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 私の子どもの頃の夢は「騎士になること」だった。

「なりたい」と思っていた訳ではない。「ならなくてはいけない」と思っていた。

「騎士になれない私に価値などない」と本気でそう思っていたし、おそらく当時の父もそう思っていただろう。


 父は、昔から騎士に憧れていたらしい。

 病気がちで、平均的な男性と比較すると身体が小さかった父は、お世辞にも騎士に向いているとは言えなかったという。

 それでも諦めず、働きながらも何度も騎士団入団試験に挑戦し続けたというのだから、父の騎士団への並々ならぬ思いが窺える。


 しかしながら〝強い思い〟だけで合格できるほどに、騎士団の入団試験は甘くない。

 受験回数が片手で数えられなくなる頃には、父の両親である祖父母が「頼むからもう諦めてほしい」と懇願せねばならないほどに、父はボロボロだったそうだ。

 生活のために仕事をしつつ、その傍らで騎士になるための稽古に明け暮れていたのだから、体力的にも限界だったのだろう。

 試験のたびに突きつけられる〝不合格〟の通知によって、毎回酷く落ち込んでいたそうなので、精神的にも相当追い詰められていたものと思われる。

 とにかく、父は他者からの意見を受け入れる形で、道半ばで「騎士になる」という夢を諦めることになった。


 その後父は家業である骨董品店を継ぎ、その分野でめきめきと頭角を現し、事業を拡大させていった。

 そして、その一方で母と結婚し、女の子……つまり私を授かり、誰もが「よかったね」と言えるような順風満帆な人生を歩むことになるのだから、何がどう転ぶかはわからない。

 この頃には父も「騎士になれなくてよかったのかもしれない」と言っていたそうだ。


 しかし「十数年ぶりの大改変」と言われる騎士団入団条件の改変が、父の騎士への思いを再燃させることとなる。

 そこには、入団試験に年齢制限が設けられることや、実技のみだった試験にペーパーテストが加わるということの他に、男性のみに限られていた入団資格が女性にも認められる、という内容が盛り込まれていた。 

