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第5話 犯行現場

 昼前、10時――春らしい陽気を含んだ風が吹いている。


 上田はおもむろに立ち上がった長谷部に連れられ、特に説明らしい説明もされないまま駅のホームに立っていた。

 砂本(すなもと)駅――ここ、砂本市の中心部に位置する大きな駅である。


 警察本部から駅までは歩けなくはない距離だったが、長谷部が迷いなくバス停に向かったのでそのまま二人でバスに乗り、駅前のターミナルへ着いた。事も無げにICカードを使った長谷部に対し、普段電車にもバスにも乗らない上田は整理券を取り忘れ、精算に少し手間取った。


・・・・・・


 そして今、駅のホームで下り電車――築丘・菜原方面の電車を待っている。


 長谷部が上田に買わせた切符は、隣の駅――築丘までのもの。砂本市は東京などのような大都会ではないから、電車はひと駅でも相応の距離を走る。片道の距離はおよそ6キロ。ただスピードも出るので、この区間の所要時間は5分である。


「あの、長谷部さん」

「なんですか?」


 長谷部が返した言葉には何の含みもないが、そのせいで上田はかえって困惑した。


「築丘に行って、何をするんです? 現場の資料ならいくらでもありますけど」


 そう言う上田の言葉に、長谷部はうっすらと笑みを浮かべる。


「まあ、その場に立ってみようかなと思いまして。いいですよ、気にせずついてきてください」


・・・・・・


 やがて来た電車に、二人は乗り込んだ。築丘方面から来た電車は5分ほど停まって、折り返し発車すると砂本市内を快走し、あっという間に郊外へ出て築丘駅に着いた。

 ホームに降り立つと、心地よい春の風が吹き抜けていく。電車が発車していくその線路の上に、真新しい駅舎が橋のように架かっていた。


 階段を上って改札を出ると、左右方向へ広い通路が伸びていた。

 築丘駅は数年前に改築され、駅としてだけでなく、この地区を南北に分断している線路を渡るための「南北自由通路」としても機能するようになっている。以前は徒歩で線路を越えるのがだいぶ不便だったこの場所も、この新しい駅舎のおかげでぐっと便利になったという。


「きれいな駅ですね」


 何となくそう言った上田だったが、返す長谷部の言葉は淀みがなかった。


「ええ、防犯カメラがしっかり付いています。ホーム上と改札口、それにこの自由通路。いま乗ってきた電車も新型で、車内に複数の防犯カメラがありましたね」


 ぼんやりと電車に乗ってここまで来てしまった上田には、なんだか試験問題で先生にバツをつけられたように思われて、表情を固くした。


「さて――」


 長谷部の言葉に、上田は身構える。


「この築丘駅の防犯カメラに、小林は映っていないんですね?」


 ぼんやりしていた上田には痛い質問だったが、さすがにその辺りは一課の者たちで調べ上げてあった。


「はい、全てのカメラ映像を調べてあります。事件当日、この駅のカメラに小林が映ったのは昼前、出勤時のみです。カメラには特に死角もありませんでした」


「なるほど。『防犯カメラの映像は正しい』――つまり事件当日、小林がここを通ったのは出勤の時だけ。それ以降ここに来ていないことは確実、ということですね」


 そこで言葉を切った長谷部はひとつうなづいてから、上田に尋ねた。


「事件現場の『築丘子安神社』はここから南。対して小林の自宅がある梅ノ台はここから5キロ北。線路を渡らなければ、絶対に行き来できませんね。一応聞いておきますが、この辺りで夜間秘かに線路を渡れそうなところはありますか?」


 捜査一課はその辺りも調べてあったから、上田はすぐ答えられた。


「ありません。この駅の東に踏切がありますが、監視カメラが付いています。少し西に行ったところにも小さな踏切がありますが、そこにもカメラが。どちらにも小林は映っていませんでした。また直接線路を渡ろうにもここから西は工場が線路際まで迫っていて、線路の向こうはコンクリートの壁です。またここから東は――」


