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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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「――考えなんて必要ない。俺は亀若丸を守るだけだ」

 亀若丸が女だと俺には分からなかった。

 確かに女顔だとは思っていた。

 男のくせによく泣く奴だと思っていた。

 背負ったとき小柄で軽くて柔らかかったのは事実だ。

 しかしそれでもにわかには信じられない。


「周助。どうして気づいた?」

「はあ? 一目見たときから気づいていたぞ。どうして男の格好しているのかは追われているからだと解釈したが」


 三左衛門から亀若丸が追われていることを周助は知っていた。

 だから初対面のときはことさら指摘しなかったのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「一緒にいても気づかなかった……」

「まあ思い込みもあるけどな。よくよく見れば歩き方もおなごそのものだ」


 剣の達人は人の動きを観察して己の剣術に取り入れると聞いていた。

 天然理心流の達人であるのだから判別できるのだろう。

 周助は「源八郎殿、俺はこう考えている」と改まって言う。


「亀若丸は高貴な出で、身分を隠すために男のふりをしているのではないか。だとすればどこぞのお姫さまかもしれない」

「……つまり、亀若丸を殺そうとした者と敵対するどこぞの藩のか」


 もしくは亀若丸の生家が将軍家かもしれなかったが、そこは明言しなかった。

 周助に余計な先入観を与えたくなかった。そして大ごとに巻き込むのも忍びない。


「可能性はある……なあ源八郎殿。ここは亀若丸に話を訊くべきではないか?」

「どうして男のふりをしているのか……だが」

「何を躊躇する必要がある? あんたは真実を知るべきだ。何なら俺は席を外していい」

「それならお前も知るべきだ。同席してくれ」


 周助は眉をひそめて「俺がいないほうが話しやすいと思う」とずいぶんと控えめなことを言う。


「今まで守ってくれたお前をのけものにしたくない。亀若丸もそう考えるさ」

「あくまでもあんたの考えだ。もし話しにくいのであれば、俺はいつでも退座するぜ」


 そこまで話したとき、寝ていた亀若丸が「うーん……」と伸びをして目覚めた。寝ぼけた顔で辺りを見渡す。


「……あれ? 周助、帰ってきたの?」

「もう夜更けだしな。修業は終わりだ」

「そっか……源八郎、何かあったの? 怖い顔しているよ?」


 いつの間にか険しい顔になってしまったようだ。

 ごほんと咳払いをして「亀若丸。大事な話がある」と告げた。

 外の喧騒が一層遠くに聞こえる。ガラにもなく緊張しているみたいだ。


「大事な話ってなあに?」

「お前は――」


 俺の緊張が伝わってきたのか、亀若丸は徐々に顔を強張らせる。

 くそ。子供にそんな顔をさせるな。

 覚悟を決めて――俺は問う。


「――本当は女、なのか?」


 亀若丸は大きく目を見開いた。

 それから己の衣服に乱れがないのか、素早く確認した。

 その一連の行為で、亀若丸は女なのかと確信を得た。


「やはり、そうなのか……?」

「ち、違う! おいらは女じゃない! 男だ!」


 首を振って目に涙を溜めて、必死になって否定する亀若丸に「もう分かっている」と敢えて笑顔の周助は言った。


「所作や顔つきからなんとなく分かるんだ。それに今の反応を見れば――」

「違うったら! おいらは、おいらは……」


 最後まで言えずに亀若丸は泣き崩れた。

 秘密を暴かれた衝撃は相当強いのだろう。

 俺はなるだけ優しく「もう隠さないでいい」と言い聞かせた。


「どうしてお前が隠していたのかは定かではないが、俺は責めているわけではない。ただその……ひどく驚いた。まったく分からなかったからだ」


 にぶい男だと詰められてもおかしくない。

 ここ数日、ずっと一緒にいたのに気づかなかったのだから。

