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第22話 完璧な計画

 時間を忘れて、明人は麻衣の首を絞めていた。


 やがてもう動かなくなった麻衣から、手を放した。


 草の揺れる土の上に、両膝をついたまま暗闇を見つめていた。


・・・・・・


 バスの時間がある、と思い出すのに何分かかったか分からない。

 明人は駐車場の光を当てて腕時計を見た。


 22時01分。


 バスの時間は22時08分である。

 明人はともかくも立ち上がり、麻衣のなれの果ての両脇を抱えて引きずった。


 本殿の裏――神社に祀られた「神様」に一番近いであろうと思うその場所に、それを寝かせた。


 膝の土を手で払い、明人は歩き出す。

 麻衣の抜け殻が遠ざかっていくのを、背中で感じた。


・・・・・・


 22時06分、「築丘」バス停。


 バス停に男が一人立っているのが見え、明人は思わず立ち止まりそうになった。

 次は最終便。この時間にここから乗車する者が他にもいるとは思っていなかった。


 不審に見えぬようバス停に歩み寄り、その隣に立った。


・・・・・・


 22時10分、2分遅れて砂本駅行き最終便が到着。整理券を取り乗車。


 築丘から、明人の自宅がある梅ノ台までは直行しない。タクシーを使えばカメラに映るだろうし、徒歩で行けば時間がかかりすぎる。

 タクシーに乗らず、かつ徒歩で行くよりも早く梅ノ台に到着する――それを成功させれば、「犯行時刻に築丘にいた」という事実を否定できる。


 そのための経路を走るのが、この砂本駅乗り換えの最終バスである。


 明人は膝の上で両手を広げてみた。

 柔らかい中に硬い感触があった、初めて手に感じ取ったそれ。


 まだ、麻衣の首の感触が残っている。


 手は、少し震えていた。


・・・・・・


『次は、あさひ一番街、あさひ一番街です』


 明人は降車ボタンを押した。

 全てのボタンが赤く光り、「とまります」の文字が浮かび上がる。


 砂本駅バスターミナルまで乗って行ったら、そこから先、梅ノ台行きのバスに乗り継いだのが知られてしまうかもしれない。

 それにターミナルには監視カメラが死角なく配置されている。梅ノ台行きに乗り込む際、それがこの築丘経由のバスに乗ってきた明人と同一人物であると悟られない工夫が必要だった。


 そのために明人が考えたのは、ひとつ手前の「あさひ一番街」で降車することである。


 22時22分、「あさひ一番街」バス停。


 バスが停まって前のドアが開くと、先に立ち上がった2人に続いて明人は通路を進み、運賃箱に整理券と現金を投入した。


 最前部に、カメラがある。

 明人はそれに左手を見せて、バスを降りた。


・・・・・・


 歓楽街の路地へ入り、視界内に人がいないことを確かめた明人はジャージを脱いだ。

 その瞬間、明人はあらかじめ着ておいた、白いポロシャツとベージュのズボンといういで立ちに変わった。


 ボストンバッグにジャージを詰め込み、かぶっていた白いキャップも詰めて、代わりに黒いハンチング帽を取り出す。さらに取り出したボディーバッグに財布とスマートフォンを入れた。


 ボストンバッグを道路の隅に置いて、足早に立ち去る。

 近くの居酒屋のドアが開いた時には、明人はもう角を曲がった先を歩いていた。


・・・・・・


 22時40分、砂本駅バスターミナル。


 梅ノ台行き最終便は定刻通りに発車した。

 歓楽街を徒歩で抜けた明人は大通りを渡り、バスターミナルに着いてそのバスに乗り込んでいた。


 対向車のヘッドライトや街灯が窓の外を流れていく。


 明人は背もたれにぐっと寄りかかった。

 口元がわずかに緩む。


 青木さんには、悪いけど――


・・・・・・


 明人は、本気で警察から逃げ切るための経路を練り上げた。

 しかし――それは自分のためではなかった。


 あえて調べなかったが、この場合、自分は死刑だろうか。

 どのみち人生の全てが終わるのは間違いない、と明人は思った。


 これだけの行為をしておきながら、明人は妙な所で真面目だった。


 ――明人は初めから、警察に捕まるつもりで動いていた。


・・・・・・


 バレようがバレまいが、やった事を取り消すことはできない。麻衣を殺したという事実は、どちらにせよ変わらない。

 だから……と思って、明人は司法に全てを委ねるつもりでいた。


 明人は妙な所だけ、真面目だった。


 青木には「確実に逃げ切れる」と言ってあった。明人はまた、その言葉を嘘にしないよう全力をあげた。

 自分が思う限り最もよい、逃げ切るための経路を考え提示したのである。

 明人は、これで逃げ切れると思っていた。


 だから、である。


 明人はわざと、確実に見つけられるよう捜査関係者に助け舟を出していた。


 左手の薬指には、麻衣と分かち合ったあの結婚指輪をはめていた。もう片方しかない、赤いルビーの輝きを秘めた思い出の欠片。

 服装は変えたが、指輪はそのままにしてあった。それがよく見えるように、バスの最前部にあるカメラに向け手を挙げていた。


 確実に逃げ切ると伝えた青木との約束を守りつつ、警察の手から逃れ切れずに捕まる――明人の中では、そういうことにして自らの真面目な部分が決めた条件を満たすつもりでいた。


・・・・・・


 23時03分、「梅ノ台四丁目」バス停。


 梅ノ台行き最終便は、定刻通りに到着した。

 明人は運賃を投入して、その左手にはめた指輪が見えるよう、カメラに向け手を挙げてから降車した。


 自宅に戻り、予定通り青木が玄関前に置いていった服を回収する。会社を出てから菜原駅まで着ていた服である。

 そして、あらかじめ用意してあった服に着替えた。計画の最後、徒歩より早く梅ノ台に着いた証拠を残すべく、コンビニへ向かう。


 23時14分、開いた自動ドアを抜け店内に入った。


・・・・・・


 4月2日、7時35分。


 玄関のチャイムが鳴って、さらにノックの音と「警察です」との呼びかけが聞こえた。


 明人はソファーから立ち上がった。


 玄関の鍵を開け、ドアを開く。

 敷居を跨ぎ、家を出る。


 そして――


・・・・・・


 明人がその家に帰ることは、二度となかった。

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