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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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「だが殺しても良かったはずだ」

「周助、お前はどうする? ついてくるか?」

「もちろん。ほっとけないからな」


 顔面を一文字に斬った男を久次郎が縛り上げているのを見ながら、周助はなんでもないように言う。剣の腕が立つので一緒に来てくれたほうがありがたい。しかしこれ以上巻き込むのはどうかと思う。


「三左衛門の頼みじゃなくなったんだぜ? それでもいいのか?」

「乗りかかった船って言葉もある。それにあんたのことも気にかかるんだ」


 亀若丸だけではなく、俺のことも心配してくれるようだ。

 別に俺のことなんてどうでもいいが、その気持ちは素直に受け入れよう。


「なあ源八郎殿。俺がついてくるのは足手まといに思ってないよな?」

「ふふ。百人の味方を得た気分だ」

「ははは。そうだろうな」

「あの……周助、ありがとう」


 亀若丸が頭を下げて感謝を伝えると「気にすんな」と周助は笑った。


「さて。久次郎はそいつを幕府の役人に渡してくれ」

「ありゃりゃ。俺は連れてってくれないですか?」

「これ以上関わるとどうなるか分からん。お前の師匠として危険な目には遭わせられない」


 久次郎は肩をすくめて「仕方ありませんね」と顔面を斬られた男を立たせた。


「けなげに師匠の帰りを待つ弟子となりましょうか。それでは行ってらっしゃいませ」

「ああ。それでは行こうか。源八郎殿、亀若丸」


 周助の促しに俺は「分かった。行こう」と頷いた。そして亀若丸を見ると――死んだ武士たちに手を合わせていた。


「愁傷なことだな。お前を殺そうとした奴らだぞ?」

「……それでも祈らないといけないと思ったんだ」


 亀若丸は俺のほうに顔を向けた。

 真剣な表情で「もうこの人たちに恨みはないよ」と呟く。


「おいらを殺そうとしたせいで死んだ……そう考えるとつらいけど、それでも冥福は祈りたいんだ」

「…………」

「源八郎。おいらはおかしいのかな?」


 甘ったるいほど優しい考え方だ。

 しかし笑い飛ばせない自分がいたのも事実だ。

 俺は亀若丸の隣に並んで同じように手を合わせた。


「源八郎?」

「おかしくなんてないさ」


 すると俺の隣に周助と久次郎も並んで同じように手を合わせた。

 俺は自分にそんな資格はないことを知りつつ、安らかに冥土に行けるよう祈った。

 それが斬った者の責務であると亀若丸から学ばされた。


 しばらく祈りを捧げた後、俺たちは久次郎と別れて一路江戸に向かった。

 道中、敵の襲撃には遭わなかった。おそらくだが相手は油断しているのだろう。もしくは既に亀若丸を捕らえたものと見なしている。だとすれば好機である。そのまま桜田村に向かおう。


 そう考えて俺たちは日光街道を下って千住の町についた。武蔵国にある桜田村は日光街道の宿場町の近くにあると亀若丸から聞いた。


 朝早くから出立したが、一応警戒しつつ歩いたので夕方近くに千住に着いた。俺は多摩には出向いたことはないが、千住には数度訪れていた。宿を取るとようやくゆっくりと休むことができた。


