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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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「全部、上手くいくさ」

 俺と嶋田がほぼ同時に刀を抜いたとき、ぽつりぽつりと小雨が降ってきた。

 文字通り水を差されてしまう――嶋田は「あまりいい状況とは言えねえな」と呟く。


「雨もそうだけれどよ。こんな大勢の村人に見られちまったら、亀若丸を攫うのも面倒だ」

「ならば刀を納めて見逃してくれんのか?」

「刀は納めてもいい。あんたが約束してくれるんなら」


 嶋田は大きな身体を揺すりながら「近くに鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)ってのがある」と言う。


「関東で一番古いって触れ込みの神社だ。そこで勝負しねえか?」

「乗る理由がねえな。ここで俺がお前を斬ればいい」

「いいのか? 周りの人間巻き込むことになるぜ」


 思わず息を飲んだ。

 へらへら笑っているが、目が本気だった。

 嶋田は続けて「亀若丸を攫おうとすれば村人は邪魔するんだろうな」と述べた。


「そうなったら俺は容赦なく斬る。それは嫌じゃねえのか?」

「ふん。それは俺をあっさりと殺せると言っているようなもんだな」

「殺せるよ。今まで二度も刀を交わした間柄だろ。あんたも分かっているんじゃあねえか」


 自信どころか確信している口調だった。

 俺は否定できなかった。明らかに嶋田の腕前は数段上だからだ。


「それにだ。今日ぐらいゆっくりさせてやるよ」

「どういう意味だ?」

「別れの時間を作ってやるって言ってんだ。亀若丸って子供とのな」


 そこで嶋田は何故か、俺へ同情の目を向けた。

 奴が初めて人間らしい情けを見せている。

 意図が分からないが……ありがたい話だった。


「なんだ。お前にも人情があるんだな」

「まあな……そういうわけだ。あんたらもそれで納得してくれるな?」


 嶋田の後ろにいる武士の一人が「仕方あるまい」と頷いた。

 やけに痩せているなという印象だった。


「ご家老様には嶋田殿のやり方に従えと言われている」

「流石、できるお方は話が通じやすいぜ」

「お世辞はいい。我々は亀若丸を捕らえればそれで構わないのだから」


 嶋田は刀を納めた。

 俺も慎重に納める……鍔には指をかけていた。


「なあ。一つだけ訊いていいか?」


 帰り際に嶋田がなんでもないように問う。

 俺は目を細めつつ「なんだ? 今更何を訊ねる?」と返した。


「どうして、亀若丸を……いや、忘れてくれ」

「なんだそりゃ。最後まで言えよ」

「……それじゃ、鷲宮神社の裏手の森の拓けた場所で待っている。日時は明日の正午だ。分からなかったら地元の人間に訊くんだな」


 嶋田はそのまま村長の家から遠ざかっていく。

 他の武士たちも去っていった。

 いつの間にか雨はひどく強くなっている。


 周りの村人は一触即発だった空気から解放されてため息をついていた。

 その中で子供が一人、俺の近くにやってきた。


「お侍さん。亀若丸を知っているのか?」


 髪を短く刈っている、亀若丸とさほど変わらない年齢の男の子だった。

 百姓の子だなと思いつつ、俺は「ああ。知っている」と答えた。


「亀若丸、どこにいる?」

「その前に、お前は亀若丸の何だ?」

「友達だ」

「そうか……亀若丸なら村長の家にいる」


 それを聞いた子供は「会わせてくれ」と真剣な顔で言う。

 応じる前に数人の子供が「太助(たすけ)! 危ないよ!」と寄ってきた。


「危ない? 馬鹿、亀若丸はもっと危ないだろ。あんなに侍が寄ってたかって……」

「そうだ。亀若丸は今、危うい状況だ」


 正直に言うと子供――太助は目をまん丸にした。


「正直なんだな。てっきり誤魔化されると思った」

「お前は亀若丸の友達なんだろう。だったら偽りなど言えんよ」


 それに度胸が凄い。

 俺が太助と同じ歳だった頃は、こんなに分別は着いていなかった。


「亀若丸はすべてが終わった後、お前に会う。それまで待ってくれ」

「それは――あの侍との勝負が着いてからか?」

「いや。もっと厄介なことがある」


 太助は「その言い方だと、詳しく話してくれないんだな」と大人顔負けの推測をしてきた。

 周りの子供たちの反応を見る限り、村のガキ大将と言ったところか。


「ああ。詳しく話すことはできない。亀若丸も望まないからな」

