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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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19/31

「おい、お前……謀ったな!」

 とりあえず俺たちは落ち着く必要があった。

 少し歩いたところに茶屋があったので休もうとする。

 店に着くなり、ふでが「みたらし団子六つね」と注文した。


「六つ? 俺たち四人だぞ?」


 周助が不思議そうに訊くと「二つはあたしとこの子の分よ」とふでは臆面もなく言う。

 この女、遠慮がねえな。


「ええっと、おいら一つで……」

「ならあたしは三つ。お願いするわね」


 店の者は怪訝そうな顔をしつつ「かしこまりました」と下がっていく。

 俺は茶屋の外の席に座る。刀を左手で持ちつつ隣に座ったふでに「それでお前は何者だ?」と訊ねた。


「あら。名乗らなかったかしら? あたしの名はふでというの」

「ついでに厚かましいのも知っている。素性を話せと言っているんだ」

「別に大した者じゃないわ。江戸の牛込で芸者をやっていたのよ」


 すると周助が「おお! 芸者か!」と嬉しそうな反応をした。

 ふでが芸者だろうが俺はどうでもいい。問題はどうして男二人に追われていたのかである。あの二人は気絶していたので木陰に置いて放置した。


「どうして追われていた?」

「これでもあたし、人気のある芸者なの。でもね、飽きちゃった」

「……辞めたのか?」

「そのつもりだったけど、許してくれなかったみたい。だからあの人たちに追いかけられて説得されていたのよ」


 それならば非は殴ってしまったこちらにある。

 まずいなと思いつつ「周助、厄介事に巻き込まれたじゃないか」と睨む。


「いやあ。まさかそんな事情とは。しかし美人を守れたんだ。男として悔いはない」

「あらお上手ね。格好いいわ」

「あはは! そうかそうか。そいつは嬉しいねえ!」


 見え見えのお世辞に鼻の下を伸ばすなよ……

 店の者がみたらし団子を六つ持ってきた。すかさず、ふでは三つ掴んでいただきますと食べ始める。

 横取りするつもりはないのに、ずいぶんとはしたないものだ。


「それでお前は――」

「お前じゃなくてふでと呼んで」

「……ふではこれからどうするんだ? あの男たちが目を覚ましたら追いかけてくるんじゃないか?」


 ふでは顎に人差し指を付けて「そうねえ。どうしようかしら?」と悩ましげな表情を見せる。その仕草は案外、様になっていて、周助はうっとりと見つめている。

 亀若丸はそんな周助に引いていた。


「あなたたちの旅に同行しようかしら」

「是非とも! 俺はふでさんと旅したい!」

「なら俺たちはここでお別れだな。また縁が合ったら会おう」

「なによ。そんな邪険にしなくてもいいじゃない」


 口を尖らせるふでに「俺たちは気楽な旅をしていない」と伝えられる範囲で言う。


「あまり楽しいとは言えない旅なんだ」

「それは――この子が関係しているの?」


 二つ目のみたらし団子を食べながら、ふでは亀若丸を見た。ふいに話題に上がったせいなのか、亀若丸は目を丸くした。


「百姓の身なりで、しかも男の子の格好をしている……何か言えない事情があるのね」

「そこまで察しているなら深く関わらないことだ。下手な好奇心は命取りになる」

「へえ……ねえ、周助さん。事情を教えて?」


 三つ目のみたらし団子――食べるのが早い――をいやらしく見せつけながら、ふでは周助の顎をこれまたいやらしく触る。亀若丸は顔を真っ赤にした。

 周助は蕩けた顔になり「はい、教えます……」と言ったので俺は素早く頭を殴った。


「痛え! なにすんだ!」

「お前が何をしているんだ。こんな色仕掛けに惑わされやがって。ふざけるのもほどほどにしろ」


 一通り叱った後、俺はふでと相対する。

 いつの間にか険しい顔になっているらしい。ふでが背筋を正した。


「ふで、お前は見た目より賢そうだから言っておく」

「どう見えているの?」

「男を騙すような愚かしい行為をする見た目をしている……そんなことはどうでもいい。俺たちは死を覚悟した旅をしているんだ。生半可な気持ちで加わるとか考えるんじゃない」


