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短編、ショートショート

⭐️魔法少女マジカルアプリコットは悪の組織の筋肉枠に恋してる❤️

作者: 小絲さなこ

 氷鉋(ひがの)あんずには秘密がある。


 

「なぁ、昨日の魔法少女見た?」

「おー、見た見た。アップルちゃん昨日も激カワだったな」

「うわぁ。お前ロリコン? 引くわー」

「ちげーよ。元気っ()が好きなだけだっつーの。そういうお前はアプリコット推しだろ?」

「あったり前だろ。ツンデレは正義! ツインテ最高!」

「いやいや、お嬢様キャラのマスカット様だろ。あのおみ足に踏まれたい……!」

「あー、いいよなぁ。高飛車なのにすぐ拘束されるヨワヨワなのもイイ……」

「ブルーベリーきゅんしか勝たん! ブルーベリーきゅーん!」

「わかった、わかった。優等生キャラもいいよな。なぁ穂高(ほたか)、お前は?」

「あー、うん……ピーチかな」

「お前ほんっと巨乳のお姉さん好きだなー!」



 教室の隅でコソコソ話してても聞こえてるっつーの!


 あんずは大きな音を立てて席を立ち、廊下へ出た。

 その際、魔法少女の動画を鑑賞している男子生徒たち──とくに幼馴染の穂高をギロリと睨みつけるのも忘れない。

 


 ずんずんと足音をたてるように廊下を歩く。

 耳の位置でふたつに結んだ黒髪が揺れるが気にしない。

  


 どうせホンモノの私はBカップよ!



 氷鉋(ひがの)あんずには秘密がある。


 その秘密のために、高校では部活に入らず、寄り道もせず、まっすぐ帰宅することにしている。


 

 ピロロン。

 招集を告げるスマホアプリの通知だ。

 

「はぁ……今日の現場はどこ? あー、地附山(じづきやま)公園かぁ」


 一般人に迷惑をかけず戦える場所は限られているので、たいてい現場は山にある公園か河川敷だ。

 今回の現場は、長野市街地から見て北西の山にある公園。

 展望が良く、市街地から車で十分ほどで行けるため、人気のある公園だが、今の時期は冬季閉鎖している。


 

「とりあえず変身しないと……」

 通知から十分後には現場に到着していなくてはならない。

 多少の遅刻は目をつぶってくれるが、三十分以上遅れるとペナルティがある。ブラック企業か。


 

「マジカルフルーツシャイニング・メタモルフォーゼ!」


 脇道に入り、昨晩から明け方に降った雪が積もったままの軽トラの陰に隠れて呪文を唱えた。

 あんずの全身が杏色の光に包まれ、制服がサラサラと砂のように消える。光の粒がボディラインを隠すように輝き、コスチュームへと変わっていく。

 左手は腰に、右手は敬礼するようにビシッと顔の横でVサインを作る。このポーズを取ることで変身が完了するのだ。

  

 丈の短い着物のようなデザインのコスチュームは、花魁をイメージしているそうで、胸元がガバリと開いていて、腰の辺りで派手な帯が垂れ下がっている。

 他のデザインに変更するほどセンスに自信はないし、面倒なのでこのままにしているが、正直言ってこの帯は邪魔だ。

 これは初代の魔法少女たちがデザインしたものだという。ちなみにあんずの母方の祖母もそのひとりだ。

 


 コンパクトミラーで瞳と髪毛が杏色になっていること、ツインテールの位置と身体のライン(とくに胸)がちゃんと変化しているかを確認し、転移魔法を発動。現場へと向かう。


 

 氷鉋あんず。高校一年生。十六歳。

 秘密その一。

 一部界隈で有名な「ご当地魔法少女マジカルフルーツシャイニング」のメンバー「マジカルアプリコット」だということ。

 

 そしてもうひとつ、あんずには誰にも言えない秘密がある。



「ふう。間に合った。ごきげんよう!」

「アプリコット、ごきげんよう!」

「ごきげんよう」

 この業界、いついかなる時も挨拶は「ごきげんよう」である。そして、実年齢に関係なく魔法少女同士は敬語禁止だ。


  