「俺、太助って言う。お侍さんの名前は?」

「三輪源八郎吉昌。源八郎でいい」

「源八郎さん。俺はあんたを信用していない。だけど明日の勝負、絶対に勝ってくれ」


 大雨となった中、太助は村の奥へ走っていった。

 子供たちは喚きながら追っていく。

 亀若丸――いい友達いるじゃないか。



◆◇◆◇



「太助は昔から度胸があってさ。大人に対しても気後れしないんだ」


 雨が上がった夜。

 雲も立ち消えて、月光が軒先を照らしている。

 俺と亀若丸は村長の家の縁側で月を見ていた。

 村長は気を遣ってこの場にはいない。

 本当に二人っきりだった。


「あいつはお前のことを心から心配していたぞ」

「うん。そうだろうね。昔からの友達だもん」

「一生の友達になれそうだな」

「あははは。そうだね」


 雨が止んだおかげで、ひんやりとした風が心地よく感じる。

 こんなに穏やかに時を過ごせるのは久方ぶりだった。

 いや、山田朝右衛門を継ぐと分かってからは初めてかもしれない。


「嶋田に感謝だな。お前とゆっくり過ごせる時をくれたんだから」

「その相手と殺し合いするんでしょ。おいらにはよく分からないよ」

「情けとは違うからな。あいつにも都合があったんだ」


 そうは言うものの、嶋田は案外、こうした時間を与えてくれたのだろう。

 穿った見方をすれば、弛緩するのを狙った……そんなわけはないな。

 野暮なことを考えるのはやめよう。


「ねえ源八郎。おいらもう、弱音を吐くのやめるよ」

「どうしたんだ、いきなりそんなことを言うなんて――」

「源八郎がおいらを守るために人を斬るのは嫌だった」


 千住のときを思い出す。

 俺は黙って亀若丸の言葉を待った。


「だけど、源八郎が苦しんでいることに、おいらが勝手に苦しむのは駄目だって思うんだ」

「苦しんでいる、か……お前には俺がそう見えるのか?」

「何も感じないように思えて、実はいろいろ考えている……そんぐらい、おいら分かるようになった。でもさ、おいらが源八郎に同情するのはおかしいと思うんだ」


 亀若丸は俺の目を見て話した。

 その瞳にはしっかりとした信念が映っていた。


「源八郎はおいらを守ってくれる。高貴な血のせいでいろんな人から殺されそうになっているおいらを……そのことに感謝しているんだよ」

「…………」

「だけど、おいらは――どう恩を返せばいいのか分からない。源八郎のことだから、子供がそんなことを考えるなって言うだろうけど、考えないほうが無理だよね」


 それから亀若丸は深呼吸した。


「おいらはさ。学もないし芸事もできない。百姓仕事しかできないよ。それで、おいらにできることって言ったら――生きることなんだよね」


 亀若丸は「おいらが生きることで源八郎は悲しまなくて済むよね」と言う。


「それが恩返しになるかどうか分からないけど……」

「……なるに決まっているだろ」


 命を狙われた子供を命がけで守っている身からしたら、その気持ちだけでありがたい。

 俺は亀若丸に「十分な恩返しだ」と頷いた。


「俺はお前を守る。だからお前も生きろ」

「……源八郎」

「それに死なないさ。だって――この俺が守るんだからな」


 根拠がまるでなくて強がりに聞こえるかもしれない……それでも胸を張って言おう。

 大いに大言壮語を吐こうじゃないか。

 ここには俺と亀若丸しかいない。

 見ているのはお月様だけだ。笑う奴なんて皆無だった。


「全部、上手くいくさ」

「……ありがとう、源八郎。格好いいよ」


 それから俺たちはいろいろなことを話した。

 亀若丸の過去だけではなく、俺からも昔の話を語った。


 実の親に養子に出された話をすると亀若丸は「大変だね」と言った。


「でもさ。期待していたから養子に出されたんじゃないかな」

「どういう意味だ?」

「どこに出しても恥ずかしくない、自慢の息子だってことだよ」


 よくもまあ、そんな恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言えるもんだ。

 亀若丸の代わりに俺の顔が真っ赤になってしまった。


「あははは。照れなくてもいいのに」

「うるせえ。そんなこと言われたことないんだよ……ありがとうな」

「うん? 何が?」

「そんな風に考えたことなかったからな。少し荷が下りた気分だ」


 明日、嶋田と戦って死ぬかもしれない。

 自然と怖くなかった。

 むしろ亀若丸のために生きようと思えた。

 こんなに優しい子を悲しませるなんてできねえからな。

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