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第九話  幸福で命は救えない

日差し眩しい午後、道路には二人の子供が、一人になる。

純白の雪の床が紅に染まる。

愛は一番強い呪い。

嫉妬も一番強い呪い。

約束は時には呪縛に為りうる。

愛は呪縛さえも斬り裂く。

孤独を耐えられる生き物などいない。

大切な物は失ってから気付く。

取り残された悲しみは死んだ人間には理解出来ない。

真を嘘で隠すが、嘘で真は隠せない。

もう、大丈夫。掴んだこの手を離さないから。

貴方の塵だって私のドレス。

貴方は人の死を受け入れられますか?

貴方は愛した人間を忘れ去る事ができますか?

貴方は運命を運命だと受け入れられますか?

この物語はたった一つの約束によって全てを失った悲しき女の話。

時に幸せでは救えない命もある。


2077年 12月


私の名前は日下部霞。何処にでもいるただの中学生だ。

私には好きな人がいる。その子の名前は…おっと。噂をすればなんとやら…

「霞!昨日やってた野球番組みたか!?」

朝から煩すぎる程の大きな声で私に話し掛けた。どっからそんな元気が出てくるのだろうか?私にも少し分けて欲しいくらいだね。心の中を悟られないように。私は挨拶を返した。

「あ!一誠じゃん、おはよう。勿論観てないよ」

この元気過ぎる男の名前は天道一誠。何事も一生懸命にする姿は素敵だが、熱中すれば周りが見えなくなるのが玉に瑕だ。

一誠は野球少年だ。野球を愛し、野球に愛された男。上手とは言えないが…

私はハッキリ言って野球に興味は無い。野球経験はゼロだが、少し練習すれば一誠より上手になれる自信がある。

「練習頑張らないとな!将来、お前を養っていかないと…旦那失格だぜ!」

もう!一誠はすぐにこんな事を言い出す。確かに私達は付き合っているが…第一、私達はまだお子様だ。結婚や、育児なんてまだ、子供が使っていい言葉じゃない。

こんな一誠を好きに…いや、愛してしまった私も私だが…

気付けば私の頬は紅色に染まりきっていた。恥ずかしいとはこういう時に使うんだろうね…

未だに慣れない自分がまた腹立たしい…

私も言い返してやるんだ!

「そうね。私も花嫁修業頑張らないとね…何処かの誰かさんに養ってもらう準備済ませないとね」

「言っておくが…俺は朝は味噌汁じゃなくて…豚汁だからな!?そこんところ、よろぴく⭐」

豚汁…だと!?邪道め!朝は熱々の味噌汁を飲みながら、ゆ●りのかかったご飯を頬張るのだ!

これだけは譲れません!

「豚汁ですって?!豚はあんただけで十分だわ。豚らしくブヒブヒ言ってなさい!」

一誠は顔を真っ赤にして怒った。今にも「ぷんすか」と言いそうな顔をしている。…かわいい…

「まぁ…良いだろう。俺は優しいからな。霞は確か…ダイエットしたらしいな…成果出てるぜ?」

一誠…私は確かに密かにダイエットをしていたが、そんな細かい所に気付いてくれるなんて…

さっきのは謝ろ…

「胸だろ!?ダイエットしたのは!!成果出てるぜ!まな板だ!誰か~サンマくれ~俺が捌くぜ~よっ!天下のまな板様~オラにまな板を分けておくれ~って既にあったわ。人間まな板様~アッハッハ…ぐぇ」

気付けば私は右手の拳を一誠の鳩尾に抉りこませていた。あばら骨が折れるかの様な音が私の腕を通して響いたが…知ったことか。私の胸はメロンだ…それも夕張市で採った特大メロンだ。いいね?この小説を読んでいるみんな。私はまな板なんかじゃない。紫時雨が勝手に解釈してるだけよ

