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12.麗亜と莉羽澄

 

 グォン、グォンと空気が獣の様な唸り声をあげる。その度に校庭の隅に立つ鉄柱がガタガタと震える。美桜は今日も柱に括り付けたゴムチューブを砲丸投げのフォームで引っ張っていた。だが以前と違い、その力が遥かに増しているのは側から見ても分かった。これがインターハイ矯正ギブスの効果か。鉄柱が折れてしまわぬか見ていて心配になる。

「ふー。今日はここまでかな」

 一通りセットを終えた美桜が汗を拭きながら歩いて来た。

「プハーっ。 やっぱトレーニング後の一杯は最高だね」

 水筒の水をグビグビと一気に飲み干し、実に晴れやかな顔で呟いた。やはり美桜の中にはオッサンが入っているのだろう。もしくはオッサンの妖怪が取り憑いているのかもしれない。

「それにしても蓮、うまくやってるかな?」

「どうだろうね。合宿中は外と連絡とるの禁止されているみたいだから。でも、きっと頑張っていると思うよ」

 夏休みも残すところあと半分となった。蓮が合宿に行き三日が過ぎた。美桜と私は今日も自主練をしている。相変わらず顧問の寺田はたまにしか顔を出さない。出したとしても一言二言アドバイスをして直ぐに帰ってしまう。おかげでのびのびとやらせて貰っている訳だが。

「あれ、何だろう?」

 美桜がグラウンドを見る。陸上部の部室と練習スペースは校庭の隅にあるので、校庭の中心を使うサッカー部と野球部がよく見える。そのサッカー部も野球部も練習の手を止めて集まり、校門の方を見て何か騒いでいた。

「なんだろう……?」

 美桜と校門が見える位置まで移動する。校門近くには他校の制服を来た女の子が立っていた。遠くから見てもそのスタイルの良さは際立っていた。

「あれ、田中(たなか)莉羽澄(りうす)じゃん!?」

「えっ? 誰?」

「モデルの田中莉羽澄だよ、花梨! インスタのフォロワー数が現役高校生にも関わらず常にランキングトップ入りしていて、自身のプロデュースした化粧品も馬鹿売れしている超有名人だよ!」

「あの人が、田中莉羽澄……」

「てかあれ、麗亜じゃない?」

 グラウンドから莉羽澄の元へと走って行く人影があった。サッカー部のシャツを着た麗亜だった。

「あれ? より戻したの本当だったんだ?」

「どういう事?」

「噂だと、麗亜の女癖が悪くて一ヶ月前に莉羽澄が三行半を突きつけたんだって。でも最近になって、また二人でいるところを見たっていう目撃情報があってね。なんでも心を入れ替えた麗亜が平謝りをして莉羽澄が折れたみたいで。麗亜も噂だと今はオーディションに真剣に取り組んでいて、三次審査まで進んだって話だよ。莉羽澄もサポートしているみたいだし」

「そうなんだ」

 以前、濱家寿司で横暴な振舞をした麗亜を思い出した。あの時は丁度、莉羽澄と別れた後だった事になる。しかし麗亜がオーディションの三次審査まで進んでいるとは。蓮も喧嘩さえしなければ一緒に三次審査に挑んでいたかもしれない。それはそれでトラブルになっていたかもしれないが。確かこちらの三次審査も合宿形式だった筈だ。しかもその内容が随時配信されるらしい。

麗亜(れいあ)莉羽澄(りうす)だね。やっぱ、何だかんだでお似合いだよね、あの二人」

 莉羽澄と楽しげに喋る麗亜は、確かに以前見た時とは別人の様だった。


 学校を出ると久しぶりに美桜と駅前のマックに行った。二人の好きなアニメとのコラボ商品が最近販売されたのだ。駅ビルは去年リニューアルし殆どの店舗が入れ替わった。だがマックだけはありがたいことに撤退せずに残ってくれた。

「えっ!? 販売終了?」

「はい。今回のキャンペーンには予想を上回る大きな反響がありまして、当店の販売予定数は全て完売となりまして」

「なっ! 何と!」

「美桜、しょうがないね……他の商品を注文しよう」

「何言ってるの花梨! これは転売目的の犯行よ! 忌々しい奴らめ、またも私の楽しみを奪いやがって……」

 美桜は怒りの余りレジの前で手足をギチョンギチョンと振り回す。インターハイ矯正ギブスを装着していても普段と同じ様に動ける程に美桜の筋力は上がっていた。

「と、とりあえず迷惑になるから、一旦お店出よう!」


 怒りの収まらない美桜の呪詛を聞きながら駅前を歩いていると、普段は通らない裏道に入っていた。表通りとは異なり店舗は殆ど無く、入り組んだ道に古くからある住宅や空き地が点在していた。

