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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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「一度結んだ約束は決して破らねえ。それが武士ってもんだろうが」

 俺は花房に突撃した。

 こいつが首謀者だ。

 亀若丸を殺そうとする元凶だ。

 こいつさえ斬れば――全てが終わる。

 右腕の傷など気にするな!


「待てよ。俺がいるんだぜ……簡単にいくと思うな」


 すまし顔で佇んでいる花房の脳天目がけて放った斬撃を嶋田が前に出て防いだ。

 ぎゃりんという金属音が響き渡る――


「そこをどけ!」

「どけるかよ……オラァ!」


 力任せに弾かれた俺はたたらを踏んでしまう。

 もし攻められたら危うかったが――嶋田は動かない。

 花房を守るのを優先したようだ。

 こちらを舐めているようには思えない。慎重を期していると判断しよう。


「こ、この野郎……!」

「どうやら、右腕怪我してんなあ。この前より軽く感じるぞ」


 不敵に笑う嶋田に対し怒りを覚える――落ち着け、冷静になれと戒める。

 師匠に言われたじゃないか、心を乱すなと。

 そうでなければ、格上の嶋田には勝てない。


「源八郎! 逃げて!」


 後ろで亀若丸が喚いている。

 不安でたまらないという声音だった。

 できるなら安心させたいが……こちらも余裕がない。


「子供が泣くのは見ていられねえなあ」


 油断なく下段に構える嶋田に「泣かせているのはお前らだ」と呼吸を整えながら俺は応じる。


「だけどよ、もっと泣かせることになる。あんたが死ぬところを見せるんだからな」

「安い台詞吐きやがって……」

「一つ訊ねるけどよ。どうしてあんたはその子を守るんだ?」


 時間稼ぎ――ではない。

 純粋に疑問に思っている顔だった。


「縁もゆかりもねえはずだ。家老様から聞いているぜ。なのにだ、あんたは命懸けで守るとする。この間も今も。それが理解できねえ」

「……誰かを守りたいとは思えないのか?」

「そりゃあ思うさ。こんなでも血の通った人間だからな。だとしても、俺は自分が大事に思う人を守る。当たり前の話だ。情が無ければ世の中上手く渡れねえ」


 じりじりと迫る嶋田。

 話しながらも警戒を緩めずに俺と向かい合っている。


「あんたには見ず知らずの他人を守る理由がないはずだ。介錯人ってことは山田朝右衛門の関係者だろ? 江戸の浪人が田舎のガキを守る道理なんてねえ。ましてや多摩に逃げてまで必死になるのは――」

「理由や道理なんて関係ない。俺はな、亀若丸を守るって約束したんだ。亀若丸と死んだ銀次郎にな」


 きっかけは死にゆく者の頼みだった。

 今は生きた亀若丸との誓いだ。


「一度結んだ約束は決して破らねえ。それが武士ってもんだろうが」

「そのために命懸けになるのか?」

「分からねえなら、分かるように言ってやろうか? ……亀若丸に同情したんだよ」


 後ろで戦闘の音が続いている。

 亀若丸が無事であってほしいが振り返ることはできない。


「両親がいなくなって、頼れる銀次郎も殺されて、一人っきりになっちまった挙句、殺されそうになっている可哀想な子供に、俺は情が移ったんだ。守る理由なんざそれだけで十分だと思わねえか?」

「…………」

「お前の言うとおり、亀若丸は縁もゆかりもねえ、見ず知らずの他人だよ。だけどなあ――守りてえと思ったんだ! 命懸けで、必死こいて助けてえと思ったんだ! 理由なんざ俺の感情だけでまかり通るんだ!」


