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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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18/31

「これ以上、厄介事に関わりたくないんだ」

 千住の宿を出た俺たちは肌を突き刺す日差しの中、一路桜田村を目指していた。

 明日の夕方くらいには着くだろうと予測していた。しかし、亀若丸は連日の争いのせいで疲れていた。当然の話だ、幼い子供でしかも女なのだから。それゆえ無理をさせないようゆっくりと向かうことにした。


「ありがとう、源八郎。おいらを気遣ってくれて助かるよ」

「別にいいさ。急いでも仕方ないしな」


 本音を言えば桜田村で村長とやらに事情をすぐさま聞きたい。けれど亀若丸が倒れてしまったら本末転倒である。急がば回れとも言うし、ここは焦らず進んだほうがいい。現に亀若丸は汗を流して歩いていた。


「急に優しくなってどうしたんだ? おなごだと分かったからか?」

「……そう思うか? 何か不都合があるのか?」


 周助の問いに苛立ちを覚えたのはそのとおりだったからだ。しかも隣で歩いている亀若丸が複雑そうな顔をするじゃないか。案外、周助は言わなくていいことを言ってしまう性格なのかもしれない。


「不都合はないさ。でもな、亀若丸は男として扱われたいんだ」

「子供に対して優しくすることは男だろうが女だろうが変わらない」

「そうか? 俺は女には優しくなるけどな」

「……なのに奥方とは別れているじゃないか」


 初対面のときに聞いた話を持ち出すと「まあ何度も別れた」と周助はあっさりとした口調で応じた。奴にとってはなんでもない話のようだ。


「剣術馬鹿のくせに芸者遊びが過ぎるのが良くないらしい。別れるたびに言われたよ」

「えっ? 一人じゃないの? 何人もいるの?」


 亀若丸の素朴な疑問に周助は指を折って数え始める……おいおい、片手だけじゃ足らなくなったぞ?


「この前のを入れて八人だな」

「八人!? 冗談でしょ!?」


 亀若丸が目を見開いて喚くのも無理はない。

 俺も驚愕の思いで見つめてしまう。

 周助は気まずそうに「冗談だったら良かったんだけどな……」と徐々に小声になる。


「長続きしないんだよなあ……」

「おいら、周助に感謝している。命を救ってもらったと思っているから。それでもあんまり感心しないかも」


 まるで汚らわしい羽虫を見ているような亀若丸の目だった。少なくとも命の恩人に向けるものではない。しかしながら、向けられて当然な視線だった。


「そんな目で見るなよ……俺にだって言い分はあるんだ」

「言い訳じゃなくて?」

「手厳しいぞ亀若丸。出会った当初は俺が優しいと擦り寄ってくる。だけど仲が深まると俺は剣術に精を出す。もう安心だと思っているからな。ところがだ。女は急に冷たくなったとなじるんだよ。いやいや、そうじゃない。お前が俺を好きになってくれたから、他のことに集中しているんだ……それが伝わらない」


