4人の真実
朝の陽射しが、宿屋の窓から差し込んでいた。
昨夜の血の泉での出来事が、まだ頭から離れない。
悠斗の血と同じ性質を持つ不思議な泉。
あれは一体何を意味しているのか。
「ユート様」
ルナリアが朝食の準備をしながら声をかけてきた。
「昨夜の泉のこと、まだ考えてるんですか?」
「ああ、どうしても気になってな」
悠斗は頷いた。
「私も気になるわ」
カーミラが小瓶を取り出す。
中には昨夜採取した泉の水が入っていた。
「成分を詳しく調べてみたけど、やっぱりユートの血と共通する要素があるの」
「どんな要素だ?」
「説明するのは難しいけど……」
カーミラは考え込む。
「生命力? いえ、もっと根源的な何か」
「魔力の質も独特でした」
セレナが加わる。
「普通の治癒の泉とは明らかに違います」
「古い文献で似たような記述を見たことがある」
ブリュンヒルデが口を開いた。
「確か、『英雄の血が流れた地には、不思議な力が宿る』と」
「英雄の血……」
悠斗は眉をひそめた。
前世で読んだ伝説を思い出す。
その時、ルナリアがぽつりと呟いた。
「なんだか、懐かしい感じがしました」
「懐かしい?」
「はい。あの泉に入った時、不思議な感覚があって」
ルナリアは首を傾げる。
「みんなで話してるのが、昔からそうしていたような……」
「あ、私も」
セレナが驚いたように言う。
「みんなで話してる感じに既視感があったんです」
「奇遇ね。私もよ」
カーミラも同意する。
「初めて会ったはずなのに、前にも一緒にいたような」
「同感だ」
ブリュンヒルデも頷いた。
「何か、語り合った記憶があるような気がした」
四人が同じ感覚を持っていたという事実に、悠斗は違和感を覚えた。
「全員が?」
「そうみたいですね」
ルナリアが不思議そうに言う。
「でも、私たちが同じ場所にいたことなんて……」
言いかけて、ルナリアは黙り込んだ。
他の三人も、何かに気づいたような表情をしている。
「まさか」
カーミラが呟く。
「でも、それなら説明がつくかも」
セレナも考え込んでいる。
「私たちが出会った時の、あの感覚」
「運命的な出会いだと思っていたが」
ブリュンヒルデも真剣な表情だ。
「もしかして、初めてではなかった?」
悠斗は四人を見回した。
みんな、同じことを考えているようだった。
「なあ、お前ら」
悠斗は慎重に切り出した。
「前世の記憶って、あるか?」
質問に、四人は顔を見合わせた。
「私は……死神だから、前世という概念が」
ルナリアが困ったように言う。
「でも、人間だった頃の記憶は、ほとんどない」
「真祖の吸血鬼として生まれたから」
カーミラも首を振る。
「でも、生まれる前の記憶なんて、あるわけ……」
言葉が途切れた。
「私、魔女の家系で」
セレナも戸惑っている。
「普通の人間のはずなのに、時々見る夢が」
「天界でも魔界でも居場所がなかった」
ブリュンヒルデが呟く。
「だが、どこか別の場所にいたような感覚はある」
沈黙が流れた。
誰もが、言葉にできない何かを感じている。
「俺は覚えてる」
悠斗が口を開いた。
「前世で、ブラック企業で働いてた」
四人が悠斗を見つめる。
「毎日プログラムを書いて、上司に怒鳴られて」
悠斗は続けた。
「でも、一つだけ救いがあった」
「救い?」
ルナリアが聞き返す。
「ネットで知り合った仲間たち」
悠斗は遠い目をした。
「チャットで話すだけの関係だったけど、本当に大切な友達だった」
その言葉に、四人の表情が変わった。
「チャット……」
カーミラが呟く。
「なんだか、聞き覚えが」
「私も」
セレナが頷く。
「画面に向かって、文字を打っていたような」
「キーボード?」
ルナリアが不確かな様子で言う。
「そんな名前の道具があったような」
「任務報告を打ち込んでいた記憶が」
ブリュンヒルデも眉をひそめる。
「いや、違う。もっとカジュアルな」
悠斗の心臓が早鐘を打った。
「お前ら、まさか」
「あの時の……」
四人がほぼ同時に呟いた。