「あとはマスカットか」

 青紫色の長い髪をかき上げ、ブルーベリーは懐中時計を確認してため息をついた。もうすぐ招集から十五分経つ。

 

「まったく……マスカットったら、恋愛禁止だってルールわかってるのかなー。昨日も男子と歩いてるの見たし……これだから肉食系ギャルは……」

 豊か過ぎる胸を揺らし、桃色のポニーテールの毛先を払っているのは、メンバー最年長のピーチ。

 

「陰口はペナルティ対象だよ」

「ブルーベリーの言う通り! 私たちは穢れなき愛と正義のスーパーヒロインなんだからね。それに中の人の情報は厳禁だよっ!」

 アップルが赤髪のショートボブを揺らして胸を張る。カチューシャに付いている葉っぱのモチーフが揺れた。


「ごめんごめぇーん、遅れちゃった! ごっきー、みんな!」

 黄緑色の縦ロールを揺らしながら駆け寄ってくるのはマスカットだ。

「遅い!」

「ごきげんよう」

「ごめんごめん。ちょっと色々あってさー」

「ごきげんよう。招集かかったらすぐに来ないとだめだよ。マスカットも困るでしょ?」

 優しく諭すアップルだが、実は最年少だ。

 

「あー……まぁね」

 マスカットは頰を掻いた。

 遅刻のペナルティはコスチュームが破れやすくなる、というものなので、年頃の乙女としては大変困るペナルティである。

 

「ていうかぁ〜、魔法少女は恋愛禁止って、イマドキどうなの?」

 そう言ってマスカットは顔を顰めた。

「そんなこと言ったって。純潔の乙女じゃないと変身出来ないんだから、仕方ないでしょ」

「純潔ってなに?」

「お子様なアップルはまだ知らなくていいことよ」

「えええー? きーにーなーるー! 教えてよ、ピーチ〜!」

「ねぇ、それってキスならいいってこと?」

「純潔を失わなければいいんじゃね?」

「魔法少女なんて十八の誕生日前日までの期間限定なんだから、それまで我慢すればいいでしょうが」

「そりゃ、ピーチは定年まであと一年切ってるからいいけどさぁ。あー、制服デートとかしたーい! 少女漫画みたいな恋したーい!」

「定年とか言うのやめて! 最近は後任探すのにも大変だって聞いたし、マスカット、あんた本当に迂闊なことしないでよ?」

 

 少女たちの会話に入らず、あんずはずっと俯いていた。

 魔法少女になったことをほんの少し後悔するのは、こういう話をしている時だ。


 

「はいはい、おしゃべりはそこまで!」

  魔法少女たちの上司にあたる、ピンク色のオコジョのオコジョンが、手を叩くように前足を叩いた。

 少女たちはそれまでの表情とは一変、凛々しい面持ちで敵方の方を見据える。

 

「そろそろ時間だ。いくよ、みんな!」

 

 オコジョンの掛け声で、敵の前に飛び出す魔法少女たち。

 その登場に合わせ、戦意喪失しそうな軽快なメロディーのBGMが大音量で流れ始める。


「うう……ダサッ……つら……」

「我慢して。初代から使ってる登場曲なんだし。それにもう配信始まってるんだから、キャラ変して」

 マスカットが苦虫を噛み潰したような表情をし、小声でピーチがそれを嗜めた。


 この光景は全世界にインターネットでリアルタイム配信されているのだ。


 

 レトロ過ぎるBGMが終わり、寛いでいた敵の悪の組織のメンバーが立ち上がり警戒の姿勢を取った。



 ふ、ふああ!

 あんずは妙な声をあげないよう、きゅっと唇を噛み締めた。視線は一人の男に釘付けになっている。


  

 悪の組織「ブラックエリンギーズ」

 そのメンバーのひとり、常にこちらから見て左にいる「ヒラタケ」

 一部界隈では「ブラックエリンギーズの筋肉枠」と呼ばれている。


 

 ああ、今日もカッコイイ!

