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11.音の中

 

 室内を重低音が満たす。ベースドラムの音が鳴る度に壁がミシミシと軋む。部屋の中心ではミンジェがキレの良い動きで舞っていた。緩急をつけた動きはユニークさと気色悪さを併せ持ち、独特な世界観を形成していた。


 歌詞と振り付け、どちらから手を付けるかという話になり、スタジオにいる間はダンスの振り付けを四人で考えることにした。歌詞はそれぞれが明日の朝までに叩き台を作ってくることになった。

「ミンジェの動き、なかなか面白いな」

 雅楽が腕を組んだまま感心した様に言う。雅楽は190センチ近く身長のある大男だった。その体は筋肉の塊で、真っ赤にうねる毛髪と炎の様な赤い目が凄まじい威圧感を放っていた。

 対照的にミンジェは小柄で、澄み切った蒼空の如き鮮やかな青い髪をしていた。まだ少年の様な面影が残っているが、今回の参加者の中では最年長だという。長年事務所のデビュー候補生としてレッスンに明け暮れてきたが、実態は欠員が出た場合の補充要員としてストックされていたに過ぎなかった。たまたまその話を立ち聞きしてしまったミンジェは深く絶望し、本国の芸能界に見切りをつけた。そして旅先の日本で偶然オーディション開催の広告を目にした。年齢的にも最後のチャンスになるだろうことは分かっていた。全てを懸け、単身オーディションに挑んだのだった。ダンス暦は二十年近くに及び、その動きは芸術的ですらあった。四人が順番にダンススキルを披露する事になり、一番手を自ら買って出てくれた。

「トリアエズ、コンナカンジデス」

 ミンジェはワンコーラス踊るとラジカセを停めた。

「じゃあ次は俺がやる」

 雅楽が前に出る。再び重低音が再開される。

「おお……」

 室内にいる皆がその動きに目を奪われた。見上げる程の巨体からは想像出来ない軽やかな身のこなし。ブレイキンをベースにしたダイナミックでしなやかな動きでコレオを組み立てていく。間違いなく雅楽は相当なやり手だった。堪らず身体がリズムを刻み出す。部屋の中央へ向かうと雅楽がチラリと視線を寄越した。その目は明らかにこちらを挑発している。ワンコーラスが終わったタイミングでスイッチした。

 芽稲の言葉がふと蘇る————



「キミの踊りはさ、水なんだよね」

「水?」

「そう、水。常に形を変え流れる様に感情を表現する水の踊り。明け方の湖畔の静謐さ、雨の降り始めのざわめき、荒れ狂う濁流。赴くままに次々と表情を変えていく」

 あれは確か、花梨が親戚との用事があってたまたまいない夜だった。雑居ビル前での練習の休憩中、芽稲は息を整えながら二人が映るガラス窓を見た。吸い込まれそうな黒い瞳に思わず目を逸らす。

「だけど、今日は水が流れていない。動きにキレがあるから表面状は問題無い様に見える。でも、何も伝わって来ない」

「そんな!? 昨日と同じ様に踊っているつもりだけど……」

「今日のキミは音に合わせて手足を動かしているだけ。いつものキミは音の中に入り、湧き上がる感情のまま体が動いている」

「じゃあ、どうすれば良いんだ?」

「花梨の事を考えてみて。彼女の笑い方、声、匂い。彼女の存在がキミの気持ちを昂らせる筈だから————」


 リズムと体の細胞が融合するのを感じる。湧き上がる喜び、踊ることの喜びが体の内側から溢れ出る。四本の手足が自由に舞う。血流が勢いを増し、光の中へと沈んでいく————


 気がつくと曲が終わっていた。

「It's so beautiful……」」

「ふん。最低レベルはクリアってとこか」

「まったく、ゴローは面白い奴らを集めやがったな」

「それで、あんたもやるんだろ?」

 雅楽が須磨を見る。須磨は酒瓶から口を離し、のっそりと立ち上がった。謎の男だ。酒を飲んでいるから未成年では無いのだろう。ウェーブがかった艶のある黒髪を肩まで伸ばしている。西洋人の様に高低差のはっきりとした目鼻立ちは我の強さを感じさせるが、酒のせいなのか動きは緩慢で目に生気が無い。須磨は立ち上がり際に軽くよろめいた。

「おいおい、酔拳だとか下らない事を言い出さないでくれよ」

「音、流してくれよ」

 ミンジェがラジカセを再生する。須磨がロボットダンスの様なトリッキーな動きを始めた。複雑な指の動きを高速で行い、リズムに合わせ関節をぎこちなく動かす。

「ふん。それでこの後はどうする」

 雅楽は値踏みをする様な目をしていた。だが次の瞬間、その目は大きく見開かれた。

「今、あいつ……!?」

 時が止まった……ように見えた。あるいは、空中で静止したと言うべきか。

 須磨は跳び上がり、そのまま空中で手足を動かしていた。雅楽は須磨の驚異的な動きを見て何かを考えている様だった。

 チーム"ヒュドラ"の四人は、タイプは異なれど皆が驚異的なダンススキルの持ち主だった。二日後にどんなパフォーマンスが出来上がるのか、気がつけば興奮を隠し切れない自分がいた。






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