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最終話 ナギは見守る

「――と、いうことでした」


 上田は現在までに取り調べで分かったことを話し終えた。

 途中で駐車場からやって来た宮司も加え、4人がその話を聞いた。


・・・・・・


「そうですか」


 長谷部は抑揚のない声でそう言った。

 ややあって、宮司が言う。


「ここで結婚式ですか。6年前ですね……少し、覚えていますよ」


 築丘子安神社はそれほど大きくはない。ここで神前結婚式をあげるのは、1年に1度あるかないかという頻度であった。


「新婦さんは、笑顔がきれいな方でしたね」


 それは目を剥いたままの死に顔しか見たことのない他の4人には、想像することのできないものだった。


「宮司さん、その時になにかお守りを……ナギの木、に関するものを渡しましたか?」

「ナギですか? ええ、ナギのお守りなら今も社務所で扱っていますよ」


 社殿の左にあるしめ縄がかけられた巨木、樹齢700年のナギの木の葉は、2枚重ねれば相撲取りでも引きちぎることはできないと言われるものである。

 約束をする時、決して破れないとゲンを担いでお守りにされることもある。


「小林のボディーバッグの中に、それらしき物がありました」


 おそらく、安藤麻衣と契りを交わした際のものだろうと思われた。

 それはおそらく、破れた誓いの残渣であった。


「……そういうこともあるんでしょうね」


 宮司は静かに言った。


・・・・・・


「ひとつだけ、ハッキリ言っておくがな」


 須藤が低い声で言った。


「これは美談なんかじゃねえぞ。罪を犯して、でも逃げずに裁きを受けようなんて話は」


 取り調べでは、小林はそれらしき言葉を口にしていた。


「小林には自首する勇気もなかった、それだけのことだ。そもそも本当にキッチリした意識があるんなら、何があっても人殺しなんざしねえ。それをやった時点で、そいつはもう犯罪者だ。100%の悪人なんだ」


 誰も、なにも答えなかった。


 妙に真面目なところがあった小林――指輪の件を問われて犯行を認めて以降、素直に聞き取りに応じる姿は悪人にはみえなかった。

 しかし、須藤の言うことが正しいのである。小林には、同情も情状酌量もするべきではなかった。


「あいつは、殺人犯だ」


・・・・・・


 宮司はまだ用事があると言って、途中で話を切り上げ社務所へ向かった。

 後の4人が、桜の舞う境内に残された。


「長谷部さん、いいですか?」


 そう言ったのは片桐である。


「この間、妙なことを言いましたね。上田が席を外した時に――」


  『自分と同類の人間を、断罪できますか』


「あれはどういう意味です? それとあの時、上田も入れて3人でバスの映像を確認していた時、途中から長谷部さんは非協力的になったように思います」


「え、そうか?」


 割り込んで聞いたのは上田。


「そうだよ。急に積極的じゃなくなったし、途中から喋らなくなって――」

「そうですね。その通りです」


 片桐が言い終わらないうちに、長谷部が答えた。


「私は……小林をね、逃がそうかなとも思っていたんですよ」

「おい何言ってんだ!」


 長谷部の語尾に、須藤の大きな声が重なった。


・・・・・・


 飄々としてあまり自らを語らないでいた長谷部は、ここにきて妙に素直に語り始めた。


 長谷部はごく早い段階で、小林の「逃げ切る経路」に気付いていた。

 自分くらいしか思いつかないだろうと思っていた経路の作り方を見て、初めて出会う「自分と同じタイプの人間」の雰囲気を感じ取った。


「私はね、もしかしたら小林さんとは、いいお友達になれるかもしれないなと、思っていたんです」


 長谷部は、小林の犯行を暴くべきかどうかで躊躇した。


 刑事としてやるべき仕事をやる、か。

 あるいは気付かないふりをして、逃してしまうか。


 長谷部はそれを自ら決められず、上田に委ねることにした。


 小林が通った経路は教える。それで刑事として仕事をしたことにした。

 事実を暴き出すかどうかは、上田の働きに任せることにした。


 いざ事実が暴かれそうになると、長谷部は口を出せなくなった。


「約束を守りつつ司法に裁きを委ねた小林さんと、刑事としての仕事をしつつ結果を上田さんに委ねた私は、意外に似た者同士ではないですか」


 上田は、やや頬がこけた顔でそう言う長谷部を見ていて、思った。

 これは、小林が安藤麻衣を殺さなかった場合の、未来の姿かもしれない――と。


 ここ3年の小林の暮らしは、昔に妻を失った長谷部と似ているのかもしれない。


「世知辛いものですね。こういうのを全て『悪』と一刀両断で決めてしまって、本当に丸くおさまるのでしょうか。極端な例ですが、昔の『忠臣蔵』なんかはむしろ賞賛されているでしょう、あれも殺人でしょうに」


「それくらいにしておけ」


 須藤が、これまでになく低い声で言った。


「そいつが悪かどうか考えるのは、考えたい奴がやりゃあいい。だが警察関係者(おれたち)だけはダメだ。俺たちはそれを考えちゃあいかん」


 長谷部は、何も言わなかった。


「すまんな、上田と……片桐か。こいつはたまに妙な感傷に浸って変なことを言うんだ。……今こいつが言ったことは、忘れてくれ」


 須藤がそう言うのを聴きながら、長谷部はどこか虚ろな顔で、桜の舞う空を見上げた。


・・・・・・


「で、話はもう済んだな?」


 須藤が上田を見て言った。


「それじゃあ……」

「ええ、解散しましょう。お疲れ様でした」


 上田が他の3人を促し、長谷部が抑揚なく解散を宣言する。


「お前、なに帰ろうとしてんだ。本題はこれからだぞ」


 しかし須藤がそう言って一歩踏み出した。


「あの日俺は言ったよな、腹の足しになるもの食ってこいって」


 他の3人は、意味が分からず答えなかった。


「お前昼飯に握り飯ふたつしか持ってねえから、後で腹の足しになるもの食って、証拠に領収書持ってこいって言ったろう。お前結局持ってこなかったじゃねえか」


 長谷部は上田と捜査をした日、昼休みに須藤にそう言われていた。

 そして確かに、その言葉に従わず帰ってきてそのまま有耶無耶にしていた。


「今から連行する。ちと昼飯には早いが、飯屋が空いてていいだろう」

「ええ……」

「拒否はさせんぞ、ここじゃあ俺が法律だ!」


 言い放って、須藤は鳥居へ向かって長谷部の背中を押した。


「上田、片桐、左右を固めろ。俺は後ろにつく。俺が奢るから、お前らもこいつのついでにいいもん食え」

「ああ、どうして休みの日にこんな……」


 ふらりと歩き出す長谷部を、3人が囲む。

 桜吹雪の中、長谷部は歩かされ石段を下って行った。


・・・・・・


 ナギの大木が、境内に葉を茂らせている。


 700年間この神社に出入りする者を見続けるその神木は、出て行くその男を言葉なく見送った。

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