記憶の断片が、少しずつ繋がっていく。
深夜のチャット。
愚痴を言い合った日々。
励まし合った時間。
そして、あの約束——。
「『もし生まれ変わったら』」
ルナリアが呟く。
「『今度こそ幸せになろう』」
カーミラが続ける。
「『みんなで会えたらいいね』」
セレナの声が震える。
「『次は、独りじゃない世界で』」
ブリュンヒルデが締めくくった。
悠斗は驚愕に目を見開いた。
「お前ら、あの時の仲間だったのか?」
四人は顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
「『夜猫』です」
ルナリアが恥ずかしそうに言う。
「いつも夜更かししてた私のハンドルネーム」
「『紅月』よ」
カーミラが懐かしそうに微笑む。
「血のように赤い月って意味で」
「『薬草師』でした」
セレナが照れくさそうに言う。
「ゲームでいつも回復役だったから」
「『盾役騎士』」
ブリュンヒルデが咳払いをする。
「タンク職が好きだったので」
悠斗は言葉を失った。
あの時の仲間たち。
画面越しにしか会えなかった友人たち。
まさか、こんな形で再会するなんて。
「じゃあ、お前らも過労死したのか?」
悠斗の問いに、四人は複雑な表情を見せた。
「詳しくは覚えてないけど」
ルナリアが言う。
「最後の記憶は、すごく疲れてたこと」
「私も」
カーミラが頷く。
「もう限界だって思いながら、チャットに逃げてた」
「薬に頼ってでも働いてました」
セレナの表情が暗い。
「最後は、もうダメだって」
「任務に失敗して、自分を責めていた」
ブリュンヒルデが俯く。
「逃げ出したいと思いながら」
全員が、同じような最期を迎えていた。
過労、ストレス、孤独。
そして——。
「だから、こんな姿に転生したのか」
悠斗が呟く。
「死神は、死に憧れていた夜猫」
ルナリアが苦笑する。
「吸血鬼は、エナドリ中毒だった紅月」
カーミラも自嘲気味に笑う。
「魔女は、薬漬けだった薬草師」
セレナが悲しそうに微笑む。
「戦乙女は、戦い続けた盾役騎士」
ブリュンヒルデが複雑な表情を見せる。
「そして不死身の俺は」
悠斗が息をつく。
「死にたくても死ねなかった、ブラック」
沈黙が流れた。
前世の因果が、今の姿を作り出したとでも言うのか。
「でも、よかった」
ルナリアが突然言った。
「また会えて」
「そうね」
カーミラも微笑む。
「今度は画面越しじゃない」
「本当に一緒にいられます」
セレナが嬉しそうに言う。
「約束が、叶った」
ブリュンヒルデも頷く。
悠斗は四人を見回した。
前世では救いだった仲間たち。
今世でも、また巡り会えた。
「なあ」
悠斗が口を開く。
「俺たち、もしかして」
「運命?」
ルナリアが微笑む。
「必然よ」
カーミラが断言する。
「奇跡です」
セレナが輝く瞳で言う。
「定められた再会だ」
ブリュンヒルデが締めくくる。
悠斗は苦笑した。
死に場所を探していたはずなのに。
気がつけば、大切な仲間に囲まれている。
前世で果たせなかった約束が、今、現実になっている。
「じゃあ、血の泉は」
悠斗が思い出したように言う。
「もしかして、俺たちの前世と関係が?」
「ありえるわ」
カーミラが考え込む。
「私たちの魂が引き寄せられた場所」
「前世の記憶が眠る泉」
ルナリアが付け加える。
「だから懐かしく感じたのかも」
セレナが納得したように頷く。
「調査の価値はありそうだ」
ブリュンヒルデが提案する。
しかし、今はそれよりも大切なことがあった。
「なあ、みんな」
悠斗が照れくさそうに言う。
「改めて、よろしくな」
四人の顔が、同時にほころんだ。
「こちらこそ」
「今度は最後まで一緒よ」
「ずっと仲間です」
「主君、いえ、ブラック」
前世の絆が、今世でより強く結ばれた瞬間だった。
死を求めていた悠斗は、この時初めて思った。
——もう少し、生きてみてもいいかもしれない。
仲間と共に。
今度こそ、幸せを見つけるために。