「私の胸は特大メロン…違うかしら…?」

すっかり一誠は怯え上がったネズミの様にチュウチュウ言うしか無かったようね…

「霞様。貴方の胸は大きすぎる…素晴らしい。サンマなんか捌ける訳がありませんね」

「プププッ…一誠はすぐに騙されるんだから…私はそんなに怒って無いよ?なんせ未来の旦那様だもの。優しくしないとね」

一誠は自分の部屋でムフフな本を読んでいるかの様な顔をした。この顔の一誠は心から安心しきっているサインだ。本当にこんな貧弱な男がプロ野球選手になれるのだろうか?ファールしか出した事無い癖に…でも。私は一誠が野球選手になれなくても、私は一誠の元を離れない。

だって。私は一誠を愛しているんだもの。

愛と約束は己を裏切らないでしょ?


私と一誠は近くの公園で遊ぶ事にした。

一誠曰く、これからの人生で大事な用事があるってさ

どうせ、野球引退するとか、豚汁しか許さないとか、そんな下らない事なんだろうね。

一誠は顔を紅に染めて、私に嫌という程大きな声で捲し立てた。むしろ、叫んだ。

「霞!!これをお前に…」

一誠が差し出したのは、小さな箱だった。こんな小さな箱に何が入るのだろうか?指輪程度しか入らな…もしかして!

「婚約指輪…本当にいいの?」

箱を開けると、アニメや漫画とかでよく見掛ける婚約指輪そのものだった。

正直言って私は焦っていた。一誠は胸の大きい女の子ばっかり見るから…私の事なんか飽きたのだろうと思っていた。

駄目…絶対に泣かないって決めてたのに、無理だよ。こんなの、嬉しすぎるよ…

私は一つしかない返事を返した。

「喜んで…でもね、豚汁だけは許せ無いよ?」

「お前の作る飯なら、何でも旨いよ」

「バカ…」

婚約指輪…もらっちゃった。でもこれって。これからの人生を一誠と一緒に過ごせるって事だよね!一誠は絶対に野球選手になれないから、私もお仕事しないとね。全く。一誠は私が居ないと駄目なんだからっ!

「こんな時間だ!霞。帰るぞ」

「うん!!」

私はもしかしたら、此処で一誠を止めるべきだったのかもしれない。運命の歯車は止まる事を知らない。

横断歩道に着いた私達は信号が青に染まるのを待っていた。

一誠が突如に、叫んだ。まるで私の身が危ないかの如く。

「霞!危ない!」

私は体を突き飛ばされた。私は気付かなかった。私にトラックが猪突猛進と言わんばかりに突っ込んで来ていた事を…

そして一誠は私を庇ってトラックに激突したことに…

純白の雪の床が紅に染まる。

私の耳には、言葉に表せない程に嫌な音がした。まるで肉が潰れる様な…肉を千切る様な嫌な音が私の耳を刺激した。私は血塗れの一誠を見つめる事しか出来なかった…一誠と目が合う。どうしよう…恨まれる…でも、目を逸らせない…引き込まれる。

私の想像とは裏腹に一誠は満面の笑みを浮かべた

「良かった…霞が…無事で…悪いけど。俺…約束守れない…かも…ごめん…な」

救急車が来た!もしかしたら。これで一誠が…




「天道さんは、命には別状ありませんが…トラックにぶつかった際に、脳を強く打ち付けていましてね。所謂植物人間ってやつですわ」

「は?」

医者から言われた言葉は私には信じられない言葉だった。いや、信じたく無かったのかもしれない。一誠が私を庇って植物人間?…どうして!?

あんたはプロ野球選手になるんでしょ!?それを私は陰ながら支えるんでしょ?!婚約指輪までくれちゃって…私はどうすればいいの!?

