第12話 乗り継ぎ
上田と長谷部はバスに乗り、再び砂本駅バスターミナルに降り立った。
長谷部がまず行くと言っていた「菜原」は砂本から電車で2駅、時間にして10分のところである。
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午前中に向かった築丘を過ぎ、さらに5分で菜原に着く。その駅舎は築丘駅とほぼ同じ見た目――線路の上を越える南北自由通路と一体化した構造である。
改札を出た二人は、その広い通路の真ん中へ立った。
「ここが、犯行当日に小林が降りた場所――ですね、上田さん」
「はい。改札の中と外の両方のカメラに映っています。小林はここから北側の出口へ向かい――」
上田は長谷部の先に立って通路のガラス窓へ歩み寄った。
眼下には駅北口のロータリーが見えている。屋根付きのバス停があり、ちょうどバスが左折して入ってきた。
「ここから、青木の軽トラックに乗り込みました」
上田の横に並んだ長谷部が、ロータリーを見下ろす。
「確認はしましたね? あのバスには乗っていないと」
「はい。確かに青木の車に乗っており、バスの車内カメラも一応調べましたが映ってはいませんでした」
停車したバスからは数人の乗客が降りた後、運転士が降りてきて軽く両手を広げ身体を伸ばした。
「……ここから折り返して、また砂本駅まで走りますからね。ごくろうさまです」
長谷部が静かに言った。
この菜原駅バス停を発着するバスは、砂本駅バスターミナルを出て大回りしながら、1時間近くもかけてここまで走ってくる。そして同じ経路を逆にたどって砂本駅に戻るのだ。
「一応砂本駅からここまで、バスでも来れるんですね。電車なら10分ですから、だいぶ非効率ではあるんですけど」
「非効率……そうですね、この区間を乗り通すのは私のような物好きくらいでしょう」
上田は長谷部の妙な答えに少し戸惑い、やや遅れてから聞いた。
「物好き、ですか?」
「ええ。昔は電車なんかであちこち行ったものですがね、さすがに体力の衰えを自覚しまして」
そう言って長谷部は、あまり力の入っていない顔のまま笑ってみせた。
「趣味なんですよ。今は市内のバス路線を適当に巡っています。面白いですよ、いろいろ景色は見られるし、それと――乗り継ぎも」
「乗り継ぎ――?」
聞き返す上田を見て、また長谷部は笑ってみせる。
「ぱっと見ただけでは分からない経路でも、少し歩けば乗り継ぎができるんですね。……小林が使ったトリックは、それでしょう。まあトリックというには小さいもので、軽い裏技程度と言ったほうがいいですね」
そう言ってふらりと歩き出した長谷部を、上田は追う。
向かう先は、北口。
「それでは、その裏技を使った経路を追ってみましょうか」
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北口のロータリーに、二人は並んで立った。
「では、上田さん。ここから小林はどうやって『南口』へ行ったでしょうか」
「南口ですか?」
それは不可能なはずである。
駅の前後、徒歩で無理なく行ける範囲に踏切はない。歩行者は駅の南北自由通路を通るしかない。
そして南北自由通路には複数の防犯カメラがあり、通ればそれに映ることになる。しかし当日の映像に映った小林は改札を出て真っ直ぐ北口へ向かい、その後戻って来くことはなかった。
「少し先まで歩いてみましょう、防犯カメラの配置を考えながら」
長谷部はそう言い歩き出す。
駅を出た先に防犯カメラがある建物は――
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「どうでしょう」
「……ありませんね」
小規模な住宅街と、その先は遠くまで広がる畑。
最後の防犯カメラである駅北口のカメラは、青木の軽トラックがこの方向へ向かい、闇の中に走り去ったのを記録していた。
「ですがカメラがなくても、線路を渡る方法がありませんよ」
そう言った上田の前を、1台の自転車が走り抜けた。
細い路地へ、スピードを出したまま消えていく。
「あの自転車がそうですね、線路をくぐるんでしょう」
長谷部はそう言って、自転車が入っていった路地へ歩みを進める。
「私も以前通ったことがあるんですよ――あの地下道」