「おいら千住初めてだけど、こんなに賑わっているんだね」


 江戸暮らしの俺は賑わいに慣れているが、亀若丸はそうではないみたいだ。まあ農村育ちだから仕方ないか。

 周助は身体がなまると言って宿屋の裏で木刀を振っていた。向上心のある男だと思いつつ、俺は外の景色を見ている亀若丸に「明日には桜田村に着く」と告げた。


「お前が狙われる理由が判然とするだろう」

「……なんかおいら、怖くなってきた」


 窓から目を離して亀若丸は三角座りになる。

 ま、自分が殺される理由を知るのだから臆しても仕方がない。

 こんなとき、どう言葉をかけていいのか……


「安心しろ。俺がついている」


 陳腐な言葉だが、寄り添うしか俺にはできない。

 心を奮わせて、身体の震えを無くすような気の利いたことなど言えない。

 だから――それしか口にできなかった。


「源八郎は優しいね。おいらを慰めてくれる」

「人殺しの俺に言う言葉じゃないな」

「源八郎は好きで人を斬っているわけじゃないでしょ」


 ハッとして亀若丸の顔を見る。

 微かに笑っていた。

 まるで痛みを誤魔化しているようだった。


「これまで斬った人たち、おいらを守るために斬った……そう考えると怖くなる。あと何人死ぬんだろうって」

「お前が気にすることではない」

「……言いたくないだろうけど訊くね。源八郎は殺さなくてもあの人たちをどうにかできたの?」


 できるかできないかと言われたら――おそらく微妙だろう。

 相手は曲がりなりにも武士である。殺さずに無力化できたとは言えない。


「だが殺しても良かったはずだ」


 意地の悪い回答をしてしまったと自分でも思う。

 現に亀若丸は真っ青になった。

 唇をわなわなと震わせて「で、でも……」と言葉を紡ごうとする。


「気にするなとは言わない。お前を守るために殺したのは事実だ。言い訳のしようがない。だけどな、俺は殺したことを後悔していないぞ」


 首斬り源八郎と三左衛門にあだ名されるほど――俺は人を斬った。

 それは己の務めと武士の責務から斬ってきた。

 しかし、誰かを守るために斬ったのは初めてだった。


 自分の殺しを正当化しようとは思わない。

 けれども、心持ちが変わったのは否めない。

 今までの殺しに折り合いがつける――そう錯覚してしまった。


「おいらは、後悔してるよ」

「殺しをさせてしまったことか?」

「それもあるけど……源八郎に後悔してないって言わせてしまったのがつらい」


 亀若丸は目に涙を貯めて「おいらはわがままだ」と泣き出した。


「上手く、言えないけど……何も感じていない源八郎が怖い。むしろやって良かったと思う源八郎が恐ろしい。だけど、それ以上に、悲しいよ」

「亀若丸……前にも言ったが、俺は人を斬ることを生業としている」


 亀若丸は勘違いしているようなので、はっきりと言ってやった。


「人を殺すことに何も感じていないわけではない。やって良かったとも思わない。人を斬ることに喜びを覚えなくて、むしろ怖いと思うんだ」

「じゃあなんで……」

「俺だって俺のことは分からねえ。人殺しを怖いと思いながら、人を殺す……愚かしいと思うぜ。だからよ、俺みたいな大人になるな」


 亀若丸の頭を撫でて慰める。

 さらさらした髪に触れるたび、亀若丸は一粒の涙を流した。

 それはきらきらと光る真珠のようだった。



◆◇◆◇



「亀若丸と何を話していたんだ?」


 夜が更けて、部屋の窓から千住の夜景を見ていると、鍛錬から戻った周助が俺に話しかけてきた。

 亀若丸は既に寝てしまっている。余程疲れたのだろう。

 なんでもない――そう言えたはずだったのに、俺は全てを話してしまった。


「そこは嘘でも誤魔化したほうが良かったんじゃないか?」

「亀若丸は鋭いからな。俺は嘘を言っても気づくさ」

「それで余計に傷つくと? ずいぶんと過保護だな」


 嘲笑された気分になったが、甘んじて受け入れよう。

 俺は「こいつには親がいないんだ」と静かに寝息を立てる亀若丸を示した。


「俺が親代わりになってもいいだろう」

「三左衛門殿から聞いた話とは違うな。血も涙もない男だと思っていた」

「いいや。血は通っていて、涙も涸れてない……」


 周助は「ふうん。本当かねえ」と笑った。


「ま。この子を守るのに必死なのは伝わってくるさ」


 それから亀若丸をじっと見つめて周助は言った。


「どうして亀若丸って名前なんだろうな」

「百姓らしくないよな」

「いや。それもあるが――」


 本当に分かっていないのかと疑うような目で俺を見た。


「――おなごなのに、どうして男の名なんだろうな」

「……えっ?」


 千住の夜の喧騒が遠ざかっていく――

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