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第6話 約束の葉

 紫の袴を履いた男が、車のドアをロックしてこちらへ歩いてきた。

 上田はその人物をよく覚えていた。捜査で何度も顔を合わせた、この神社の宮司である。


「こんにちは。警察の方ですか?」

「どうも、こんにちは。警察本部の者です」


 長谷部と宮司が短く挨拶を交わす。


「なにか調べものでしたら、ご自由になさってください。今日はこの後ずっとここにいる予定ですから、聞きたい事があれば社務所の方まで」

「ええ、ありがとうございます。……それにしても、大変ですねえ。境内で殺人事件とは」


 長谷部の言葉に、宮司は表情を険しくする。


「まったく、その通りです。これからどうするか、何をすればよいか――よく相談して決めないといけません」


 宮司のその言葉を上田はよく理解できなかった。神社は犯行現場になっただけで、宮司は別に何かしなければならないわけではない。

 しかし、長谷部は淀みなく宮司に言葉を返した。


「大変なことだとは思いますが、どうかご無理はなさらないでください」


 そう言ってから、長谷部は上田を見て言葉を付け足す。


「神道では『穢れ』を嫌います。特に神様をお祀りする神社の境内では。『人の死』はかなり大きな『穢れ』ですから――今この神社が置かれた状況は、あなたが思っているよりずっと深刻なんですよ」


 その言葉に宮司が大きくうなづく。


「その通りなんです。まあ……起きてしまったことは仕方がありませんから、どうにかしましょう。ところで、お二人はいつ頃まで居られる予定ですか? また詳しく調査を?」


 それは上田も知らなかった。ただ長谷部に連れられて来ただけで、この神社に来ることさえさっきまで知らなかったのだ。


「いえ、すぐ帰りますよ」


 長谷部が事も無げにそう答えたので、宮司よりも上田の方が驚いた。


「今回は少しだけ現場の様子を見に来ただけです。……ああ、そうだ。もしかしたら、今日もう一度だけ来るかもしれません」


 「もう一度」と長谷部は言った。すると今日中にまた来るつもりということになるが――と考える上田だったが、その理由は思い浮かばなかった。


「そうですか。もう一度来られるのでしたら、社務所は午後4時になったら閉まりますから、なにか聞きたいことがあればそれまでにお越しください。それ以降は無人になりますので」

「ええ、ありがとうございます。たぶん大丈夫だと思いますよ」


・・・・・・


 社務所へ向かう宮司と別れて、長谷部と上田は駐車場に立った。


「犯人はおそらくここを通ったんですね」


 確かめるようにそう言う長谷部。

 上田も、そして捜査一課全体としても、そうだろうと考えている。


 築丘子安神社はそこだけ小高い丘のようになっている。周囲の住宅地とは高低差があり、神社の周りはコンクリートで固められほとんど壁のようになっており、登るのは困難だった。

 強引によじ登れないことはないが、やや苔むしたコンクリートによじ登った形跡はなかった。

 唯一、簡単に登れるのがこの駐車場への道である。市民会館の横を通って裏の駐車場まで、車が走れる程度の上り坂になっていた。


「周りからは、見えませんね」


 辺りを見回しながら長谷部が言う。

 ここは上り坂の先、市民会館の建物の裏。周りからは視線が通らない。隣接する民家の2階から見えないことはないが、22時にここを見るような用事はまずない。実際、事件後の聞き込み調査で見ていた者はいなかったと分かっている。


「それで、この向こうが――」


 ふらりと歩き出す長谷部を上田は追う。


「本殿の裏――犯行現場ですね」


 神社の建物の、さらに裏へ入っていく。大きな松の木がいくつも植わった境内、その中の建物裏の空間は昼間でも淀むように暗かった。


「この場所ですね」


 上田が指さしたその場所で、二人は立ち止まった。


「ふむ……本殿の、ちょうど真後ろですか」

「はい。どうも犯人は駐車場からここまで被害者を引きずってきたようで、地面に痕が残っていました」


 事件発生を覚知してからすぐの調査で、そういう痕跡が見つかっていた。


「さすがにここまで引っ張って来なくてもよさそうですけどねえ。その点、なにか情報はありますか?」

「いえ、なにも。ここまで引きずった理由は今のところ不明です」


 ただ単に、犯人は念を入れてより視線が通りづらいここまで引きずってきたのだろう――上田も捜査一課全体もそう考えてはいた。

 だが顎に手を当てて眉を寄せる長谷部はなにか違うことを考えているように思えて、上田は少し自信をなくした。


・・・・・・


 本殿裏から戻ってきて何も言わず境内に佇む長谷部に、上田は感じた少しの気まずさを吹き払うつもりで話題を振った。


「大きな木ですね、あれ。樹齢700年って本当でしょうか」


 それは拝殿に向かって左側にそびえる大きな木。


「ええ、ナギの木ですね」

「ナギの木――」


 木のことなどよく知らず、他に返事が思いつかなかった上田。

 長谷部はその木の根元までゆっくり歩み寄ると、落ちていた葉を一枚拾い上げた。


「この葉はとても強く、二枚重ねれば相撲取りでも引きちぎることはできないと言われています。ほら」


 長谷部が差し出したその葉を上田が見ると、縦にまっすぐ走る葉脈が幾本も見えた。


「昔の人は大事な約束をする時に、まじないとしてこの葉を使ったそうですよ。決して破れない、と」


 そう言いながら葉を木の根元に返した長谷部は、どこか虚ろな顔でその木を見上げた。

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