魂の交差点
俺が世界の運命を握る『記憶の器』だって?
冗談じゃない。
死に場所を探してるだけの男が、なんでそんな大それた役目を——
「ユート様、調子はいかがですか?」
ルナリアが心配そうに声をかけてきた。
古の図書館から脱出してから、すでに数時間が経過している。
「ああ、大丈夫だ」
悠斗は窓の外を眺めながら答える。
「五人の魂が交わる予言……か」
古の図書館で知った真実が、まだ頭の中でぐるぐると回っている。
「考えすぎよ、ユート」
カーミラが隣に座りながら言った。
金色の瞳には、いつもの余裕が戻っている。
「そんな大それた運命があるなんて、実感湧かないわ」
「でも、事実ですから〜」
セレナが振り返る。
「不死身の力が『記憶の器』だなんて、普通じゃありえません〜」
「そうだな」
ブリュンヒルデも頷いた。
彼女は剣の手入れをしながら話している。
「我々一人一人が特別な役割を持っているのも、偶然とは思えない」
悠斗は改めて四人を見回した。
死神、吸血鬼、魔女、戦乙女。
そして自分自身——死を求める不死者。
「まさか、俺が世界の命運を握ることになるとはな」
悠斗は苦笑した。
前世では毎日死にたいと思っていた男が、今度は世界を救う選択をしなければならない。
運命の皮肉というものだろうか。
「でも、一人じゃありませんから」
ルナリアが微笑む。
その紅い瞳には、変わらぬ信頼の光が宿っていた。
「私たちがいます」
「そうよ」
カーミラも同意する。
彼女はいつもは高飛車だが、仲間のことになると真剣になる。
「一人で背負い込む必要なんてないわ」
「はい〜」
セレナも手を上げる。
いつもの天然っぽい調子だが、その言葉には重みがあった。
「みんなで一緒に選択すればいいんです」
「我々は一心同体だ」
ブリュンヒルデが力強く言う。
騎士らしい頼もしさがあった。
「主君の選択は、我々の選択でもある」
悠斗は胸が熱くなるのを感じた。
前世では、こんなに信頼できる仲間なんていなかった。
いつも一人で、すべてを抱え込んでいた。
でも今は違う。
「ありがとう、みんな」
悠斗は心から言った。
四人のヒロインたちが、温かい笑顔を向けてくれる。
「おい、見えてきたぞ」
運転席から月影の声が聞こえた。
全員が窓の外を見る。
雲海の向こうに、奇妙な建造物が姿を現していた。
四方から伸びる道が、中央の巨大な塔に向かって集まっている。
道は宙に浮いているようで、その下には深い霧が渦巻いていた。
「あれが魂の交差点か」
悠斗が呟く。
想像していたよりもはるかに巨大で、神秘的な建造物だった。
「美しいですね」
ルナリアが感嘆の声を上げる。
確かに、その光景は幻想的で美しかった。
「でも、何だか不気味でもあります」
セレナが首を傾げる。
彼女の直感は、いつも当たることが多い。
「警戒を怠るな」
ブリュンヒルデが剣の柄に手を置いた。
護衛としての本能が働いているのだろう。
「ああ。あそこに答えがあるはずだが……」
月影の声に緊張が混じった。
竜車は徐々に塔に近づいていく。
その時だった。
「!」
突然、竜車が大きく揺れた。
窓の外に、黒いローブの集団が現れる。
「記憶の番人!」
月影が叫んだ。
黒いローブの者たちは、竜車を取り囲むように飛んでいる。
「ここまで追ってきたのか」
悠斗が舌打ちする。
しつこい連中だ。
「グルルル……」
飛竜が苦しげに鳴いた。
記憶の番人たちが放つ黒い靄に包まれて、動きが鈍くなっている。
「このままじゃ墜落するわ!」
カーミラが警告する。
竜車は徐々に高度を失い始めていた。
「私が何とかします〜!」
セレナが青い薬瓶を取り出した。
「飛竜用の活力薬です〜」
窓を開けて、飛竜の口元に薬を垂らす。
すると、飛竜の動きが少し活発になった。
「よし!」
ブリュンヒルデが窓から身を乗り出し、聖魔剣を抜いた。
光と闇が混在する刃が、神々しく輝く。
「我が剣の前に散れ!」
聖魔剣を振るうと、光の軌跡が空中に描かれる。
記憶の番人の一人が、光に包まれて消滅した。
「私も!」
ルナリアが大鎌を構える。
しかし、いつもより力が弱い。
「ユート様」
ルナリアが振り返る。
