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「介錯人が命乞いなんて、見苦しい真似できねえよ」

 白昼堂々と斬りかかってきた嶋田にはかなりの度胸と覚悟があるのだろう。実力ゆえの強者の矜持を持っている。その証に目を暗く輝かせて――人斬りの目だ――俺を見据えている。油断ならないなと刀を握り直す。


「しゃあ!」


 短い気合を発して一直線に斬りかかる嶋田に対して、俺は斜めに踏み込んだ。下がってしまえば相手の気迫に押されてしまう。攻め気で戦わなければ勝てる勝負も負ける――師匠の教えでもあった。


 ぎぃんという金属音が辺りに響き渡る。

 俺と嶋田の刀がせめぎ合っている状態だった。鍔迫り合いとなり互いの膂力で有利不利が分かる――不利なのは俺だ!


「うおおおおおおお!」


 声を上げて抗うが――体格差で押し負けてしまう!

 咄嗟に膝蹴りを放つと嶋田の顔が苦痛に歪む。

 その隙に退くことで窮地を脱した。危うく力のままに押し斬られるところだった……


「源八郎っ!」


 今の攻防を見ていた亀若丸が悲痛の声を上げた。

 おいおい、そんな心配するなよ……と強がりたいところだが、余裕がないのは事実だ。

 嶋田はとても強い。少なくとも俺以上だ。


「悪かったな、嶋田」

「……なんだよ? 急にどうした?」

「お前の刀は軽いもんじゃねえ。相当な鍛錬を積んでいるとお見受けする」


 時間稼ぎは味方がやってくる向こうの思うツボだが……それでも言わなければならない。


「賞賛に値する。よくぞそこまでの技量を身に着けたものだ」

「お褒めに預かり光栄……そう言えば満足か? それとも小馬鹿にしてるのか?」

「どう受け取ろうがお前の勝手だが……その腕前に疑問がある。なぜ――己の欲のまま生きているんだ? その実力ならば他に生計も立てられるだろう」


 挑発ではない、素朴な疑問だった。

 道場の師範代、あるいは剣術指南役でも務められるだろう。

 嶋田は「好き好んで浪人やっているわけじゃねえよ」と野犬のような笑みを見せた。


「俺だって事情があんだ。分かってくれとは言わねえがな」

「事情? それが子供を拐かす理由になるのか?」

「ならねえな……問答はそれで終わりか? 生憎だがあんたの都合が悪い状況になってるぜ」


 そのとき、三左衛門が「源八郎さん!」と喚いた。

 振り返ると数人の武士たちが二人の後ろに回り込んでいた。

 相当不味い……


「余所見すんなよ……楽しい殺し合いの途中だぜ?」


 ねっとりとした悪意のある声――向き直って刀を構える。眼前まで迫ってきていた。

 またも斬り上げてくる――奴の得意技かもしれない――刀で防ぐが万全ではないので弾かれてしまう。よろよろと体勢を後ろに崩した――喉元に刀の切っ先。後ろに下がってもその瞬間突かれるだろう。


