第4話 カメラの映像
長谷部はしばらくなにか思案していたが、やがて再び上田の顔へ視線を戻した。
「おっと、すみません。話の途中でしたね。続きをお願いします」
「いえ。それで、小林がひとつ前の菜原駅で降りた理由ですが――」
そう言って上田は、またタブレットの画面を長谷部に見せた。
「軽トラック、ですか?」
「はい。小林は菜原駅でこれに乗り換えています」
映っていたのは、旧式の白い軽トラックである。
「これは誰の物です? 運転者は?」
「所有者は小林の友人で、本件をほう助した疑いがある青木拓也という者です。運転者も同じです。職業は農業、事件当日、この車を運転して菜原駅へ向かい、小林を乗せて梅ノ台まで送っています」
長谷部はタブレットの画面を見ながら、少しため息をついた。
「ドラレコは……なさそうですね」
「はい。古い車ですし、農業用ですから。車というより『機材』のような扱いで、ドラレコを付ける人はあまりいませんね」
ドライブレコーダーがあれば、その記録から正確な走行経路や車内の音声が分かる。しかしこのドライブレコーダーなしの軽トラックでは、それが分からない。
「どうしてこの車で?」
眉を寄せて問う長谷部だったが、上田は事も無げに答えた。
「青木は普段からこの軽トラックで走り回ることが多かったようで、これは普段通りの行動のようです。乗用車も持っていますが、以前から知人の家にこの軽トラックで現れることがよくあったと、複数の証言があります」
小林の逃亡を助けるためにあえて軽トラックを使ったのではないか――長谷部は初めそう思ったが、どうもそうではないようだった。
「そうですか。……それで、どうしてその青木は小林を迎えに行ったのですか?」
「はい、小林は帰宅中にメッセージアプリで青木とやり取りし、『タクシーで帰らなければならない』との小林のメッセージに対し『俺が送ってやる』と青木が返信しています。それで菜原駅に迎えに行ったとのことです」
長谷部は少し顎に手を当てる。
「その青木という人物については、詳しく分かりますか?」
「はい。こちらを――」
上田は青木の情報を表示したタブレットを長谷部に向けた。
長谷部が難しそうな顔でそれをのぞき込むのを見ながら、紙に印刷してくればよかったかなと上田は思った。
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〇青木拓也(アオキタクヤ)
・自営業(農業)
・30歳独身、独居
・学生時代は小林と同じ高校に通い、2人とも剣道部に所属
・剣道部時代は面倒見がよく後輩らから慕われ、小林とは特に仲が良かったらしい
・現在も小林と交流があり、関係は良好とのこと
・事件当日に小林を車で送迎したことに関して聞き取りを行ったが、証言内容に不審な点はなかった
――――
説明を終えた上田が顔を上げると、長谷部はやはりまだ難しそうな顔をしていた。
「この青木が住んでいるところはどこですか」
「加茂見です」
加茂見は、小林の住む梅ノ台から少し北西に進んだ所にある地区である。ここは水田や蓮畑、その他にも複数の作物を育てている農業の地であり、農家である青木がそこに住んでいるのに不思議はなかった。
さらに、この地区から駅まで車で走る場合、築丘駅と菜原駅までの所要時間はほぼ同じであった。
「青木が菜原駅に迎えに来たことに、不自然な点はありませんね」
「はい。さらに小林は紙の切符ではなくICカードで電車に乗りました。ですから料金の精算は改札を出る時になります。ひとつ前の菜原で降りた方が、少しだけですが安く済みます」
面倒見がいいという青木が親しい小林を迎えに行くのに菜原駅を選んだのは、必然といってよかった。
「うん、うん……菜原か」
長谷部はまた一人で何かつぶやいていたが、上田にはよく聞き取れなかった。
上田は長谷部がなにか考えるのを終えるまで黙って待った。
「ああ、すみません。また話の途中で――それで、車に乗ってからは?」
「はい、そのまま梅ノ台へ直行しています」