 ここまで言えば伝わるだろう。

 そう思っていると、ふでの目から涙がぽたぽたと流れていく。


「お、おい……」

「そうね……事情も分からないのに、ついて行くとか図々しいわ。あたし、間違っていた」


 しくしくと泣くふでを前に俺は動揺した。

 介錯するとき、相手が泣くことはある。しかし大粒の涙は流さない。一条の雫を静かに垂らすぐらいだ。

 この状況を鑑みると俺が厳しいことを言って泣かせたみたいじゃないか。


「源八郎。ふでさんが可哀想だよ」


 亀若丸が眉を八の字にして俺を見つめる。

 や、やめろ。そんな悲しそうな眼差しを向けるな。

 まるで俺が悪者じゃないか。


「美しいおなごを泣かすとは。武士にあるまじきことだな」


 ここぞとばかりに俺を周助は責め立てる。

 くそ、さっきまで亀若丸に軽蔑の目を向けられていたくせに!


「わ、悪かった。きついことを言ってしまった。謝る」

「じゃあ……連れてってくれる?」

「そ、それは……」


 できないと口にしようとする――勘付かれてますます泣かれてしまう。周助はともかく、亀若丸の非難する目がいたく心を痛ませる。

 ちくしょう、とんだ貧乏くじを引いてしまった。


「途中までなら、いいだろう……」

「あっそ。ならついて行くわ。言質取ったからね」


 ころっと涙を止めて「お茶ちょうだい」とふでは注文する。

 この変わりように面食らったが、徐々にうそ泣きだと気づく。


「おい、お前……謀ったな!」

「怖いわあ。周助さん、助けてえ」

「源八郎殿。凄むと眉間からしわが取れなくなるぞ?」


 ふでに寄り添われて、しまりのない顔で言われたら怒りが増す。

 短い間に関係を把握されてしまった。

 まったく、怖いのはこの女ではないか。


「ふええ。ふでさんはすごいなあ」


 亀若丸は感心している。

 こんな女にはなるなと言っておきたい気分だ。


「そういえば、この子の名前は?」


 ふでが首を傾げて――妙に色気がある――俺に訊ねる。

 そう言えば、この女の前で名を出していなかった。


「亀若丸だ」

「……この子、百姓じゃないの? しかも女の子の名じゃないわね」

「それを知るために俺たちは旅をしているんだ」

「へえ。分かったらあたしにも教えてちょうだい」


 興味津々とばかりに亀若丸をふでは手招きする。

 俺のほうをちらりと見た後、亀若丸は素直に座った。


「あら。よく見ると美人さんなのね」

「び、美人だなんて……」

「着飾ったらもっと綺麗になるわよ。そう思わない?」


 水を向けられたが、女の美醜に詳しくない俺は顔を背けた。

 すると亀若丸が俺のほうに寄ってきて「馬鹿!」と足を蹴った。


「……俺が何をしたんだ?」

「そこは綺麗になるって自信満々に答えるところよ」


 氷のような目で全員が俺を見た。

 その冷たい視線から逃れようと顔を背けると――


「なんだ。意外と目覚めるのが早いな」


 先ほどの三下の二人がこっちにやってくる。

 いや、もう一人いる……誰だあいつは?


「周助。二人を頼む」


 刀を携えて立ち上がると、見知らぬ男が「そいつが件の男か」と三下に訊ねる。

 年の頃は二十歳半ば。小豆色の着流しに黒鞘の刀。狐みたいな糸目で痩せ気味。

 この酷い暑さなのに汗一つかいていない。

 どことなく不気味な印象を受ける。


「へえ。そのとおりです。くれぐれもふでを傷つけないようお願いします。旦那様に叱られちまうんで」

「……偶然か必然か分からんな」


 糸目の男がすらりと刀を抜く。

 これには全員驚いた。特に三下は「あ、あの! ちょっと!?」と戸惑っている。


「お前、四之助が言っていた奴だな」

「四之助……嶋田四之助か」


 俺も抜刀すると後ろで「あなたも抜くの!?」とふでの驚く声がした。

 油断なく中段に構える――


「嶋田の知り合いか?」

「商売敵のほうが正しいな。ま、あいつからの依頼でお前を追ってきたんだ……三輪源八郎」


 糸目の男は上段に構えて俺の名を呼ぶ。


「お前の名は?」

「乃村菊之丞。すぐに死ぬお前は覚える必要ないがな」


 乃村菊之丞……やれやれ、厄介なことになっちまった。

 構えからしてなかなかの手練れだぞ、こいつは。

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