第13話 繋がった経路
「築丘の、バス停――この先に?」
捜査の段階でその存在は知っていた。築丘にはバス停がある。
その位置は、事件現場の築丘子安神社から真っ直ぐ南、徒歩2分のところ。
ただ、犯行予想時刻である22時より後のバスの車内映像は調べられている。乗れる便は最終便のみで、築丘バス停からは砂本駅行きに2名、馬留方面には1名が乗車。いずれも当日の小林の着衣とは異なっていた。
それゆえ今は、小林はこのバス路線を使わなかったと考えられている。
長谷部が降車ボタンを押し、車内に一斉に「とまります」の赤いランプが灯った。
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築丘バス停までは、やや距離があった。
しばらく進んで、上田にも分かる景色が見えてくると、バスはぐっと減速し停車して、前のドアが開いた。
長谷部に続いて、上田も歩道に降り立つ。
バス停に『築丘』と表示されている。
「ここまで。さて時間はどうでしょう」
長谷部にそう言われて所要時間を測っていたのを思い出し、上田は慌てて時計を見た。
「ええと……10、いや9分です」
菜原から電車なら5分。バスの所要時間はおおよそ2倍だ。
物好きくらいしか乗りそうにない区間である。
しかし、電車にも青木の軽トラックにも乗らずに9分で築丘に到達できる。そういう意味では、「使える」経路であった。
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昼前に立ち去った築丘子安神社の鳥居の前に、戻ってきた。
辿った道は全く別――電車でなくバス、方向も逆だった。
「菜原からここまで、この経路でも来られるわけです」
長谷部が抑揚なく言う。
「確かに、そうですが。でも当日、築丘バス停からは――」
そう言いかけて、上田は言葉を切り少し考えた。
「着衣を変えた、と――?」
「そう考えると、うまく繋がると思いますよ」
長谷部はそう言うが、上田はそれに同意しかねた。
着衣の変更については当然検討されたが、もし小林が築丘から最終のバスに乗ったのなら、乗り込んだ3名のうちいずれかに該当する服があるはずである。
事件が発覚してすぐの捜査で、小林の家は調べられていた。それらしき服はなかった。
さらに事件当日の23時頃に小林が梅ノ台のコンビニの防犯カメラに映った時、着用していたのはバスの映像にない服だった。
菜原駅のカメラに映ってから、梅ノ台のコンビニで再びカメラに映るまでの間。小林が違う服に替えていたのなら、それは一体どこへ行ったのか……?
「そのことは一旦置いておきましょう。なにせ今回は『小林が犯人であると仮定して』考えているわけですから」
長谷部は軽く肩をすくめた。
「ひとまず仮定の方を考えていって、当たりならそれでよし。外れなら、それもそれでよし。小林が犯人ではないと分かるわけですから」
そう言って長谷部は、ポケットから1枚のメモ用紙を取り出した。
2つ折りにされていたそれには、几帳面そうな文字が並んでいる。
「昼休みの間に、調べてみました。この経路が『繋がる』かどうか」
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馬留(21:18)→築丘(21:27)
築丘(22:08)→砂本駅(22:25)※最終
砂本駅(22:40)→梅ノ台四丁目(23:03)※最終
それはバスの時刻のメモだった。
馬留を出て築丘を経由し、「梅ノ台四丁目」――小林の自宅に一番近いバス停まで。
「乗り継ぎは問題ないでしょう。どうです?」
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事件当日、小林が菜原駅で電車を降りたのは20時頃。青木はやや遅れて、20時半近くになって菜原駅北口ロータリーに軽トラックで現れていた。
もし小林がこの経路を通ったと仮定するなら、駅を出てカメラに映らない場所ですぐ降りたと考えられる。そこからあの地下道を通って線路の南へ出て、馬留バス停までは――10分もあれば足りる。
長谷部のメモにあるバスは21時18分発。余裕をもって着ける。
それから犯行現場である築丘。滞在時間は――仮にバスが定刻通りに走ったとして考えると、41分。
犯行予想時刻は22頃。
バスの到着が21時27分、次の便の出発は22時08分。一応、犯行予想時刻の範囲内である。
次のポイント、砂本駅バスターミナル。
乗り継ぎ時間は15分。バスが大きく遅れると、乗り継ぐのは厳しい。
しかし時刻は22時半前後。なにかイベントでもない限り、道路も車内も混雑しない時間だ。
それに築丘から砂本駅へのバスはすでに映像を調べてある。副産物として、運行がほぼ定刻通りであったことが分かっていた。
最後は、梅ノ台――到着は23時03分。
小林が梅ノ台のコンビニに現れたのは23時14分である。時間的にはギリギリだが……間に合いはする。
菜原駅から馬留、築丘、砂本駅、そして梅ノ台――ここまで、大回りの1本の経路が繋がっている。
「……本当にこの経路を通ったんでしょうか」
「確かめてみましょう。通っているならいる、いないならいない。今はどちらも確証がありません。調べてみれば、どちらかの確証を得られます」
上田は少し考えて、それからうなづいて、スマートフォンを取り出した。
電話帳を開き、見知った名前をタップする。
「片桐、俺だけど……うん、やってほしいことがある。今から言う時刻のバスの車内映像、4月1日のやつを――」
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『次は梅ノ台四丁目、梅ノ台四丁目――』
築丘から次の便のバスに乗った長谷部と上田は、砂本駅バスターミナルで梅ノ台行きに乗り継いで、梅ノ台の地に降り立った。
小林の自宅はここからすぐ――バス停手前の信号交差点を渡って右方向、3軒目。
黒いスプレーをかけられた、白いミニバンが停まっている。事件前夜または当日早朝に行われた悪質ないたずらによる損害――ということになっている、落書き事件の痕跡。小林が警察に連行されたため、車はそのままの姿で残されていた。
「さて、ここからコンビニまで何分かかるか、ですが――」
あえて歩いてみる必要はなかった。ここは既にこれまでの捜査で幾度も歩いている。
「徒歩2分……駆け足なら1分で着けるくらいです」
23時03分着のバスを降りて、交差点を渡ってこの家へ。すぐ着替えてコンビニに向かえば、23時15分頃には到着できる計算になる。
コンビニのカメラに映った時刻は……23時14分。
「これで一応、菜原駅から築丘を通ってここまで来れることは分かりましたが……」
「後はバスの車内映像を確認することですね。ひと昔前ならこうはいかなかったでしょう。カメラはなかったわけですから、乗っていたと証明することができなかった」
長谷部は感慨深げにそう言って、虚ろな目を空へ向けた。
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上田のポケットの中で、スマートフォンが着信音を鳴らした。
「もしもし……そうか、早かったな。……うん、確認したい。すぐ戻る」
警察本部にいる片桐から、指示されていた映像の確保ができたと報せが来たのだ。
「ずいぶん早いですね」
空から視線を戻した長谷部が言う。
「たぶん大急ぎでやってくれたんです、あいつ。……では、戻るということでいいですよね?」
「ええ。我々も大急ぎで戻りましょうか」