 瞳がキラキラと輝き、発熱しているかのように頬が染まり、胸が高まるあんず。


 そう、あんずは敵である悪の組織ブラックエリンギーズのヒラタケに恋をしているのだ。


  


 あれは一年ほど前。

 マジカルアプリコットとして活動を始めて間もない頃のこと。

 バトル中ヒラタケに拘束されたことがある。

 互いの身体が密着したその瞬間、あんずは雷に撃たれたような衝撃を覚えた。


 な、なんて良い筋肉なのっ⁈

 こんなナイス大胸筋、お父さんもお兄ちゃんもたぶん敵わない‼︎


  

 氷鉋あんず、当時十五歳。初めての恋に落ちた瞬間であった。


  

 あんずの両親はスポーツクラブを運営している。学生時代バスケ部のエースだった父はゴリゴリのマッチョ。大学生でラガーマンの兄も立派なマッチョ。中学生でバスケ部の弟もマッチョの階段を着実に登っている。

 そんな家庭で育ったあんずは、そんじょそこらの筋肉では満たされない女になってしまったのだ。


 元々、今代のヒラタケを初めて見た時に「なかなかの筋肉をお持ちでは?」とマッチョセンサーが反応したのだが、衣装をめくったりお触りして確認するわけにもいかず、少し悶々としていたのだ。

 それが図らずとも叶ってしまい、予想通り、いや、それ以上の素晴らしい筋肉だとわかり、あんずはすっかりヒラタケに夢中(メロメロ)になってしまった。


 

 だが、魔法少女には恋愛禁止というルールがある。

 


 ああ、こんな立場で出会いたくなかったな……

 

 そう思うが、こんな立場でもこんな場面でも、会えるもんは嬉しい。恋する乙女は複雑で単純だ。



 

「やっぱり、あなた達だったのね! 町中の七味唐辛子をカレー粉に替えたのは!」


 町を騒がす現象がブラックエリンギーズの仕業だと断言するのは、アプリコットの役目。

 毎回毎回よくもまあ、しょうもない悪戯をしてくれるものだ。この台詞を言うこちらの身にもなってほしい。

 

 このアプリコットの台詞に続き、アップルが「許さない! 太陽の恵みを受けたこのマジカルフルーツシャイニングが成敗してあげる!」と宣戦布告し、お約束のバトルへと展開する。

 


「許さない! お蕎麦食べようとしたら、カレー粉とか、ひどすぎ!」

「え……ち、ちょっとアップル?」

「あたしの賄い蕎麦がっ! ひどいよ!」

 涙目で地団駄を踏むアップル。

「落ち着いて、アップル!」

 

 アップルの中の人は老舗蕎麦屋の娘なのだ。だが、それは知られてはいけない。 

 魔法少女たちに宥められ、どうにかアップルは宣戦布告。バトルが始まった。

 

 

 大抵、バトル開始の八分後にブラックエリンギーズの拘束や攻撃によりピーチとマスカットの衣装がはだけそうになるのだが、そのシーンになるとインターネットで公開中の動画視聴者が倍増する。


 その頃合いを見計らってアップルがピーチとマスカットを庇うように飛び出し、ブラックエリンギーズのイケメン枠と呼ばれるマツタケとのバトルが開始。

 ほぼ同時にブラックエリンギーズの頭脳枠シメジとブルーベリーのインターネットを介したバトルもスタートし、アプリコットもヒラタケとの空中バトルへと突入する。

 

 いよいよ、バトルもクライマックスだ。


  

 あんずの武器は、杏の花がぎっしりと集まるように咲いている、枝のようなステッキ。

 それを振り回し、魔法でヒラタケのマッチョボディを攻撃する。


 なんで肉弾戦じゃないの?

 あんずはそう思いながら、ステッキを振り、ヒラタケの筋肉に向かって光を放つ。

 

 これでも中学時代は柔道部だったのだ。関節技には自信がある。

 いや、決して腕ひしぎ十字固めをするフリをしてヒラタケの前腕筋群に抱きつき、自らの内腿で上腕三頭筋や上腕二頭筋の感触を確かめ、あわよくば三角筋や大胸筋も堪能したいわけではない。断じて違う。でもあの筋肉(うで)に抱きつきたくないと言ったら嘘になる。大嘘だ。


 

 ああ、この魔法の光が羨ましい!