 私が、ちょうど二歳の誕生日を迎えた頃のことだという。


「なんとしてでもレベッカを騎士団に入団させよう!」

 父はそう言い出したかと思うと、ようやく言葉らしきものを話し始めたばかりの私に、様々な道具を買い与えたらしい。

「まだこの子には早いのでは?」

「もう少し適性を見極めてからでもいいのでは?」

 そんな周囲の声は、残念ながら父の耳には届かなかったそうだ。


 そういった事情もあって、私は物心ついた頃から「自分は将来騎士になるのだ」と思い込んでいた。

 他の子ども達が年齢相応の玩具を与えられ、同年代の子ども同士で遊んでいる中、私は父と、あるいは父が連れてきた教師と、ただひたすらに稽古に励んだ。

 そんな生活をしていたものだから、遊ぶような暇などなく、あったとしても周りの子達と話が合うはずもない。


 だから私にとっては、ジョンだけが唯一の友人と呼べる存在だった。

 母親同士の仲が良いから……という理由で、幼い頃から交流のあった同い年のジョンは、昔からそれはそれは内気な少年だった。

 自分の玩具を取り上げられようが、悪意のある言葉をぶつけられようが、困ったようにへらりと笑って「僕は大丈夫だよ」と言って我慢してしまうような、そんな子だ。


 私にとっては忘れられない()()()も、ジョンは「少し貸せよ」という言葉と共に玩具を奪い取る相手に対して、眉を下げながらも「いいよ」と言っていた。

 相手は、つい先日ジョンの玩具を乱暴に扱って破壊したばかりの人間だというのに。そして彼の手に握られているのが、ジョンが幼い頃から大切にしている玩具だというのに。


「……ジョンに返しなさいよ。それはジョンのものよ」

 彼の交友関係に口出しすべきではないのはわかっていたけれど、その時ばかりは私も黙っていられなかった。

 ジョンが断れないのであれば、友人である私が言ってあげなくてはと、そう思った。


 しかし、私達より二つ年上のその少年は、私のことを頭のてっぺんから足の先まで舐めるように観察すると、にたりと笑って言ったのだ。

「でも、ジョンは嫌がってないぞ? なあ、ジョン?」と。

「女なんかに守られるなんて、みっともねえなあ」と。


 そこからはもう、取っ組み合いの喧嘩だった。

 子どもの頃の二歳差というのは大きいもので、朝から晩まで稽古に明け暮れている私であっても、勝てっこないことなどわかりきっていた。

 けれども、たとえ大怪我をすることになったとしても、私達を馬鹿にした相手に痛みを与えてやらないと気が済まなかった。


「相手を傷つけてやろう」という悪意は伝染するもので、はじめのうちは抵抗の中に戸惑いを滲ませていた相手も、そのうち本気になっていくのが、手に取るようにわかった。

「……っ、おまえっ! いい加減にしろよ!」

 そんな言葉と共に大きく振り上げられた拳を見て、直後に訪れるであろう痛みに恐怖し、身体をすくめたその時だった。


「おい! なにしてるんだ!」


 そう言いながら現れたのは、私達と同い年くらいの少年だった。

 子どもとはいえ突然の第三者の登場に、そして現れた少年のエメラルドグリーンの瞳の眼差しの鋭さに、おそらく喧嘩相手も怯んだのであろう。

「……なんでもねえよ」

 彼はそう言うと、つい先程まで振り上げていた拳をゆっくりと下ろして、反対の手に持っていたジョンの玩具をぽいとこちらに投げたかと思うと、そのまま慌てたように立ち去ったのだった。


「大丈夫か?」

 そう言いながら呆気に取られる私を気遣わしげに覗き込む少年の隣には、いつの間にか彼の友人であろう黒髪の少年が佇んでいた。

 黒髪の少年は私の顔を見て表情を歪めると、「額が赤くなってしまってる。痛いよね?」と言い、すぐに自分のハンカチを水で濡らして冷やしてくれた。

 見知らぬ少年達の優しさに触れた私は、先程まで張り詰めていた気持ちが緩んでしまったのだろう。視界がぼんやりと歪むのがわかった。


 涙目で額を腫らす私と、ずびずびと大泣きするジョン。そんな二人を前に、私達を助けてくれた少年が眉を顰めてぽつりと呟いた。

「弱い者虐めだなんて、あいつ最低だな」


 ……衝撃的だった。

 今考えると、彼がそう思うのも仕方がないのだとは思う。

 けれども彼のその言葉は、私を侮って投げ掛けられた「女なんか」という言葉と同じくらいに、私を惨めな気持ちにさせた。


 その後、私が彼らになんと別れを告げたのかは覚えていない。

 この件に関して他に覚えていることと言えば、喧嘩について父に酷く叱られたことと、そんな父の視線から逃れるように私の陰で身を縮めながら、居心地悪そうに視線を彷徨わせるジョンの姿だけ。

 けれどもその日から、私は〝強く見せること〟を心掛けるようになった。

 

 できるだけ背が高く、そして凛々しく見えるように、背筋を伸ばして歩くよう練習した。

 初対面の相手に侮られないように、はきはきとした口調で話すことを意識した。

 もう二度と「女だから」と侮られないように。もう二度と「弱い者」だと呼ばせないように。


 自分から「稽古を厳しくしてほしい」と言いに行ったのも、この件のすぐ後だった。

 目に見えてやる気を出し始めた私に、父は「レベッカの騎士団入団は間違いなしだな!」と、手放しに喜んだ。

 けれども、父の喜びはそう長くは続かなかった。


 ……端的に言えば、私には才能がなかったのだ。

 どれほど稽古に真剣になろうと、私の技術はそれほど向上しなかった。

 必死になればなるほどにそのことを思い知らされるのは私だけではなく、父がイライラとすることも増えていった。


「きょうは ぼくも いく!」

 五歳年下の弟がそんなことを言い出したのは、日に日に険悪になる私と父の仲を取り持たねばならないと、そんなふうに考えたからなのだと思う。


「一緒に来てくれるの? ありがとう」

 そう答えた私は、幼い弟の健気な心遣いに心から感謝していたし、だからこそ「もっと頑張らないと!」と思っていた。

 直後に、その可愛い弟が私の全てを奪っていくことになるとも知らずに。


「この子には才能があるかもしれません!」

 稽古場の隅で、見よう見まねで剣を振る弟を目にした教師は、興奮した様子でそう言った。

 弟はまだ三歳なのにそんなことがわかるものかと、どこか意地の悪い気持ちでその言葉を聞いていた私とは対照的に、教師からの言葉に目を輝かせた父は、その日から弟につきっきりになった。


 結果から言うと、教師の目は確かだった。

 父や教師からの指導を受けて、弟はめきめきと実力をつけていき、年齢別の剣の大会で優勝するまでになった。

 平凡な私と弟の間に、努力では決して埋めることのできない能力の差があることは、誰の目からも明らかだった。

 そしてその頃にはもう、父は私に「騎士になれ」とは言わなくなっていた。


 決定的だったのは、私の十歳の誕生日。

「レベッカ、今まで申し訳なかった。これからは、おまえが好きなように生きなさい」

 父はそう言って、私に大きなテディベアを手渡した。

 私の知る限り初めて父からぬいぐるみ……女の子らしい玩具が与えられると共に、その瞬間私は父から見放されたのだ。


 その日から私は、それまで毎日通っていた稽古場に行くのをやめた。

 ジョン以外に友人もいない私に残されたのは、威圧的な姿勢と口調。そして新たに加わった、なんの思い入れもない、自分の背丈ほどもある大きなテディベアだけだった。

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