 そう言って、上田は改札口の向こう側を見る。ガラス張りの駅舎の眼下に、伸びていく無数の線路。


「見ての通り、この駅は整備車両などの拠点になっているとのことで、これだけ幅がありますから。踏切も駅も通らず、線路を強引に渡るのは不可能です」

「そうですか」


 長谷部は無感情にそう言って、ひとりでうなづく。


「では、犯行予想時刻前後に小林はこの駅に来ておらず、線路も横断していない。そう断言していいですね」

「ええ、そうです」


 その答えに、長谷部はまたうなづいた。


「それでは、行きましょうか」

「どちらへ――?」


 南口へ向かってゆらゆらと歩き出す長谷部に、慌ててついていく上田。


「事件現場――築丘子安神社へ」


・・・・・・


 駅から神社の鳥居前までは、2分程度で着いた。

 神社は道が曲がりくねった狭い住宅街の中、駅に背を向けるように建っている。意外に広い境内には大きな松の木がいくつも生え視線を遮り、駅からは見通しが効かない――そんな立地だった。


 上田にとっては、捜査の際にひたすら歩き回った神社である。ここに来ずとも、境内の様子は詳細に思い浮かべることができた。


 鳥居前で軽く頭を下げた長谷部を見て、上田は慌ててそれを真似る。二人は鳥居をくぐり、石段を登って朱塗りの柱をもつ拝殿前に立った。左手には神木とされる巨木がそびえる。しめ縄がかけられた木のそばには「樹齢700年」と書かれた案内看板があった。

 拝殿前で立ち止まった長谷部を見て、上田は彼が事件現場の様子を知らなかったことに思い至った。


「あ、長谷部さん。現場はこっち側ではなくて、この建物の裏です」

「ええ。ですがまず、ここのご祭神様にご挨拶を――」


 長谷部はそう言うと、屋根から吊るされた鈴の緒を握った。その手が鈴の緒を揺らすと、がらんがらん、と音が鳴る。

 賽銭を入れ、流れるように二礼二拍手一礼の動作をする長谷部。ぱんぱん、と乾いた音が響く。上田はまた慌てながら、その動作を追った。


「それでは、上田さん――」


 そう言いつつ、長谷部は拝殿の屋根を見上げる。


「あのカメラの映像は、入手できていますね?」


 長谷部が見上げる先には、1台の防犯カメラがあった。


「はい、入手しています。ですがあれは賽銭泥棒への対策として設置されているもので、映る範囲はこの拝殿前のみでした。事件当日、犯行時刻と思われる時間帯には誰も映っていませんでした」


 捜査の初めの段階ではなにか映っていないかと期待されたカメラだったが、空振りに終わっている。


「それでは上田さん、犯行が行われたという本殿の裏へ回ってみましょう」

「はい」


 ゆらりと歩き出す長谷部に上田はついていく。ざくざくと小さな砂利を踏みながら、拝殿に向かって左手へ。

 そのまま進むと、境内を出る。柵がないその境界線を越えると、抜ける先は隣にある駐車場。駐車台数は10台程度。神社の隣の小さな市民会館の裏、神社と会館が共用で使っている駐車場である。市民会館の裏に植えられた桜の木が、風に花びらを散らせていた。


 事件が発覚した際、ここには被害者である安藤麻衣の車が停められていた。


 不意に車のエンジンの音が聞こえて上田が振り向くと、駐車場入り口から白い軽バンが入ってきた。

 二人の目の前を通り過ぎた車は、桜の木の下に入るようにバックして駐車マスに停まりすぐエンジンを切る。


「おや……いいタイミングでしたね」

「――?」


 意味を図りかね長谷部の顔を見た上田は、直後に車のドアを閉める音を聞いてすぐまた振り返った。

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