「ちょっと美桜! 何処に行くつもり? そろそろ戻ろうよ。どっかでお昼食べよう?」

「えっ? あっ、そうだね。ごめん花梨、つい頭に血が昇っちゃって」

「とりあえず駅前に戻ろう」

「そうだね……てか、ここ何処? こんな場所あったっけ?」

「多分この道を真っ直ぐ行けばまた大通に出ると思うけど」

 その時、誰かが言い争う様な声が聞こえてきた。美桜と顔を合わせ、その声のした方へとゆっくり近づく。そこは殺風景な空き地だった。今は使われていない廃墟となった病院と、広大な敷地を持つ民家の竹林に挟まれている。入口は狭いが敷地は奥まで続いていた。

「誰かいる」

 奥の方で四、五人の男女が誰かを取り囲んでいた。何やら集団で一方的に責め立てている様だ。その顔の何人かには見覚えがあった。

「まずいよ花梨。アイツらとは関わらない方が良いよ。他校の連中と連んで夜中にヤバいことしてるって噂だよ。反社(はんしゃ)とも付き合いがあるって言うし」

 美桜の声には明らかに不安の色が混じっていた。だがその時、取り囲んでいる男の一人が動きその中心にいる人物の姿が露わになった。

「あれ? あの子……?」

 それは見覚えのある子だった。確か同じ学年で、名前は坂口……下の名前が思い出せない。

坂口(さかぐち)日菜子(ひなこ)じゃん!? ねえ、花梨。私達には関係無いからもう行こうよ」

 思い出した。坂口日菜子だ。小学生の時に父親が逮捕され、それがバレる度に虐めにあい転校を繰り返してきたという噂だった、この学校でもその噂は広がり、関わろうとする者は誰もいなかった。

「だから、お前の親父は刑務所の中なんだろ? 人を殺したんだろ? なんでお前は普通に街を歩いてんだよ? 学校に来てんだよ? 被害者の気持ち考えた事あんのか?」

「そうだよ。犯罪者の娘ならもっと頭垂れて申し訳なさそうにしてろよ」

「お前は社会の屑なんだよ!」

 余りにも酷い言い掛かりだった。次々と浴びせられる罵詈雑言に、坂口日菜子はじっと耐えていた。

「それで、ちゃんと持ってきたんだろうな?」

「そうだよ、早く出しなよ」

「ったく、何でお前らみたいな親子にも国から金が支給されんのかね。俺らは、社会の矛盾を正そうとしてんだよ。分かるか? あぁ?」

 どうやら金まで巻き上げるつもりの様だ。

「何だよその目は? 文句があるならお前の親父に言えよ?」

「イライラするわね! いいからさっさと出しなさいよ!」

 女の平手が飛んだ。坂口日菜子の頭がガクンと揺れる。さすがに見ていられない。

「美央、先に帰ってて。私は行ってくる」

「ちょっと花梨!!」

 集団に向かって真っ直ぐ突き進む。坂口日菜子は何も罪を犯していない。彼女が責められる言われは無い。

「ねえ、コイツ全部脱がせちゃってよ? なんか段々面倒になってきたから」

 女が言うと男二人は顔を見合わせ、坂口日菜子にじりじりと詰め寄った。

「あなた達、何してるの! 警察呼んだからね!」

 ハッタリが通じてくれと願い叫んだ。

「誰だお前? 関係ない奴はどっか行けよ」

「あれ? コイツもうちの学校の奴だよ」

「そうなのか? じゃあこっちが終わったら次はそいつの相手もしてやろうぜ?」

「ちょっとっ! やめなさいよっ! 本当に警察呼ぶからね!」

 スマホを取り出しロック画面を開く。

「おっと! やっばりまだ呼んでなかったんだな」

「ちょっと! 返して!!」

 男がスマホを奪い竹林の方へ放り投げた。

「ちょっと待ってろよ。次はお前の相手もしてやるから」

「ほら、大人しく脱げよ」

 男達は坂口日菜子を取り押さえシャツに手を伸ばした。

「坂口さん!!」

「っ痛ぁっ!!」

 バチっと音がしたと思うと男達が突然手を離した。坂口日菜子はゆっくりと顔を上げ、そしてこちらを真っ直ぐに見た。その顔は————微笑み? そう、坂口日菜子は穏やかな笑みを浮かべていた……。

「ありがとう、安曇(あずみ)さん。相変わらずあなたは優しいのね」

「え?」

 坂口日菜子はゆっくりと空を見上げる。次の瞬間、取り囲んでいた男女全員の体が吹き飛んだ。突然の事に唖然と立ち尽くす。坂口日菜子はゆっくりとこちらに歩いて来た。

「——今のは、内緒ね」

 すれ違い様にそう囁き、坂口日菜子は去って行った。

「花梨!? い、今の何!? 何か稲妻みたいの見えたけど?」

「分からない……」

 横たわる男女を呆然と眺める。いったい何が起きたのだ。ここ最近立て続けに起こる異変。私の周りで何かが崩れ始めている。だだ一つだけ分かっているのは、今目にしているこの光景を作り出したのが坂口日菜子だということだった。






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