表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/31

「断る。俺は亀若丸を殺さねえ」

 ホウホウと野鳥が鳴く八坂神社の広場に案の定、亀若丸を拐した連中が揃っていた。

 その数は十二人。当たり前だが各々、刀を携えている。

 その中心に亀若丸がいた。ぐったりとしている――怪我を負っているかもしれない。


 この場には久次郎はいない。奴は周助たちを呼びに行った。

 もし奴らが動くのならば俺一人でも立ち向かわなければならない。

 傷は痛むが、足止めぐらいはできるだろう。


「なあ。嶋田の奴、ちゃんとあの方をお連れするのか?」


 一人が焦れたように話し出す。

 するとその隣にいた者が「その手はずだ」と応じた。


「なんだって、あの方は嶋田なんかを重用しているんだ?」

「俺らよりも腕が立つからだろう。腹立たしいことだが」

「それは認めるが、藩の人間でもない浪人を信用するのは些か問題がある」

「ならあの方にそう言え」

「言えたら苦労はいらん」


 嶋田四之助が『あの方』とやらを連れてくる――理由は分からないがそれまで亀若丸は殺されないようだ。

 しかし裏を返せば、そいつがこの場に現れたら亀若丸は殺されるだろう。

 ならば今、俺が動くしかない。


「……恥ずかしくないのか、お前ら」

「な、なんじゃ! ……貴様、生きていたのか!」


 八坂神社の大木の陰から出てきた俺に十二人が一斉に反応した。

 刀を抜いて臨戦態勢になる。

 俺は敢えて余裕を見せてみる。


「子供を拐して殺す。それが武士のやることか?」

「うるせえ! 貴様には関係のないことだろうが!」

「三下の台詞そのままだな……」


 俺も刀を抜いて十二人に刃を向けた。

 中段に構えて誰が来ても一刀の元に斬り捨てる――そんな気概で向かい合う。


「源八郎! 来ちゃ駄目だ! 殺されちゃうよ!」


 亀若丸が武士の手から逃れようとじたばたもがく。

 それを二人がかりで押さえつけられている――そのうちの一人が亀若丸の頬を叩いた。


「じっとしてろ!」

「うぐ……」

「――お前、今なにした?」


 ぐつぐつと怒りが湧いて、目の奥が真っ赤になるのを感じる。

 何の策も無く、俺はゆっくりと奴らに近づいた。


「あの者、かなり腕が立つ。五人がかりで仕留めよ」


 一人が指示をして、それに従うように五人が扇状に散らばって俺を囲んだ。

 この五人を倒しても、後七人……


「どうした? 臆して動けないのか?」


 じりじりと寄ってくる五人に対して、俺はその場から動かなかった。

 八坂神社の奥に人影が見えたからだ。


「猶予をやろう。五つ数える前に亀若丸を解放しろ」

「はっ。どの口が言えるんだ? この状況が分からないほどうつけなのか?」

「一、二、三――」


 相手の言葉を無視して数えだす。

 そんな俺を嘲笑している奴らは油断している。


「四――五!」

「うりゃああああああああ!」


 雄叫びを上げて亀若丸を押さえていた二人に襲い掛かる――周助と弟子たち。

 その声に後ろを振り向く、五人の武士――俺は一番左端の男に斬りかかった。


「しまった――ぐはっ!?」


 袈裟斬りで倒れ込む武士に他の四人は目を切った。

 その横を素早く通り過ぎて――七人のほうへ走り込む。


「源八郎さん! 亀若丸を取り戻したぞ!」


 周助の大声を聞いて、実際に亀若丸が久次郎に保護されるのを見て、俺は「よくやった!」と快哉を叫んだ。


「くそ! こうなれば全員、ここで斬る!」


 自棄になったのか、全員が俺と周助、そして久次郎ら弟子たちに襲い掛かる。

 ここが正念場だ――


「待て! 双方、刀を納めよ!」


 全員が動きを止めるほどの迫力のある声――その方向を見ると、あの嶋田四之助がいた。

 しかし奴の声ではない。

 その隣にいる男だ。


 歳は五十半ば。小柄な体格だが厳格な雰囲気を持っている。

 黒い羽織を着ていて上流階級そのものだった。その貫禄から上役に就いているのだろうと推測できる。

 顔は険しく、頬にほくろがあった。それ以外に特徴と言えるものはない。

 何者だろうか……?


「あ、あなた様は!」

「刀を納めよ……そう言ったはずだが?」


 慌てて武士たちは刀を納めた。

 周助たちは不思議そうにしていたが、木刀を下ろした。

 俺は警戒を解かずに「お前、何者だ?」と問う。


「こいつたちの頭か?」

「頭? この者たちを使い、亀若丸を殺そうとしたという意味ならば、わしがそうだ」


 あっさりと白状したので気が殺がれてしまった。

 俺は「何のために亀若丸を殺そうとする?」と問う。


「何が目的だ!?」

「そなたも刀を納めたのならば、話し合いをするのはやぶさかではない」


 今刀を納めても、襲ってきたときは対応できるだろう。

 俺はゆっくりと納刀した。

 謎の人物は満足に頷いた。


「さて。目的を話す前に名乗っておこうか。わしの名は花房主水。とある藩の家老をしている」


 藩の家老だと? かなりの上役ではないか!

 藩政に関わる者が幕府の天領である多摩に来てまで、亀若丸を拐して殺すのか!?


「一つ、頼みたいことがある。聞いてくれぬか?」

「な、なんだ……?」


 花房はなんでもないように、あっさりと言う。


「そなたとそこの百姓たちの命を助ける代わりに――亀若丸を殺してほしいのだ」

「……お前は、何を言っているんだ?」


 言っていることがまるで分からなかった。

 どうして俺が言うことを聞くと思っているんだ?


「うん? そなたはあの山田朝右衛門の跡を継ぐ者だろう? 違うのか?」

「そう、だが……」

「ならば亀若丸に痛みもなく苦しみもなく――殺せるだろう。この場にいる誰よりも適任だ」


 花房は険しかった顔から一転して微笑んだ。

 その笑顔は――醜悪そのものだった。


「わしは寛大な人間だ。これまでわしの部下を二人……いや、三人か。斬ったことは不問にしよう。そなたが快く、亀若丸を介錯してくれれば全て許そう。いかがかな?」

「それを、俺が受け入れると思うのか……?」

「そなたにとって都合がいい条件ではないか。この場で命を取られずに生きることができる。ついでに百姓たちも助かるしな」


 どうやら本気で言っているようだ。

 こいつ、頭どうかしているんじゃねえか?


「断る。俺は亀若丸を殺さねえ」

「何故だ? まるで意味が分からん。嶋田、どうしてだと思う?」


 人に聞かないと分からないのか……?


「ご家老様の温情が分からない頑迷な輩ということでしょう」


 前に会ったときと比べて、嶋田は神妙な表情で受け答えする。

 どうやら遠慮しているようだが……俺にしてみれば関係のないことだ。


「お前が元凶なのか! 何故、亀若丸を狙う!」

「そなたが亀若丸を殺すのならば話しても良かったのだが。仕方ないな」


 花房はすっと真顔に戻って――


「皆の者、殺してしまえ……さっさと済ませろ」


 まるで支度が遅れている者を催促するような口調で言った。

 殺気立つ空間に俺は再び――刀を抜いた。


「やってみろ! 逆にお前らの首、ぶった斬ってやる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