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第2話 時代遅れの刑事

「こないだの事件、ね。さすがに私も知っていますよ。なにせ殺人ですから」


 パーティーションで囲われた小さな空間。机がひとつと、雑然と置かれたパイプ椅子が5脚。

 そこに上田を座らせて待たせた長谷部は、持ってきた2リットルのペットボトルから紙コップに緑茶を注いで、上田の前に置いた。

 それから上田が話を切り出したが、長谷部の言う通り、さすがに周りに興味のない彼でもこの事件は知っていた。


「確か、築丘(つきおか)の神社で起きた殺人事件でしたね。ちょうど年度初め、4月1日の夜に」


 築丘とは、この街の中心街の駅から電車でひと駅進んだところの地名である。今年度最初の殺人事件は、その築丘駅のすぐ近くで起きた。


「はい。現場はおっしゃる通り、築丘駅近くの『築丘子安神社』。被害者は安藤(あんどう)麻衣(まい)、28歳の女性。死亡推定時刻は4月1日の22時頃です」


 年度初めにいきなり起きた殺人事件、その4月1日という日付けから「エイプリルフール事件」と呼んでいる者もいる事件である。


「ほうほう……あ、お茶どうぞ。遠慮しなくていいですからね」

「……ありがとうございます」


 なんだか締まらない声でお茶を勧める長谷部に礼を言って、上田は紙コップに口をつけた。

 ぬるいとも冷たいとも言えない常温の緑茶が、何となく気だるげに流れ込んできた。


「それで――」


 ぎしっ、と音を立てて、長谷部が椅子の背もたれに寄りかかる。


「もう、解決じゃあないんですか? 被疑者は確保しているんでしょう? 何でも、その女性とは因縁があるとか」


「ええ、確かにそうです。被疑者は小林明人(こばやしあきと)、29歳の男性。被害者とはかつて婚姻関係にあり、3年前に離婚しています。その後メッセージアプリ等でしつこく連絡をとろうとし、つきまとい行為も行ったためストーカーとして警察に届け出られていました」


 長谷部は表情を変えず短く尋ねる。


「他に疑いのある者は?」

「いません。小林のみです」


 長谷部は首を傾げて言った。


「なら、私の出る幕はないのでは? 被疑者はひとり、確保済み。犯行の動機になりそうな背景情報もあるではないですか。あとは一課が順当に捜査をすれば、そのうち解決するでしょう」


 そう言って、長谷部は自分の紙コップを手にしてずずっと緑茶をすすった。


「それが――」


 上田が眉を寄せながら言う。


「その日、その時刻、被疑者である小林明人はその場にいなかったんです」

「……」


 紙コップを机に置こうとした長谷部の手が、止まる。


「では別人の犯行でしょう」

「しかし、小林以外に怪しい者はいないんです」

「……決めつけは、よくありませんね。その場にいなかったのなら、殺害などできない。そうでしょう」


 そう言われても、上田は首を振る。


()()()()()()()()()、ただそれだけです。事件当日の小林の行動は明らかに普段と異なっており――その場にいなかったこと以外の全てが限りなく怪しいんです」


 長谷部は眉を寄せながら、静かに紙コップを置いた。


「先ほども言いましたが、決めつけはいけません。そういう目でものを見れば、全てが怪しく見えてくるものです」


 その言葉に、上田は自分の紙コップに視線を落とした。残っている緑茶が、気だるげに漂っている。


「そうですが……」

「アリバイを崩せ、と――」


 上田と長谷部の声が、重なった。


「そういうことですね?」


 上田が顔を上げると、長谷部はまっすぐに上田の顔を見ていた。


・・・・・・


「まず、言っておきます」


 長谷部は上田の顔を見据えたまま言う。


「私はあくまで二課の人間です。本件は一課の担当ですから、私はただの『お手伝い』に過ぎません。きちんと犯人を見つけるのは、一課がやってください」


 念を押すように上田の目を見た長谷部は、続けた。


「今回、私はその被疑者――小林明人が犯人であると仮定して、本人が犯行時刻にその場にいなかったというアリバイを崩すことを試みる。やるのはそれだけです。もしその小林という人物が犯人でなかった場合、我々のこれからしばらくの時間は全て無駄になる」


 その言葉にうなづく上田。


 上田としては、他に被疑者となる者がおらず、そして限りなく怪しいがアリバイがあって犯人と断定されずにいる、といいう小林を疑っていた。

 厳密には、小林が持つアリバイに――つまり小林が何らかの仕掛けをしてそのアリバイを作っているのだ、と。


 かつて――本人が言うところでは30年以上前、長谷部はいくつかの難事件で、誰も崩せなかったアリバイをひとりで崩している。


 そんな人物になら、あるいは――そう思って、上田は長谷部のもとへ「御用聞き」に来たのである。

 そしてもし、そんな長谷部にこのアリバイが崩せなかったのなら――小林は、本当に無実なのだと信じることができると思って。

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