 長々とした言い訳だった。

 しかもこいつは先ほど白状したが、芸者遊びをしている。

 決して一途なわけではないのだろう。


「……ふうん。そうなんだ」


 感情を込めない、路傍の石のような声で言った後、亀若丸は周助から離れて俺のそばに寄った。

 このくらいの子供は潔癖な考えを持っているからな……


「お、おい。軽蔑しきった目で見るなよ! 源八郎殿だって同じ経験してないか!?」

「矛先を向けるな……修業で忙しかったし、生業のことを鑑みて、連れ添いは作らないと決めているんだ」


 我ながら慎ましく清らかだと思う。

 亀若丸が「流石、源八郎!」と俺の手を握った。


「格好いいよ! 武士はそうでないと!」

「はいはい。どうせ俺は百姓上がりだよ……」


 百姓と武士の違いではなく、人間性の問題だろう。

 それに俺は女が苦手だ。何を話せばいいのか分からないし、喜ばせ方も知らない。

 まあ俺の日常が血生臭いのもある。務めの上で話せないことも原因だろう。


「あ。前のほうで誰かが騒いでいるよ」


 考え込んでいた俺の意識を戻したのは亀若丸の不思議そうな声だった。

 確かに前のほうで諍いを起こしている男女がいた。

 男二人に女一人で言い争っている。面倒だなと素直に思う。


「剣呑な雰囲気だな……どれ、止めてくるか」

「うん。周助お願い」

「おいおい。追われている状況なのに、これ以上厄介事に首突っ込むなよ」


 別に命のやりとりをしているわけではない。

 しかし亀若丸は「困っている人を見捨てちゃ駄目だよ」とまん丸な目で見てくる。

 非難しているわけではないが、どこか常識がおかしいと正されている感じがした。


「そうだぞ。袖振り合うも他生の縁って言うしな」

「……どうなろうが俺は知らないからな」


 軽く手を振って周助は三人のほうへ寄った。

 俺と亀若丸は遠くのほうで待つことにした。

 話しかけた周助に三人は反応した。何を話しているのかは分からないが、女が安心した顔になっている。


 しばらく話すと、急に男の一人が周助に殴りかかった。

 不意討ちだったが、周助はその腕を捻り上げてしまう。

 男の悲鳴がここまで聞こえた――何をやっているんだ、あいつは。


「源八郎! 周助が……」

「あの馬鹿。騒ぎになったらどうするんだ」


 俺と亀若丸はゆっくりと近づく。

 すると周助は捻り上げていた手を放して「やるかい?」と挑発する。

 絶対に俺は戦わないからな……


「くそ! 仲間を連れてきやがって! 卑怯じゃねえか!」


 腕を押さえながら男が喚く。

 もう片方の男は指を鳴らして「上等じゃねえか」と臨戦態勢になった。


「ちょっと待ってくれ。周助、何があった?」

「そこのおなごが嫌がっているからやめろと言ったら、急に殴りかかってきたんだ」

「ふざけんな! てめえ関係ねえじゃねえか!」


 腕を押さえていた男は懐から短刀を取り出した。

 もう一人の男は「もう見逃せねえ」と拳を握る。


「あなたたち。やめなさいよ。こんな往来で喧嘩なんてしないの」


 呆れた顔で宥めるのは女だった。

 三下風の男たちにそう呼びかけるが、元々の原因はお前じゃないかと思ってしまう。


「うるせえ! てめえは黙ってろ!」

「おねえさん。こっち来て。危ないから」


 亀若丸が女の手を引いて離れていく。

 そのとき、女は怪訝な顔をした――


「余所見してんじゃねえぞ、こら!」


 何故か俺に向かって拳を振るう男――躱してがら空きになった腹に拳をめり込ませる。

 くの字に身体を曲がらせた男は腹を押さえてうずくまってしまう。


「この野郎、やりやがったな!」

「なんだ。黙って殴られろとでも? 俺がかかしだと思っていたのか?」


 残された男が睨みを利かせてきたが、後ろに回った周助がそいつの肩を叩く。

 振り返った瞬間、周助は思いっきり顔面を殴る。

 鼻血を出しながら勢いよく倒れ込んだ男。気絶してしまったようだった。


「お兄さん方。喧嘩、お強いのね」


 もう大丈夫と思ったのか、女が周助の傍に寄る。

 周助は「まあな。これでも剣術は一通り修めている」と得意そうに言う。

 鼻の穴を膨らませている。女のことを気に入ったのだろう。


 改めて女を見るとえらく顔の整った美人だった。

 切れ長の目で暑い日だというのに涼しげな雰囲気だった。

 口元にほくろがあるのが特徴的で、それは色気を上手く醸し出している。

 背丈は意外と大きい。まあ女にしてみればなので俺たちほどではないが。

 背中に紫の布を被せた荷物を背負っている。着物は奢侈ではなく平凡と言えるだろう。


「あらあら。お武家様なの?」

「いや。こちらの源八郎殿はそうだが、俺は違うさ」

「へえ。あなた、源八郎というのね」


 にっこりと微笑む女に「そうだ」と短く答えた。


「もう大丈夫なら俺たちは行く」

「か弱い女を近くの町まで送ってくれないの?」

「これ以上、厄介事に関わりたくないんだ」


 目を伏せてそう返すと、女はにこやかに笑って「厄介事ねえ」と呟く。


「あたしと関わるのが厄介なの?」

「いいや。俺はそう思わない」

「周助、黙れ」

「ねえ。その厄介事って――」


 女は亀若丸を指差した。


「あの女の子が関わっているのかしら?」

「……どうして分かった?」


 認めたのは目に確信が宿っていたからだ。

 亀若丸と周助が驚く中、女は「手が女の子だったから」と笑みを崩さない。


「どうして男の子の恰好をさせているのか。どうして百姓の身なりをしている子をお武家様が連れているのか……教えてくれない?」

「……初対面の女に言えるわけないだろう」

「ああ。まだ名乗っていなかったわね」


 女は姿勢を正して、俺たちに名を名乗った。


「あたし、ふでと言うの。よろしくね、源八郎さん」


 どこか氷のような冷たさを感じる名乗りだったので、夏の酷い暑さの中で俺は冷や汗をかくのを感じた。

 もちろん、亀若丸が女だと見破られたことは無関係ではない。

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