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魔女の決意

薬草採集から戻った翌日。

 一行は再び死に場所を求めて旅を続けていた。


「今日は、薬草採集に行きたいんですけど」


 朝食を終えた後、セレナが提案した。


「この辺りの森は、珍しい薬草が生えてるって聞いたことがあって」


「薬草?」


 悠斗が興味を示した。


「まさか、毒草とか?」


「ち、違います!」


 セレナは慌てて否定した。


「治療や回復に使う薬草です。みんなの役に立ちたくて……」


「そう……」


 悠斗は少しがっかりした様子だったが、すぐに気を取り直した。


「まあ、付き合うよ」


「本当ですか!?」


 セレナの翠緑の瞳が輝いた。


「わ、私と二人で……?」


「私も行くわ」


 カーミラが即座に手を挙げた。


「ユートを独り占めなんて許さない」


「当然、私も」


 ルナリアも続く。


「では、私が最前列で護衛を」


 ブリュンヒルデが聖魔剣に手をかけた。


 その剣は美しくも禍々しく、聖なる光と魔の闇が混在している。


「いやいや、護衛なら私も」


 ルナリアが対抗するように大鎌を構える。


「私たちだって戦えるわよ」


 カーミラも負けじと牙を見せた。


「あの、みんな仲良く……」


 セレナが困ったように言った。


「はいはい、全員一緒に行くから」


 悠斗が呆れたように仲裁に入る。



   * * *



 森の奥へと進んでいくと、セレナの表情がどんどん生き生きとしてきた。


「あ、あれはエルフの涙! 貴重な解毒薬の材料です」


 セレナは嬉しそうに薬草を摘み取る。


「こっちには月光草が……夜にしか咲かない花なのに、どうして昼間に」


「詳しいのね」


 カーミラが感心したように言った。


「魔女の知識ってすごいわ」


「そ、そんな……」


 セレナは照れて俯いた。


「私なんて、まだ見習いですから」


「見習い?」


 ルナリアが首を傾げた。


「でも、回復魔法も使えるし、薬草の知識も豊富だし」


「それは……独学で勉強したんです」


 セレナの表情が少し曇った。


「実は私、正式な魔女の資格を持ってないんです」


「え?」


 みんなが驚いた。


「どういうこと?」


「その……」


 セレナは薬草を摘む手を止めた。


「私の故郷には、魔女になるための学院があったんです。でも、私は入学試験に落ちてしまって」


「試験?」


「魔力の量を測る試験です」


 セレナは寂しそうに微笑んだ。


「私の魔力は、平均値を大きく下回っていました。『才能がない』って言われて」


 風が吹き、セレナの紫の髪が揺れた。


「でも、諦めきれなくて。独学で魔法を勉強して、薬草の知識を身につけて」


「それで一人旅を?」


「はい。どこかで誰かの役に立てれば、魔女として認めてもらえるかもって」


 セレナは俯いた。


「でも、やっぱり私には才能がない。簡単な回復魔法と浄化くらいしか使えなくて」


「それでも十分すごいじゃない」


 カーミラが優しく言った。


「独学でそこまでできるなんて」


「本当ですよ」


 ルナリアも同意する。


「努力の賜物です」


「みんな……」


 セレナの目に涙が浮かんだ。


 すると、悠斗が薬草を一つ摘み上げた。


「これ、何ていう草?」


「あ、それは……」


 セレナは慌てて駆け寄った。


「それは毒草です! 触っちゃダメ!」


「毒草!?」


 悠斗の目が輝いた。


「どんな毒? 即死系?」


「ち、違います! 麻痺毒です」


 セレナは悠斗の手から毒草を取り上げた。


「これは薄めれば麻酔薬になるんです。でも、そのまま摂取したら……」


「したら?」


「全身が痺れて動けなくなります」


「ほう」


 悠斗は興味深そうに毒草を見つめた。


「で、どのくらいで効果が?」


 セレナが叱るような声を出した。


「ダメです! 毒なんて摂取しちゃ」


「でも俺、不死身だし」


 悠斗はそう言いながら、毒草を口に放り込んだ。


「ユート様!」


 セレナの悲鳴が響く。

 と同時に、彼女の翠緑の瞳からハイライトが消えた。


 悠斗の体に一瞬、麻痺が走った。

 しかし、すぐに不死身の肉体が毒を中和していく。


「ほら、大丈夫だろ」


 悠斗が平然と言うと、セレナは無表情のまま近づいてきた。

 その瞳には光がない。


「ユート様」


 声も平坦だ。まるで感情が抜け落ちたように。


「お、おい、セレナ?」


「どうして……」


 セレナは震える手で、悠斗の頬に触れた。


「どうして、私の言うことを聞いてくれないんですか」


 そのまま、ゆっくりと毒草を取り上げる。

 そして——


「もう二度と、こんなことしないでください」


 セレナは毒草を握り潰した。

 その手から、紫色の液体が垂れる。


「約束してください」


「あ、ああ……」


 悠斗が頷くと、セレナの瞳に徐々に光が戻ってきた。


「本当ですか?」


「約束する」


「良かった……」


 セレナはほっとしたように微笑んだ。

 まるで、今の出来事がなかったかのように。


 その時、森の奥から物音がした。


「誰かいるのか?」


 ブリュンヒルデが警戒態勢を取る。


 茂みから現れたのは、一人の老婆だった。

 杖をついて、よろよろと歩いている。