長谷部は少し首を傾げる。
「……そう断定する理由は?」
「対向車のドライブレコーダーと、沿道のコンビニの防犯カメラに青木の軽トラックが映っていましたから」
それを聞いた長谷部は、天井を仰いでため息をついた。
「今は、どこにでもカメラがあるんですね」
「はい。おかげで捜査はだいぶらくになっていますが」
そう言う上田に、長谷部は頭をかきながら苦笑した。
「昔の私みたいに、時刻表とにらめっこしなくてもいいんですね」
「時刻表――?」
聞き返した上田の言葉には答えずに、長谷部は言った。
「しかし今回は――そのカメラが厄介なことをしているかもしれませんね」
・・・・・・
「今ひとまず分かっていることは、青木の軽トラックで帰宅した小林が梅ノ台の自宅にいる時間帯に……つまり本人がいないはずの築丘で、この事件は起きた。そういうことですね」
「その通りです」
長谷部の言葉にそう答えてから、上田はさらに付け足した。
「さらに小林は、23時頃に梅ノ台のコンビニに買い物に来ています。犯行予想時刻が22時頃。現場から梅ノ台までおよそ5キロ。早足で歩けば車なしで移動はできます。しかし大きな通りには別のコンビニが複数あり、カメラに映ります。さらに走行中の車のドライブレコーダーにも映ることになります」
長谷部はうなづいて言った。
「あなたがそう言うということは、つまりどのカメラにも、小林は映っていなかったんですね」
「はい。カメラだけでなく、目撃したという情報もありません」
それを聞く長谷部は表情を変えないで言う。
「確実なのは、23時に梅ノ台のコンビニにいたこと、ですね」
「はい。もしカメラを避けながら裏道を縫うように歩いたとすると時間がかかりますから、さすがに無理があります。タクシーに乗ったとしても、タクシー用のドライブレコーダーが車内映像を記録しています。この区間で小林らしき者の姿を捉えたカメラは、ひとつもありませんでした」
そう言ってから、上田はタブレットの画面を消した。
「説明できることは……これで全てです」
「そうですか」
長谷部は抑揚なくそう答えてから、やや虚ろな目を上田の顔へ向ける。
「上田さん、23時の梅ノ台のコンビニについて、怪しい点はありませんか」
上田は頭に入っている情報をひと通り確認して、答えた。
「いえ、特にありません。着衣は変わっていましたが、これは既に入浴後であったためです。寝る前になって、車が使えないためスーパーに行けないことに気付き、急遽別の服を着てコンビニに買い出しに行ったとのことです」
それを聞いて、長谷部はゆっくりと腕を組みながら言う。
「小林のことを疑ってかかるのなら、この23時のコンビニは怪しい動きとみるべきです。着衣が変わっていますし」
その言葉をよく飲み込めず、上田はやや困惑する。
「着衣が変わっていたのは、入浴後で服を着替えていたためですから」
「そうです。そういうふうに、我々に見せている――小林が犯人だと仮定するのなら、そんな行動だとも考えてみるべきでしょう。……画像、見せてもらえますか」
上田は慌ててタブレットを操作し、梅ノ台のコンビニの防犯カメラ映像を表示して画面を長谷部に向けた。
「白の上着……それと、これは眼鏡ですか?」
「はい。ですが眼鏡といっても伊達メガネで、ファッション目的だったようです」
変装とは思えない――そう上田は考えていた。自宅近くのコンビニに、変装して現れる理由はないだろう、と。
そこは犯行現場ではないのだから。
「防犯カメラの映像は正しい――そうですね?」
長谷部に不意に尋ねられ、上田はぱっと背筋を伸ばす。
「はい、そう思います」
その答えを聞いた長谷部は目を閉じて、そのまま言った。
「証拠として利用することもできますからね、カメラの映像を。この時間に、この服装でここにいたぞ、と。なにしろ防犯カメラの映像は正しいわけですから」
そう言って、長谷部はぼんやりした表情で目を開いた。
「しかし、あえてこのカメラに映ったのだとすれば――それはちょっと、くどかったかもしれません」




