理性を追求し、夜は暗いものでは無くなった。電気が星空を消し去り、薄暗い夜道を提灯をぶら下げて歩く事は無くなった。妖怪は居場所を失い、人間は妖怪を忘れた。だが、それで良いのだと思う。人間世界に居たいと思う妖怪は静かに溶け込めば良いのだ。あの神野悪五郎という男の様に、人間世界を崩壊をさせ妖怪の世を復活させようとする行為は断じて許されない。

「ねーえー! 花梨ー! ミンジェ、凄く面白いんだよー!!」

 後ろを歩いている美桜が嬉しそうな声を上げる。どうやらミンジェと楽しくやっていた様だ。

「さてと。取り敢えず俺達は家の近くにずっといるから、何かあったら電話してね」

「分かった。でも、この前みたいな事、また本当にあるのかな? 何だか今でも悪い夢を見ただけの様な気がして」

「何とも言えないな。ただ、あれは夢なんかじゃない。実際に学校は破壊されたし、負傷者もたくさん出た。今度はもっと大きな被害が出るかもしれない。だから、少しでも異変があったら直ぐに知らせて欲しい」

「うん、分かった。忙しいのにごめんね。私なんかの為に貴重な時間を使わせて。本当は歌とかダンスの練習したいよね」

「花梨が気にする事じゃ無いよ。これもグループの活動の一部だから。それに他のメンバーと交代で当たるから、練習する時間はちゃんとあるよ」

「それなら良かった。じゃあ、またね。今日は凄く楽しかった。皆んな、面白い人達だね」

「あいつらは馬鹿なだけだよ。馬鹿妖怪だな」

「ふふ。蓮もその一人でしょ? それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 扉が閉まると静けさが辺りを満たした。これから次の交代が来る時間まで家の付近で待機をする事になる。長い夜が始まった。

「ちょっと蓮。寂しいーんじゃないのー?」

「なんだ美桜、まだ居たのか?」

「何よ、花梨とは随分と扱いが違うじゃない? たまには私の事も送ってってよ」

「送るって、美桜の家は直ぐそこだろう?」

「いいから送ってよ。私だって化物に襲われたんだからさあ?」

「たくしょうがないな。おいミンジェ、ちょっと美桜を送って来るから少しここを頼んでも良いか?」

「イイデスヨ。ミオサン、オクッテアゲテクダサイ」

 美桜の家はこの先の暗渠を曲がった所だ。何か起きても直ぐに駆けつけられるだろう。しかし美桜がこんな事を言うのは珍しい。やはり先日の一件が美桜にも不安の影を残したのだろう。

 暗渠を抜け美桜の家が並ぶ通りに出る。心なしかいつもよりも薄暗い気がした。見上げると街灯がカチカチと点滅していた。

「ねえ、蓮。最近、花梨とどうなってるの……?」

「え? どうって……」

「合宿に行く前に二人でお祭りに行ったでしょ? あの後、二人はどういう関係になったの?」

 振り向いた美桜の顔は、まるで知らない別人の様だった。

「美桜……?」

 カチンという音と共に辺りが完全な闇に包まれた。点滅していた街灯の電球が切れたのだろう。

「……ねえ蓮。あなたは花梨の事をまだ何も知らない」

「それは、どういう意味だ?」

 沈黙が暗闇の密度を濃くする。


「————少し、話をしようか」


 顔の無い美桜の声は別人の様だった。






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