一誠以外の男なんか…嫌よ…

こんな事に為ったのは…私のせいだ…私が指輪をもらって浮かれていなかったら…一誠は…こんな目には…

非力な私は泣く事しか出来なかった。



私は毎日毎日、一誠の元に通った。あんなにも優しく見つめていてくれた目は…もう開かないんだ。…あぁ、一誠の手が冷たい。あんなにも熱かった一誠の手が…私のせいだ。

私は10年、いや、100年でも一誠を待ち続ける。

そうじゃないと…私は私では無くなってしまうかもしれないから…


一誠の状態が急激に悪くなった。心拍数が急激に下がった。このままじゃ…一誠が死んじゃう…

嫌だよ…一誠が死んだら、私も死んでやるんだ!



一誠は死んだ。

私を置いて死んだ。家族の方からは何も責められなかったけれど…私を逆に惨めにした。私を責めて欲しかった。これじゃ、一誠が自業自得みたいになってしまう。

葬式で一誠が入っているだろう、棺を見ただけで涙が止まらなかった。止められなかった。

どうすれば一誠を蘇らせる事が出来る?

どうすれば私は一誠の笑顔を見れるの?

どうすれば一誠の手が暖かくなるの?

わからない…

気付けば私は棺から冷たくなってしまった一誠を抱えてあの公園に向かった。私と一誠が婚約を結んだあの場所で…奇跡が起こるかもしれない、私はそれに懸けたかった。

公園には誰か居た。黒髪の艶が美しい女だった。

「あんた…それ、死体か…?」

死体だと…?ふざけるな!一誠は絶対に私を置いて逝かない!だって私は一誠の嫁だから…絶対に無いんだ。でも…確かに、死体だ…温もりが無くなってしまった。

「そうね。何?あんた幸福屋でも無いんでしょ?だったら話掛けないで」

こいつがもし、幸福屋だったら…私は今すぐ契約して一誠を復活させるんだ…謝らないといけないんだ… 

「私は幸福屋さ。申し遅れたね。私の名前は呪縛霊子、よろ…」

「お願い!!さっきのは謝るから、一誠を復活させて!私と契約させて!」

気付けば私は、幸福屋が話終わる前に叫んでいた。

いくら必死だったとは言え、さすがに少し悪い事をした気分だ…

幸福屋はボソッと呟いたが、私は聞き逃さない。

「まるで、霊奈そっくりだ…顔も、綺麗な茶髪のポニーテール。もしかしたら、霊奈の生まれ代わりかもね…」

霊奈?そんな女はどうでもいいんだ!早く、早く一誠を復活させてくれ!

「私も落ちたもんだね。70年前なら、こんな女よりノルマを優先していたのに…殺せないなんてね…」

またボソッと呟いた。いい加減にして!私は一刻も早く一誠に会いたいの!

「悪いけど。あんたとは契約出来ないよ…」

「どうして!?あんた幸福屋だろ!?願いとか、関係無しに私を幸福にして、倍の不幸で私を殺せばいいじゃない!私はさっさと死んで、一誠の元に行きたいの」

幸福屋は私の頬を殴った。突然の事で何がなんだかわからなかった。

「痛い…あんた…何のつもり…?」

幸福屋は顔を真っ赤にして怒った。

「バカ!その男はあんたに生きて欲しいから、自分の命を捨ててまで、あんたを助けたんだ!簡単に死にたいなんて言うな!例え、あんたがその男の後を追ったとしても絶対にそいつは喜ばない。あんたが寿命を迎えて、死んで初めて、あんたは歓迎されるんだ!好きな男の為に死のうなんて…絶対に許さないからな…アイツだけでいいんだ…

敵だったはずなのに…いつの間にか、大事に思っていたんだ。アイツは人間が死ぬ時、笑顔で死んでいった人間を不思議がっていたよ…人間は死ぬのが心地よいのかってな。でも、アイツも気付いたんだ。自分が死ぬよりも、大事な人を守れた事が何よりも嬉しくて、嬉しくて、仕方ないってな」