 むしろ気づく契機はあったはずだ。しかし裏を返せば亀若丸を見ていなかったのだろう。


「うっく、ひっく……」

「ああもう。そんなに泣くなって。俺が悪かったから」


 流石に泣く子――しかも女だ――には敵わなくて、周助のほうを見る。

 奴は困った顔で首を振った。俺になんとかしろと言わんばかりだった。

 仕方がないので「いつから男の格好をしている?」と訊ねた。このまま泣くより事情を話せば落ち着くだろう。


「知らない、よ。生まれたときから、男だって、育てられたんだ……」

「…………」

「周りの男の子見れば、自分が違うって分かる。他の女の子見れば、自分が同じだって気づく……だけど、おっかあはおいらを男として育てた……」


 少しだけ落ち着いたみたいだ。

 俺もまた平静を取り戻しつつあった。


「おっかあは、誰にも女だって言っちゃ駄目って。理由は分からないけど、いつもおっかあ、怖い顔で言ったから」

「本当に分からないのか? 心当たりもないのか?」


 自分でも無遠慮な問いだと自覚していた。

 それでも知らねばならない。

 そこに亀若丸が狙われる理由があるかもしれないのだから。


 俺と周助はそれ以上問わなかった。

 しばらくじっと考えた亀若丸だが、ふいに目を細めて「そう言えば……」と思い出し始めた。


「おっかあが死んじゃうとき、変なこと言ってた……」

「変なこと?」

「うん。亀若丸、あなたには――」


 隣の周助も息を飲んでいる。

 俺は今までのことがひっくり返るような心地をしていた。


「――こうきなち、が流れているって。おいら意味が分からなかった」


 こうきなち――高貴な血か!

 気づいた俺は俯く亀若丸と驚愕する周助を交互に見た。

 前々からとんでもないことに巻き込まれてしまったと思っていた。しかし今更ながら目の前に突きつけられた心地だった。

 亀若丸が抱えている秘密の一端に触れてしまった――


「……源八郎殿。俺はただの剣術馬鹿だ」


 場が静まり返ってしばらく経った頃、おもむろに周助が口を開いた。

 亀若丸も周助が何を言おうとするのかと注目した。


「何か俺の計り知れない、凄まじいことが起こるのは分かる。しかし俺の剣術がどれほど役に立つか分からない」

「…………」

「源八郎殿はどう考える?」


 考えを問われているのではない。

 覚悟を問われている――


 亀若丸が女だと知った以上に、高貴な血という言葉には動揺している。それは認めよう。今まで知り得なかったことが次々と明るみになった衝撃は強い。

 それでも、俺は――


「――考えなんて必要ない。俺は亀若丸を守るだけだ」


 穴が開くように亀若丸が俺の顔を見ているのが伝わってくる。

 その視線は安堵なのか、それとも疑問なのかは判然としない。

 だけど俺は言葉を紡ぐ。


「亀若丸が女だろうが、高貴な血が流れていようが関係ねえ。周助、こいつは優しい子なんだ。俺が窮地のときは身を犠牲にして助けようとした。自分が狙われているくせに俺や周助の心配をしてくれる。ああそうさ、俺はこいつに情が移った。首斬り源八郎ともあろう者が同情しちまったんだ」


 亀若丸が泣く姿を見るのは何度になるだろう。

 俺の拙い言葉に泣いていた。


「俺は亀若丸を守りたい。破門の件なんてもうどうでもいい。こいつが二度と狙われないようにどうにかしてやりてえんだ」

「……それが答え、か」


 腕組みをしている周助だったが、少しずつ笑顔になっていく。


「あんたも俺と同じ思いで良かったよ」

「周助……いいのか?」

「当たり前だ。さっきも言ったが俺は剣術馬鹿だ。剣のことしか頭にない、どうしようもない男だ。でもな、そんな俺にも守らないといけねえ道理があるんだ。それは子供を守ることも含まれている」


 いろいろあったが、三左衛門には感謝しないといけないな。

 こんなに素晴らしい男を紹介してくれたんだから。


「ありがとう……ありがとう、源八郎、周助……」


 涙ながら感謝する亀若丸。

 俺はもう泣くなとは言えなかった。

 言えるはずもなかったのだ――

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