「あら、珍しい。こんな森の奥に若い人たちが」


 老婆は人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「薬草採りかい?」


「はい」


 セレナが答えた。


「私、魔女の見習いで」


「魔女?」


 老婆の目が光った。


「それなら、ちょうど良かった。実は頼みがあってね」


「頼み?」


「孫が病気でね。どんな薬も効かないんだ」


 老婆は涙ぐんだ。


「魔女なら、何か方法を知ってるんじゃないかと」


「私に、できることなら」


 セレナは迷わずに頷いた。


「案内してください」


「セレナ」


 悠斗が心配そうに声をかけた。


「大丈夫か?」


「はい。困っている人を見過ごせません」


 セレナの瞳には、強い決意が宿っていた。


「これが、私の魔女としての道ですから」


 老婆に案内されて、一行は小さな小屋に着いた。

 中では、幼い少女が苦しそうに寝込んでいた。


「この子が……」


 セレナは少女の額に手を当てた。


「熱が高い……それに、この症状は」


 セレナの表情が険しくなった。


「魔毒です」


「魔毒?」


「普通の病気じゃありません。呪いの一種です」


 セレナは振り返った。


「これを治すには、浄化の魔法と特別な薬草が必要です」


「できるのか?」


 悠斗が尋ねると、セレナは少し躊躇した。


「正直、私の魔力では……」


 しかし、すぐに顔を上げた。


「でも、やってみます!」


 セレナは薬草を調合し始めた。

 その手つきは真剣そのものだ。


「月光草、エルフの涙、そして……」


 セレナは自分の髪を一房切り取った。


「魔女の髪?」


「触媒です。魔力を増幅させるための」


 カーミラが驚いた。


「でも、それって魔女にとって大切なものでしょ?」


「構いません」


 セレナは微笑んだ。


「人を救うためなら」


 調合が終わり、セレナは少女に薬を飲ませた。

 そして、両手を少女の上にかざした。


「清らかなる光よ、この子を救いたまえ」


 セレナの手から、淡い光が溢れ出した。

 しかし、すぐに光は弱まっていく。


「魔力が……足りない」


 セレナの額に汗が浮かんだ。


「でも、諦めない!」


 セレナは必死に魔力を込めた。

 その時、不思議なことが起こった。


 悠斗の体から、ほんのりと光が放たれた。


「これは……」


「俺の力を使え」


 悠斗がセレナの肩に手を置いた。


「どうやるかは分からないけど」


「ユート様……」


 セレナは涙ぐんだ。


「ありがとうございます」


 悠斗の力が、セレナの魔法に加わった。

 淡い光は強い輝きへと変わり、少女を包み込んだ。


「すごい……」


 ルナリアが呟いた。


「二人の力が共鳴してる」


 光が収まると、少女の顔色が見る見る良くなっていった。


「おばあちゃん……」


 少女が目を開けた。


「良かった……良かった」


 老婆は泣きながら孫を抱きしめた。


「ありがとう、ありがとう」


 セレナは安堵の溜息をついた。

 そして、力尽きたようにその場に座り込んだ。


「セレナ!」


 悠斗が慌てて支える。


「大丈夫です」


 セレナは疲れた顔で微笑んだ。


「ただ、魔力を使い果たしただけ」


「無理するなよ」


「でも、救えました」


 セレナの瞳には、達成感が輝いていた。


「これが、私の魔女としての道」


 老婆が深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「いえ」


 セレナは首を振った。


「当然のことをしただけです」


 小屋を出ると、夕日が地平線に沈もうとしていた。


「疲れたでしょう」


 カーミラが心配そうに言った。


「今日は早めに休みましょう」


「そうですね」


 ルナリアも同意する。


 しかし、セレナは晴れやかな表情をしていた。


「みんな、ありがとう」


「急にどうしたの?」


「今日、分かったんです」


 セレナは微笑んだ。


「魔力の量じゃない。大切なのは、誰かを助けたいという気持ち」


 彼女は悠斗を見つめた。


「それに、一人じゃない。みんながいれば、どんなことでもできる」


 悠斗は照れくさそうに視線を逸らした。


「たまたまだ」


「ううん」


 セレナは首を振った。


「ユート様の優しさが、私に力をくれました」


 そして、彼女は決意を込めて言った。


「私、まだ正式な魔女じゃないけど。でも、これからも勉強を続けます」


「当然よ」


 カーミラが励ました。


「あなたはもう立派な魔女よ」


「そうですよ」


 ルナリアも頷いた。


「資格なんて関係ありません」


「実力は十分だ」


 ブリュンヒルデも認めた。


 四人の温かい言葉に、セレナの目に涙が浮かんだ。


「みんな……」


「泣くなよ」


 悠斗が困ったように言った。


「せっかく人助けしたんだから、もっと堂々としてろ」


「はい!」


 セレナは涙を拭いて、明るく笑った。


 夕日に照らされた五人の影が、仲良く並んで歩いていく。

 一人では無理でも、みんなと一緒なら何でもできる。

 

 セレナはそう確信しながら、仲間たちと共に歩いていった。

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