 俺は嶋田に斬りかかる――またも刀で防がれる。

 ぎりぎりと鍔迫り合いしつつ、俺は嶋田に言い放つ。


「武士の矜持と責務だけじゃねえ。俺自身のために亀若丸を守っているんだ――よく覚えていやがれ!」


 がら空きだった腹に前蹴りを食らわせてやった。

 勢いよく入ったせいか、嶋田は苦悶の表情を浮かべた。


「嶋田! ……加勢はいるか?」

「いいえ、要りませんよ……俺一人でも殺せます」


 その言葉と共に嶋田の力が入って――思いっきり押される。

 今度は体勢を崩さなかったが、右腕が出血するのを感じた。

 ぐわんぐわんと頭の中で鐘が鳴る。


「ならばさっさとその者を殺せ。ここは幕府の天領である。わしたちはあまりここにいられない」

「承知しました。というわけでだ。あんたとの楽しい殺し合いは終わりにするか……」


 ぐわっと嶋田の気が高まるのを感じた。

 下段、いやそうとは言えないほど剣先を下にして、杖を突くかの如く――下ろした。

 斬り上げ技が得意な嶋田の本気なのだろうか。

 刀を構え直して奴の動きを見る。


「左様ならだ、源八郎――」


 来る! と思った瞬間だった。


「おやめなさい! これ以上の乱暴狼藉は許しませんよ!」


 八坂神社の境内に響き渡る、聞き覚えのある大声。

 まさかと思ってその方向を向くと――川路三左衛門が立っていた。

 傍には二十人を超える男たちがいた。

 着物に葵の紋――幕府の役人だ。

 約束の刻限は二日後だが、駆けつけてくれたのか!


「おやおや。これは三左衛門殿。わざわざこんなところへ何の用ですかな」


 戦闘の音が止んだところへ花房が話しかける。

 三左衛門はにこりともせずに「こんなところとは酷い言い草ですね」と言う。


「幕府の天領で刃傷沙汰を起こす……あなた方の藩でも許されないことです」

「ならばどうしますか? わしたちを捕縛しますか?」

「いえ。それは叶いません。私が望んでも――上役が許さない」


 何の話をしているのか全く分からない。


「おい、三左衛門。これは――」

「説明は後です。花房殿、ここはおひきとりを。さすれば見逃しましょう」

「亀若丸はどうなりますか? 殺してくれるんですか?」


 自分が不利な状況だというのに手前勝手な要求を花房は述べる。

 三左衛門は「物騒なことを言いますね」と首を振った。


「あなた方の要求には添えませんが、悪いようにしない……それで納得してもらえますか?」

「なるほど……皆の者、ここは引きましょう」


 花房の言葉に弛緩した空気が漂う。

 嶋田が「よろしいのですか?」と訊ねる。


「もしお望みならば――」

「わしは引くと言った。それ以外に含むことはない」

「……承知しました」


 刀を納める嶋田はそのまま花房の傍に寄った。

 辺りを見渡すと怪我をしているのは互いに同じだったが、奇跡的に死人は出なかった。

 周助と久次郎が亀若丸を連れて俺に近づいてくる。


「何がどうなっているんだ? 三左衛門殿が――」

「俺も判然としない。とりあえず様子を見よう」


 亀若丸を襲った武士たちは花房と嶋田と共に八坂神社を出ると「危なかったですね、源八郎さん」と三左衛門が歩いて来た。


「間一髪、と言った感じですね」

「まあな。それより三左衛門。俺はいろいろ訊きたいことがある」


 俺は亀若丸を見た。

 疑問と不安で頭が占められている様子だった。


「あいつらは何者なんだ? どうしてあいつらを捕縛しない? 何故お前はここに役人を連れてきた? それに事情を探れたのか?」

「質問が多いですね。その中で一番聞きたいことは何ですか?」

「この中にはない。俺は最も聞きたいことは――」


 俺は亀若丸を引き寄せた。

 触ると震えていた――手を握ってやる。


「亀若丸が狙われている理由だ。それ以外はどうでもいい」

「そうですね。そうでしょうとも。私も源八郎さんに言わないといけないなと思っていました」


 三左衛門は神妙な顔だった。

 周助と久次郎は口を挟まなかった。

 俺も亀若丸も三左衛門の次の言葉を待った。


「……すみません。言えないんですよ」

「それは、分からないから言えないのか? それとも分かっていて言えないのか?」

「後者ですね……」


 亀若丸が「そんなに言えないことなの?」と蒼白な顔になる。


「おいら、普通の百姓だよ! なのになんで――」

「源八郎さん。そして嶋崎さん。今から私は申し訳のないことを言います」


 三左衛門が緊迫した顔になる。

 いつの間にか、幕府の役人が俺たちを取り囲んでいた。


「亀若丸をこちらで保護します。お疲れさまでした。ゆっくり休んでください」

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