「勝負あり、だな」

「…………」

「どうした? 命乞いとかしないのか?」


 返答を誤れば躊躇なく貫かれるだろう。

 それでも俺は命乞いをする気がなかった。

 というよりできなかった。


「介錯人が命乞いなんて、見苦しい真似できねえよ」

「死ぬと分かっていてもか?」

「ああ……まだ死ぬとは限らねえけどな」


 捨て鉢になったつもりはない。

 けれどもこの状況で助かるとも思っていない。

 俺は命を捨てる覚悟をした――


「……ちっ。窮鼠猫を嚙む、か」


 俺の刀の構えを見て悟ったようだ――嶋田はゆっくりと刀を下ろした。

 武士の一人が「嶋田殿! なにゆえ殺さぬ!」と怒鳴った。


「臆したか!」

「臆したさ……この野郎、俺が突いた瞬間、両手を飛ばそうと考えていやがった」


 嶋田の真似とまでは言わないが、死んでも奴の手を奪ってやろうと思っていた。

 しかし飛ばす前に俺は喉を突かれて絶命してしまう。

 こちらは命を、あちらは両手首を対価にする――馬鹿げた等価交換だ。


「源八郎って呼ばれていたな。それがあんたの名前か?」

「三輪源八郎吉昌。これが俺の名だ」

「覚えておくぜ……」


 にやりと笑った後、嶋田は刀を仕舞ってその場から去ろうとする。


「ふざけるな! 何のために雇われたと思っているんだ!」

「金を返せ、この臆病者!」


 後ろの武士たちが口々に罵る。

 嶋田は後ろ手を振るだけだ。どうでもいいらしい。


「三左衛門、こっちに来い」

「は、はい!」


 亀若丸を連れて三左衛門が近くに寄る。

 たとえようもない疲労感を感じながら俺は武士たちに刀を向けた。


「どうする? やるか?」

「な、なにを申すか! 無論、貴様を――」


 そのとき、大人数がやってくる声と物音がした。

 こんだけの騒ぎを昼間に起こしたのだ。人が集まらないわけがない。


「退くぞ! これ以上は不味い!」


 武士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 三左衛門は「はあ……助かった……」とその場に座り込む。

 亀若丸も涙目になって「良かった……」と呟く。


「泣くな。男だろ、情けない」


 俺は亀若丸の頭を乱暴に撫でた。

 涙を流したまま「や、やめろ!」と手を振り払おうとする。


「な、泣いてなんかないやい!」

「じゃあ目から出てんのはなんだよ」

「あ、汗だよ! 今、夏だから!」

「ふん。下手な言い訳だな……そういや、腹が減ったな」


 昨夜は食べている途中で、今日は朝から何も食べていない。

 亀若丸を見ると「おいらも、腹減った」と俯いている。


「なんか飯食うか。三左衛門、お前奢れよ」

「な、なんで私が!?」

「銭がねえんだよ。ていうか羽振りがいいんだろ。ケチケチすんな」



◆◇◆◇



「それで、この後どうするんですか? のん気にご飯なんか食べて、安堵している場合じゃないんですけど」

「腹が減っては戦はできねえだろ……おーい、飯おかわり!」


 三左衛門の奢りで俺たちは飯屋で遅めの昼食をとっていた。

 タダ飯ほど美味いものはない。先ほどから麦飯をたらふく食べていた。

 隣に座る亀若丸もがつがつと焼き魚に食らいついている。いろんなことが起こっても空腹には勝てないらしい。


「私、予想外ですよ。嶋田四之助でしたっけ。あんなのが雇われているのは……嫌ですね」

「厄介だとはっきり言え。あの野郎、俺より強いぜ」

「源八郎さんのことは強いとは知っていましたけど、最強だとは思っていません。だからああいうのがいるのは分かっていました」

「なら動揺するなよ」

「しますよ。ご飯食べられているあなた方が異常です」


 命のやりとりをした後なのにご飯が食べられているのは、異常に慣れているわけではない。むしろ日常だった。介錯した後にご飯を食べられるよう訓練したのだ。

 人間、殺した後は物を食べられなくなる。しかし、それならば普段の食事はどうなんだろうか。生き物の命をそれこそ『いただいている』のは赤子だろうが老人だろうが変わりない。つまり人間が生きることは罪深いのだ。


「人を殺したら物を食うなと坊さんに説かれても、俺は明日になったら食うだろう。そういうことだ」

「どういうことか分かりませんけど、相変わらず達観していますね」

「師匠の門人になれば自然とそうなる」


 それから俺は亀若丸に「お前、どうして自分が狙われているか、知らないのか?」と先ほど聞けなかった問いをする。

 すると亀若丸は「ううん、知らない」と箸を置いて答えた。

 行儀がいいわけではなく、食べながらではできないのだろう。

 なにせ己の命が狙われている話なのだから。


「ほんの少しの心当たりもないのか?」

「ないよ……おいら、何も知らない」

「じゃあ銀次郎はどうしてお前を守ったんだ?」


 銀次郎の名を聞くと亀若丸は悲しげな表情になった。

 三左衛門が余計なことですよ、という顔をしたが今訊くべき必要なことだった。


「銀次郎は……近所に住んでた、おいらのお兄さんみたいな人だった」

「近所? お前百姓じゃないのか?」

「百姓だよ。銀次郎も普段畑仕事していた。だけど、銀次郎が武士だったとは思わなかった」

「よく分からん。詳しく話せ」


 促したがしばらく亀若丸は何も話さなかった。

 俺と三左衛門は黙って待った。

 子供の覚悟が決まるのを待つのは、大人の義務だ。

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