その紅い瞳には、決意が宿っていた。
「あなたの血を、私の武器に」
悠斗は迷わず自分の手首を切った。
赤い血が流れ出す。
ルナリアの大鎌に血を垂らすと、刃が真紅に輝き始めた。
「これが……龍の力……!」
ルナリアの瞳が見開かれる。
そして——紅い瞳からハイライトが消えた。
瞬間、ルナリアの全身から死の気配が溢れ出した。
記憶の番人たちが本能的に後退する。
「行きます」
感情のない声で、ルナリアが大鎌を振り上げた。
空間が裂け、巨大な死の波動が記憶の番人たちを飲み込む。
数人の番人が一瞬で消滅した。
直後、ルナリアがぱちぱちと瞬きをする。
紅い瞳にハイライトが戻り、いつもの表情に戻った。
「あれ? 私、何を……」
「気にするな」
悠斗が苦笑する。
慣れたものだった。
「すごい威力……」
カーミラが驚嘆する。
悠斗の血の力は、想像以上だった。
しかし、記憶の番人たちの数は多い。
すぐに新たな集団が現れ、竜車を攻撃し始めた。
「くそっ、キリがない!」
月影が操縦桿を握りしめる。
飛竜はもう限界だった。
「みんな、掴まって!」
竜車は制御を失い、魂の交差点の塔に向かって落下していく。
「衝突するぞ!」
悠斗は咄嗟にルナリアを抱き寄せ、座席の取っ手にしがみついた。
カーミラとセレナも互いに身を寄せ合う。
ブリュンヒルデは剣を床に突き立てて、体を固定した。
ドガァァァン!
激しい衝撃と共に、竜車が塔の壁に激突した。
石の壁が砕け、車体が建物の中に滑り込んでいく。
悠斗の視界が真っ白になった。
そして、すべてが暗闇に沈んだ。
* * *
「……ユート様?」
どれくらい時間が経ったのだろう。
悠斗は誰かが自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。
「無事ですか?」
ルナリアが心配そうな顔で覗き込んでいる。
彼女の頬には小さな擦り傷があった。
「ああ、大丈夫だ」
悠斗は起き上がり、周囲を見回した。
竜車は大破し、塔の内部に半分埋まっていた。
「みんなは?」
「無事よ」
カーミラが答える。
ドレスは汚れているが、怪我はなさそうだ。
「多少の傷はあるけど、命に別状はないわ」
セレナは手首を押さえていたが、笑顔を向けてきた。
ブリュンヒルデは既に周囲を警戒しながら立っていた。
「月影は?」
「ここだ」
月影の声が聞こえ、悠斗は振り返った。
彼は破壊された壁の向こう側を調べていた。
「怪我はないか?」
「ああ、不死身の恩恵だな」
月影は苦笑する。
額に血が滲んでいるが、大したことはなさそうだ。
悠斗は周囲を見渡した。
塔の内部は広く、壁には不思議な模様が刻まれている。
床は透明な水晶のようで、その下には光る粒子が舞っていた。
天井は高く、星空のような光の点が浮かんでいる。
「ここが本当に魂の交差点なのか?」
「間違いない」
月影は頷いた。
彼は壁の模様を指でなぞっている。
「この文字……古代の転生文字だ」
「何が書いてあるの?」
セレナが興味深そうに近づく。
「『五つの魂、ここに集いて……』」
月影が読み上げる。
「『運命の歯車、新たに回らん』」
その言葉に、一同は息を呑んだ。
図書館で知った予言と、まったく同じ内容だった。
「やっぱり、私たちのことなのね」
カーミラが呟く。
金色の瞳には、複雑な感情が宿っていた。
「でも、まだ信じられません」
セレナが首を振る。
天然な彼女でも、この状況は理解しがたいのだろう。
「信じるしかないだろう」
ブリュンヒルデが静かに言った。
騎士としての現実主義が働いている。
「現に我々は、ここにいる」
悠斗は奥へと続く通路を見つめた。
そこには、さらに深い謎が待ち受けているような気がした。
「行こう」
悠斗は歩き出した。
四人のヒロインたちと月影が、後に続く。
かつて死を求めていた男が、今は真実を求めて歩いている。
その皮肉な運命を、もはや悠斗は受け入れていた。
五人の足音が、魂の交差点に響き渡る。
そして——通路の奥から、誰かの声が聞こえてきた。
「ようやく来たか、記憶の器よ」
彼らの前には、想像を絶する真実が待ち受けていた。