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第18話 逃げ切る経路

「はあ――!?」


 青木は素っ頓狂な声をあげた。


「なんで俺とお前が、逆になるんだよ!」


・・・・・・


 2週間後、再び訪ねてきた青木に対し、明人は先手を打ってそれを言った。


「青木さんに、まさか殺人の許可なんてできないですよ」


「だからってお前がやっちゃあ意味ないだろう。俺はあいつを消して、そうすれば時間はかかるだろうがいつかはお前の気も晴れて元通りに――」


 青木は2週間前に隠していた本心を、意外なほどスラスラと言った。


「やっぱりそういう事なんですね」

「……チッ。出まかせかよ」


 明人は青木の手を汚さず、自ら麻衣の殺害計画を実行すると伝えたのである。


「出まかせじゃないですよ。俺も色々と考えたんです……青木さんと同じに」

「なら俺だって認めないぞ。お前に殺人の許可なんてできない」


 こういう風に強情になると青木は一歩も引かなくなる――出会ってから今までずっとそうだった。そういう過去の出来事たちを思い出し、明人は少し困った。


「いいですか、青木さん。実行役は俺でないといけないんです。俺は、麻衣に聞きたいこと……いえ、聞かなければならないことがあるんです。その場には、俺がいないといけないんですよ」


 そう言う明人の目には、この3年間宿ったことのなかった光が見えた。


「なにを聞くんだ?」

「それは――」


・・・・・・


「……そう言われちゃあ確かに、俺がやったらダメだな。その事は一生聞けなくなる」


 青木は腕を組んだ。


「だがさっきも言った。お前に殺人の許可なんてできない」


 それを聞いた明人がふっと笑ったように見えて、青木は眉を寄せた。


「青木さんがそう言うのは分かってます。俺がダメになるような事は、全力で阻止してくると思ってました……つまり、俺がダメにならなければ、いいんでしょう?」


「ダメにならない、ってお前な。人殺したら人生ダメになる以外ないだろう」


 明人は机の上に置いた1枚のメモ用紙を手に取る。


「逃げ切れば、いいんです」

「そりゃあそうだ。でも逃げ切れるもんかよ」


 明人は手にしたメモ用紙を青木に見せた。

 細かいきれいな文字が並んでいる。


「なんだ、これ」

「逃げ切るための、経路です」


・・・・・・


 青木は腕を組み背もたれに寄りかかった。


「お前、こういうの好きだったもんな。部活やりながら休みの日はどっか出かけて。あの時はよく体力がもったな」


「今はさすがに忙しいので、電車で遠出はできないですけど。代わりにこっちに詳しくなったんです」


 あらかじめそのメモが用意されていたことに、青木はあえて言及しなかった。

 こいつは初めからそういうつもりで、俺が来る日を待っていたなと思い、少し苦い顔をした。


「どうですか」

「……いいだろう」


 低い声で答える青木。


「ただ、ひとつだけ断言してもらう。この計画で、お前は逃げ切れるんだな?」


 そうでないなら承知はしないと、明人の目を射貫くように見る。


「逃げ切れます、確実に」


 即答した明人をしばらくじっと見ていた青木は、やがてその視線を解いた。

 明人は信頼できる男である。青木のこれまでの経験から、そう言える。明人は誠実で、決して嘘をつくことがなかった。殊に、敬愛する青木に対しては。


「それじゃあ、いい。……怖気づいたらいつでも言え」

「分かりました。でも、まあ大丈夫ですよ」


・・・・・・


 その日は具体的な行動は起こさず、青木を帰らせた。

 事前準備は、ゆっくりと進められた。


 この件に関するやりとりはメールやメッセージアプリを使わず、直接会って話すか、紙に必要事項を書いて手渡す形をとった。紙は必要がなくなったらすぐに裁断して捨てた。


 麻衣を殺害予定の場所におびき出すために、1通の封書が用意された。

 中身は明人が書いた。


 明人は離婚してすぐの頃に麻衣と会って話そうと試行錯誤していたことがあった。それがストーカー行為とみなされて警察から注意を受け、それ以来近寄ることを禁じられている。

 明人は便箋に、その頃の行為を深く反省していることと、大変な迷惑をかけてしまったことに対する謝罪と、そして精神的苦痛に対しての「慰謝料」を支払いたいことを書いた。


 「慰謝料」の金額は500万円、現金で渡したいと書いた。


 あまり高いと怪しまれる、また安いとおびき出せないかもしれない。そう考え青木とよく検討した末に、この額にした。

 また、現金で渡すことについては「税金をとられないよう秘密裏に渡す」と書き、この封書もすぐ破棄して証拠を残さぬようにと念を押しておいた。

 無論、そんな金は用意していない。出まかせであった。


 麻衣が金で釣れそうであることは、SNSの投稿から分かっていた。

 彼女は今の夫の稼ぎが少ないと書きたてながら、ブランドものの服やバッグ等の写真をアップロードしていた。


 封書は、青木が届けることになった。

 メールやメッセージアプリで同じ内容を贈っても、ブロックされているか無視されるのが確実で、しかも記録が残ってしまうから使えなかった。

 封書をポストに入れるのも発見されるリスクがありはしたものの、こちらはおそらくできると思われた。


 まずいのは麻衣以外の人物にその封書を見られることであったが――その可能性は少ないと、分かっていた。


 麻衣はSNSに書き込み過ぎていた。明人と青木が見れば、安藤家の個人情報はほぼ筒抜けであった。


 麻衣は現在のところ子供がおらず、夫と二人暮らしを続けている。また夫の勤務先は夜勤があり、日勤と夜勤が週ごとに入れ替わる。殺害実行日は夫が夜勤であれば、予定時刻には夫がおらず夜中に麻衣が外出しても気付かれない。そしていつ夜勤なのかは、麻衣のSNSの投稿から予測がついた。

 麻衣の現在の家は、ストーカー騒動の際に明人が直接訪ねていて、位置が分かっている。明人が行くと万が一鉢合わせした場合まずいが、青木は6年前の結婚式以外で会っていない。面は割れていないと考えてよかった。


 青木は封書を、麻衣の自宅のポストに投函した。

 もし夫に発見されたり、麻衣が怪しんだならストーカー騒動の件もあるので警察に連絡されるはず。その場合は警察が明人に注意なり警告なりするはずで、この時点で計画の失敗を知ることができる。


 しかし――警察からの連絡は、なかった。


 それは、計画が順調に進んでいることを示していた。


・・・・・・


 小林明人は、ひとつの終末点へと転がるように進んでいった。

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