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――住宅地に、急に現れた地中への道。
古い地下道が、昼間にも関わらず薄暗い入口を見せている。
階段の中央には、細いスロープがついていた。
「あれ――」
「ここは把握していませんでしたかね」
上田の知らない地下道だった。
近付いてみると、中は蛍光灯がまばらに点いているだけの、正直気持ちいいとはいえない空気が漂っている。
見たところ、防犯カメラはない。
「この位置はどうでしょう? 一番近いカメラは駅の北口にあるものですが……」
上田はそこから駅の方向を見てみるたが――間に住宅が複数あり、視線は通らない。
駅の防犯カメラでは捉えられない位置だ。
「映りませんね。……ですが長谷部さん、小林がここを通る理由はありませんよ。青木の車を……降りたかどうかは分かりませんが――」
小林がこの地下道を通るのであれば、青木はこの近くで車を止めて降ろさなければならない。
防犯カメラに映らなさそうな道が縦横に走っているその場所では、青木が秘かに車を止めて小林を降ろしたとしてもそれを確かめられないのは分かる。
しかしそもそも、ここで降りて南口側へと地下道を抜ける理由が分からない。
「そうですね、降りたかどうかは分かりません。青木の車にはドライブレコーダーがない。だから降ろした証拠も、降ろさなかった証拠もありません。ですが――」
そう言って長谷部は地下道へ向け歩き出した。
「今回は、小林が犯人であると仮定してアリバイ崩しを試みているわけです。ひとまず、私の想像通り車を降りたと仮定して進んでみましょう」
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地下道を抜けた先は、駅の南側――
上田は駅の方向を見て、南口からの視線が通らないことを確かめた。
北側以上に狭く、建物の密集した住宅地である。古い蔵のような建物も見え、相当昔からの町らしい。
「今の時刻を確認してください。いいですか?」
長谷部に促され、上田は腕時計を確かめた。
「ここから所要時間を測ります」
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一方通行の道が入り組む古い住宅地を、二人は進んだ。
長谷場はなにか確証があるような足取りで飄々と歩いていく。
すぐ、古い街道に行き当たった。
「ここまで。時間はどうです?」
上田は時計をもう一度確かめる。
「3分です」
「そう……乗り継ぎとしては、十分短い時間ですね」
そう言って長谷部が指差した先には――上田も見慣れた砂鉄バスの小さなバス停が立っていた。
「バス停……ここに?」
「ええ。地下道の南側出口から3分。北側からの時間を加えても、まあ5分あれば来れるでしょう」
バス停に近寄って見てみると、その名は『馬留』と分かった。
時刻表を見れば、バスの発車時刻が意外に多く並んでいる。
運行頻度は1時間あたり2本。
次の便は、10分後に来る。
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4分遅れで到着したバスに、二人は乗り込んだ。行き先表示は「10 馬留 砂本駅」だった。
乗客は、長谷部と上田を除くと4名。がらんとしている。
「さて、もう一度所要時間を測りましょう。いいですね?」
そう言われて上田は腕時計を確かめる。バスは馬留バス停を出て、古く狭い街道を走り出した。
「……これも、菜原から砂本駅へ行くんですね」
「そうです。バス停の名前が駅名と違っているのと道が分かりにくいのとで、電車からこのバスへ乗り継ぐ人はまずないでしょうけど、ね」
広い道と交差したが、バスはそちらには曲がらず街道を走り続ける。
「どこへ行くんですか、これ」
「すぐ分かりますよ」
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やがて街道は広い国道と合流した。
バスは速度を上げ、砂本駅を目指して走っていく。
いまどの辺りだろうか――上田にとっては、土地勘のない場所だ。
またひとつ、バス停を通過した。
案内放送が流れる。
『次は――築丘、築丘です』