そんな…じゃあ!私との約束は?!結婚して、これからもずっと共に未来を歩んで行くって…

離ればなれは辛いよ…

「私の力を使ってその男の本音を聞かせてやろう

その男は私と同じ事を言うはずさ」

「一誠ともう一回話せるの!?お願い!一誠ともう一回会話させて!」

「分かった」

一誠の体をみるみるうちに、紅蓮の炎を纏った様に、身体の温もりも取り戻した。だけど…目は開けなかった。

「霞…ごめんな…約束守れなくて…」

一誠の声だ…私が世界で一番愛した男。世界一大好きな男の声だ…

「バカッ!あんたは何も悪く無いよ!悪いのは私、私が指輪をもらって浮かれてたから…待ってて!私もすぐにそっちに行くから…」

「黙れっっ!!」

「えっ…」

一誠がこんなに真剣に怒っている事を私は見たことが無かった。いつもへらへらしてる様なやつだから…本気で怒るなんて絶対に無いと思っていた。

「誰が死んでくれって頼んだ…?誰が俺を忘れないでって言った…?俺は、お前に生きて欲しいから、俺は庇ったんだ。お前を大事にしてるから、助けたいって心の底から思ったんだ」

「じゃあ、私は一誠を諦めろって事!?そんなの出来ないよ!今から幸福屋と契約して一誠を…」

「駄目だ…私が許可しないよ…」

どうして…あんたは幸福屋でしょ?!何も損なんて無いはずなのに…

「幸福で命は救えないんだ」

一誠が思い出した様に、幸福屋に話し掛けた。

「なぁ、霊子。霞の記憶から俺を消してくれないか?」

「そんな!止めて!一誠の事、忘れたくない!」

「ごめんな、霞。お前は俺の事を忘れて、違う男と幸せになって欲しいんだ。こんな…旦那で…ごめん…な」

一誠の体がガラスの様に、粉々に砕け散った。

パリーンという、軽快な音を立てて。

「そんな…一誠…」

意識がハッキリしない。あんなにも、こんなにも、愛し合ったのに…何もかも全て忘れてしまうなんて…嫌だ…よ…

「ごめんなさい。私はあの男との約束を破る訳にはいかないんだ。ウェルシュ…どう?私、ちゃんと悪役出来たかな?まだ私は死ぬ訳にはいかないんだ。陽炎くんと一緒に暮らしててね」





2099年 6月2日 日曜日


「霞。お誕生日おめでとう!」

「おめでとー!」

私は結婚し、私には勿体無いくらいの旦那さんとワガママも多いけど、人を思いやれるいい息子も授かった。

学生時代の記憶は何故か無い。

私は誕生日ケーキを切り分け、食べあった。 

どうやらケーキを勢い良く食べ過ぎて、口の周りがチョコだらけの悪魔さんがいるようね

私は愛する息子の名前を呼び、口を拭いてあげた。

「一誠。お口の周りにチョコ付いてるよ。本当に一誠は私が居ないと駄目なんだからっ」

「えへへっ…ありがとーまな板!…ぐぇ」

「夕張市のメロンね?」

我が息子は時折、とんでもない事を言い出す。母親である私の胸をまな板と言ったり。朝は豚汁じゃないと許さないとか、ゆ●りのふりかけは許さないとか、訳がわからないよ…

「そういえば、将来の夢は何?」

私は愛する息子に問いかける。答えはいつも決まっているのだが、聞かずにはいられないのだ。

何か…懐かしい様な…嬉しいけど…悲しいようなそんな不思議な感じがするんだ。

「将来はねー、野球選手だよ!」

野球選手…か、アイツとは違って一誠はなれるだろうか?

あれ…?アイツって誰の事だろう?

私は両手を見る。

左右の薬指に付けている、2つの指輪を見つめる。

一つは婚約指輪だ。二つ目は結婚指輪。あれ?結婚しているのに、どうして婚約指輪を着けているんだろう…

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