第14話 崩れた経路
警察本部――
モニターの前に、長谷部、上田、そして片桐の3人が並んで座っていた。
「4月1日の、該当するバスの車内映像です」
片桐が上田を、そしてためらいがちに長谷部を見ながら説明する。
「便宜上、時系列順に『1便目』『2便目』『3便目』と呼びます。……どれから確認しますか?」
片桐はそう言ってから上田の顔を見たが、上田はどれにするか決められず長谷部の顔を見た。
「ここは時系列順に、1便目から見ていきましょうか。ではお願いします」
小さくうなづいた片桐が該当するファイルを選択し、映像がモニターに映った。
車内を天井から俯瞰する映像と、同じく俯瞰する形で運賃箱と運転士が映ったもの。
「『馬留』バス停から見られれば十分です。初めのほうは飛ばしてください」
長谷部の言葉に、片桐は何も言わずシークバーを動かした。
少し前後に動かして調整し、「馬留」到着時の場面に合わせる。
この時点で車内には男性乗客が1人。前方の座席に座っていた。
時刻は21時20分。所定時刻は18分だから、2分遅れている。
中扉が開き、それから紺色の服を着た男が乗り込んできた。
白いキャップをかぶり、黒いボストンバッグを持っている。顔には白いマスク。
「はい、止めてください」
長谷部が片桐に映像が止めさせる。
「これは、上下ともジャージ、ですか」
「たぶん……ですがこんな服は小林の家にはありませんでした」
それだけ上田と言葉を交わし、すぐ長谷部は映像を進めさせた。
中扉が閉まる。他に乗り込んだ乗客はいなかった。
男は後方の座席へ座り、横の席にバッグを置いた。
「『築丘』到着前まで飛ばせますか?」
シークバーが操作され、「築丘」到着前の場面に合わせられた。映像が流れ始める。
乗客は4人に増えている。女性1、男性3。席はバラバラ。
後方の座席には、まだボストンバッグを席に置いて座っている紺色のジャージ
姿の男がいる。白いキャップが、やや目立つ。
車内あちこちにある降車ボタンは、既に赤く光っている。誰かが築丘で降りる。
前扉が開いた。
時刻は21時30分。所定時刻は27分で、3分遅れでの到着だ。
ジャージ姿の男が、ボストンバッグを持って通路を歩いていく。
男は硬貨をまとめて運賃箱に入れ、降車した。
バスは前扉を閉め、発車した。
「ここまで」
長谷部が映像を止めさせた。
馬留から築丘まで乗車したのは、ジャージ姿の男ひとりだけ。長谷部が予測し、上田が確かめた経路を使ったのは、この時点でこの男ひとりに絞り込めたことになる。
「これが、小林ということですか」
あっけなく見つかったのに拍子抜けした上田だったが、長谷部は淡々とした声でそれを否定した。
「これだけでは確証が得られません。顔が見えていませんし、それ以外の特徴も分かりません」
映像を少し戻し、降車するところで止める。
帽子のつばで目元は隠れ、マスクによって鼻と口が覆われている。顔は見えない。
怪しい――と言うことはできない。帽子は特に変わったものではなく、昼間にかぶって外出しこのバスに乗るまでそのままだった、と考えれば説明がつく。マスクについても、感染症対策と考えるのが妥当だ。
また、この紺色のジャージは小林の家になかったもの。それはむしろ、この男が小林でないと言っているようなものである。
「とりあえず、次を見てみましょう。片桐さん、でしたね? 2便目の『築丘』のところをお願いします」
・・・・・・
2便目――築丘から砂本駅へ向かう最終便である。
このバスの映像は、犯行直後の便であることから元々取得してあったもので、上田と片桐は既にこれを見ている。「築丘」からは2人が乗車している。
そして――
中扉が開くと、まず壮年の男、続いて――紺色のジャージの男が、乗り込んできた。白いキャップと黒いボストンバッグも、そのままだ。
マスクもそのまま。顔はよく見えない。
「乗ってきました」
「ええ。ですがこれも、小林であると断定できるものではありませんね」
同じ人物が、犯行予想時刻前後に現場最寄りのバス停で乗り降りする――怪しいと思えるが、それは小林が今回の犯行をこの経路で行ったと仮定して見ているからともいえる。
単になにか用事があって一旦下車しただけかもしれない。こんな夜中に――とも思うが、それだけでおかしいと断定することはできない。
しかもその服装は現在分かっている小林のものとは違う。別人である可能性を強く示唆している。
中扉が閉まり、運転士がバスを発車させた。
元いた乗客は3人。それに壮年の男とジャージの男が加わり、バスは5人の乗客を乗せて走っていく。
・・・・・・
「あれ?」
予想外の動きがあったのは、終点「砂本駅」のひとつ前。
「あさひ一番街」のアナウンスが流れた時、ジャージの男が降車ボタンを押したのだ。
「あさひ一番街」バス停は、砂本駅周辺の歓楽街のそばにある。この方向から砂本駅バスターミナルへ進入する全てのバスが停まり、昼夜を問わず降車する客が多いバス停だ。
やがて前扉が開くと、ジャージの男の他にも2人が通路に立った。
ジャージの男は最後に運賃箱へ歩み寄り、現金を投入して降りていった。
バスは前扉を閉め、終点「砂本駅」へ向かって走り出した。
「砂本駅まで乗らない――?」
上田が身を乗り出しながら言った。
・・・・・・
それから3分で、バスは砂本駅バスターミナルに横付けした。
降車した客は、みな小林の特徴とは異なっていた。
29歳の小林にしては明らかに老けている者、そもそも性別が違う者……
その数は、5人。
一応、この5人の特長を頭に入れたうえで「3便目」、梅ノ台行きのバスの車内映像を見たが、覚えた人物たちは誰も乗ってこなかった。
「片桐、途中飛ばして。『梅ノ台四丁目』に停まるとこまで」
「ちょっと待て、今やるから」
シークバーが進められ、映像の終わりの方に合わせられる。
「梅ノ台四丁目」到着直前――降車ボタンが赤く光っている。
乗客は、後方の席に男がひとりだけ。
前扉が開くと、その男が通路を歩いてきた。
時刻は23時03分、定刻通り。
男は――ボストンバッグを持っていない。小さなボディーバッグひとつだけだ。服は夜の車内に目立つ白のポロシャツ、ベージュのズボン。黒のハンチング帽をかぶり、目元は見えない。口と鼻も、マスクで覆われている。
運賃箱前のカメラに映った男は慣れた様子で整理券と硬貨を投入し、降車した。
乗客のいなくなったバスは扉を閉め、終点に向けて走り出した。
「……もういいでしょう。片桐さん、止めてください」
映像が止められた。
生じたしばらくの沈黙を破ったのは、上田だった。
「……着衣と持ち物は変わっていますが、状況からみてこの人物が小林ですよね」
「それはさすがに無理があります。顔は分かりませんし、このバス停を使うのが小林ひとりというわけでもありません。ICカードかタッチ決済なら、履歴が残ったと思いますが……」
長谷部の言葉を聞きながら、上田は乗り出していた上体をゆっくり背もたれに預けた。
「指紋かなにかも……」
「無理でしょう。バスは清掃されたでしょうし、支払いに使った硬貨もとっくに運賃箱から回収されて、他と一緒にされているでしょうね」
「梅ノ台四丁目」で降車した男の服装は、この後23時14分にコンビニのカメラの映った小林のものとは違っている。
長谷部が予測し、上田が確かめた経路は、ここで崩れた。




