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第15話 助け舟

 上田は眉を寄せてまだ何か考えながら……長谷部はなにを思っているか分からない表情で黙っている。


「あの……ちょっと、いいでしょうか?」


 片手を小さく挙げてそう言ったのは片桐だった。


「なんでしょう」

「その人物、共通点があるように思います。小林だという証拠にはなりませんが」


 抑揚なく答えた長谷部と、それをなんだか苦手そうに見ながら話す片桐。


「バスを降りる時の……ここ」


 シークバーが少し戻された。

 それは下車する男が、硬貨を運賃箱に入れる瞬間。


 片桐が再生ボタンを押し、映像が動き出した。

 支払いの直後、すぐ映像が止められる。


「ここ、カメラを見たように思えます。それから――」


 そう言って片桐は、答えない長谷部を見ないでまた再生ボタンを押す。

 男は前扉からバスを降りた。


「左手を、上にかざすように挙げています」


 映像を少し戻すと、片桐の言う通り男が左手を挙げたところでぴたりと止まる。


「ふむ。カメラを見たかどうかは、この映像からでは何とも言えませんね。少し上を見る動きはしていますが、目線までは確認できません。手の動きは確かに妙ですが……片桐さんの思う『共通点』とはなんでしょう」


 抑揚なくそう言う長谷部に、片桐は淀みなく答える。


「この映像は3便目。そして1便目と2便目に映っていた人物も、同じ行動をしていたと思います。理由までは分かりませんが、この妙な動きを、何の示し合わせもなく別人が行ったとは思えません」


 片桐に視線を送られた長谷部は、やや遅れて言った。


「……そうですね。1便目と2便目の映像をもう一度見てみましょうか」


・・・・・・


 1便目、21時30分。「築丘」バス停。

 紺色のジャージを着た男は運賃を支払った後、少しカメラの方を見るそぶりを見せ、軽く左手を挙げながら降車した。

 ただ挙げているのではなく、手の甲を上に向けている。


 2便目、22時22分。「あさひ一番街」バス停。

 ひとつ前の便と同じジャージの男が、同じように視線を上に向けてから、左手を挙げ降車した。


 改めて見る3便目、23時03分。「梅ノ台四丁目」バス停。

 白いポロシャツの男が、カメラを見るようなそぶりを見せ、左手を挙げてから降りた。


「なんだ、これ」


 画面に向かい身を乗り出す上田。


「分からん。でもこんなポーズが流行ってるわけじゃないし……」


 そう言って上田の横顔を見る片桐。


「……変な言い方だけど、こいつに見られてるみたいに思えるんだよな。カメラの向こうから、さ。左手を妙な挙げ方して、俺たちに見せつけてる……なんてのは考えすぎだろうけど」


 片桐には、それが捜査関係者をからかっているように見えた。

 俺のことには気付いてるんだろう、だが尻尾は掴めまい――そう見せつけている。


「左手を、見せつけている……?」


 片桐の意図を汲み損ねた上田は、そう言った。

 そのまま片桐をどかせて、自分でシークバーをいじる。


 「梅ノ台四丁目」の降車時の映像、男が手を挙げたところで上田は映像を止めた。


「左の手のひらじゃなくて、手の甲、いや――」


 挙げられた手を、画面越しに指差す。


「――指だ」


・・・・・・


 上田が指している男の指。片桐が画面に寄ってみると、特徴のないその手に一箇所だけ――薬指に指輪がはめられているのが見えた。

 拡大してよく見ると、赤っぽい色の小さな宝石らしきものが付いている。


「1便目と2便目、もう一度――」


 1便目、「築丘」バス停。

 ジャージの男が挙げた手に、同じ指輪が確認できた。


 2便目、「あさひ一番街」バス停。

 同じ男、同じ指輪。


 さらに3便目の映像の初めを再生すると、白いポロシャツの男が砂本駅バスターミナルから乗車したのが確認できた。

 「梅ノ台四丁目」まで、ずっと乗っていた。


「……これだ」

「でもこれだけじゃどうしようもないぞ。2便目を降りたのが『あさひ一番街』、3便に乗ったのが『砂本駅』バスターミナルだ。それに着衣が変わってるのが説明できない」


 矢継ぎ早に片桐に言われ、上田は少し気勢を失う。

 しかし少し考えてから言った。


「えーと……いや、その距離なら歩けるんじゃないか?」


 眉を寄せながらメモされた時刻を見て、それから片桐はうなづいた。


 2便目のバスは「あさひ一番街」バス停に定刻の22時22分に着いている。

 そして3便目のバスは「砂本駅」バスターミナルを、定刻の22時40分に発車していた。


「時間の余裕は……18分。真っ直ぐ歩けば間に合うくらい、か」


 そう言って、上田の顔に視線を戻した。


「乗り継ぎはとりあえずいいとして、服は? まさか脱ぎ捨てたんじゃないだろう」

「脱ぎ捨てたかもしれない」


 即座に答えた上田に、片桐はまた眉を寄せる。


「あれ全部か?」

「バッグ、大きいし。着替えくらい入りそうだろう」


 そして上田は少し考えて、言った。


「落とし物で届いてないかな。あのバッグと服」


 脱ぎ『捨てた』のなら――本当に捨てていったのなら3便目はほぼ身ひとつで乗れる。駅のコインロッカーには防犯カメラがあるから、人目にふれずに置いていくことはできない。となると路上にでも捨てていくか――


 そう思って、上田は片桐に照会を頼んだ。


・・・・・・


「……あった」


 しばらくの電話のやり取りの後、片桐は静かにそう言った。


 「あさひ一番街」バス停から少し南、歓楽街の路地の一角で黒いボストンバッグの落とし物があったと、届け出られていた。中身は紺色のジャージ上下、白のキャップ。拾得日時は4月2日、02時50分。

 事件発生が1日の22時頃、バスが「あさひ一番街」に着いたのが22時22分。時間的な無理は生じない。


「あとは指輪か……」


 そうつぶやいて、思案する上田。

 その横顔をのぞきながら片桐が言う。


「指輪くらいなら、誰でもつけてるからな。あれが小林の指輪だって確かめ――」

「そうだ、確かめてくる!」


 上田は勢いよく立ち上がった。


「ここに連れてきた時に片桐が所持していたものを見てくる。もしあの指輪があったら――ちょっと行ってくる、待ってて」


 そう言って風のように出て行った。


・・・・・・


 片桐は長谷部とふたりで取り残された。

 長谷部のことをやや苦手に思っている片桐は、気まずさを感じたまま黙って上田が帰ってくるのを待っていた。


「片桐さん」

「……はい」


 できるだけ話したくなかった長谷部に声をかけられて、片桐は渋々答えた。


「すみませんね、気まずくしちゃって。気になさらなくていいですからね」

「いえ」


 気まずい沈黙が二人を包んだ。


「片桐さん、あなたは――」


 長谷部が、再び口を開いた。


「自分と同類の人間を、断罪できますか」

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