 だって、ヒラタケの筋肉にダイレクトアタックしてるんだもの!


 ……あ!

 そうか。

 この光は私が魔法で出しているんだから、私がお触りしてるのと同じよね?

 やだ、私ったら……今までどうして気がつかなかったんだろう!

 

「……っあ?」

 

 邪なことを考えていたせいか、あんずは空中でバランスを崩してしまった。

 

 魔法で飛ぶにはバランスが命。そして、一度それを崩してしまうと、立て直すのは難しい。

 

「きゃあー!」

  

 あんずはそのまま頭から落下した。


 

「アプリコットーーー!」



 

 ざんっ!

 大きな衝撃のあと、そのまま枝や葉の中を突き進むような感覚がして、強く鈍い衝撃のあと、止まった。 

 どうやら落ちたのは林の中で、雪の上に着地したようだ。

 

 ……雪?

 それにしては温かいような?

 しかもなにか固いものに包まれている……?



 あんずが恐る恐る瞳を開けると、目の前には素晴らしい大胸筋……いや、黒い衣装に包まれている男性の胸部が。

 

 ま、まさか……


「……大丈夫か?」


 至近距離の顔と低い声に、あんずは目を大きく見開いた。

 雪の上に仰向けに倒れているヒラタケの上にあんずが乗っており、ヒラタケはあんずを守るように抱きしめている。当然、互いの身体は密着している。



「ごごご、ごめんなさいっ!」

 ヒラタケの上から飛び降りて三歩程後ろに飛んだあんずの顔は、年末のスーパーの魚介類売り場に並ぶタコ並みに真っ赤だ。


「怪我はないか?」

 滅多に声を出さないヒラタケに静かに低い声で問われ、こくこくと頷くあんず。



 ああ……敵である私のことを守って、心配してくれるなんて…………好き!

 

 それに、なんてイイ声……!


 あぁ……声だけでゾクゾクしちゃうなんて!

 どういうこと?

 筋肉だけじゃなく、声までイイなんて、私をどうしたいの?

 

 どうしよう。好き。

 この声にあの筋肉……反則過ぎ!

 

 もう、どうにでもして……



  

「おい、本当に大丈夫なのか?」 

「は、はいぃっ! 大丈夫ですっ! ありがとうございます! あ、あのっ、ヒラタケは大丈夫?」

 あんずはヒラタケの強めの声に我に返った。

 思わずマジカルアプリコットのツンデレキャラ設定を忘れ、ヒラタケの身を案じる。

 

「俺なら心配ない」

「よ、良かった〜」

「あぁ。規定で怪我させるのは厳禁だからな」

 そう言って、ヒラタケは立ち上がった。パンパンと黒い衣装についた雪や小枝を払っている。


「あ……うん」

「今回のことは俺が適当に誤魔化しておく」

 ヒラタケはそう言うと、こちらを振り向くことなく山道を歩き始めた。


 

「……あ」

 

 あんずは胸が締め付けられる感覚がした。

 何かに縋りたくて、ステッキを握りしめる。

 

  

 あんず達が契約して魔法少女をしているのと同じように、ブラックエリンギーズのメンバーもまた、契約して悪の組織のメンバーをしているのだ。


 そんなこと、わかっていたはずなのに……


  

 


 今日のあんずはなんだかおかしい。

 

 穂高は自分の斜め一歩前を歩く幼馴染の二つ結びの黒髪を眺めた。


 いつもなら、やれあのスポーツ選手の上腕二頭筋がスゴイだの、やっぱり男は大胸筋が命だと思うのだの、弟のマッチョレベルが上がって嬉しいだの、聞きたくもない筋肉話をしてくるのだが、今日のあんずは一言も喋らず、俯いている。しかも時々ため息まで漏らすのだ。正直調子が狂う。

 


 おかしいといえば、昨日のマジカルアプリコットも、なんだか様子がおかしかった。


 空中バトル中、バランスを崩して落下したので思わず庇ってしまった。それは仕方ない。怪我させることは厳禁だし、ペナルティ対象だから。

 昨日は頭脳戦が盛り上がっていたので、落下中にアプリコットから必殺技をくらったと誤魔化すことが出来たのだが……

 まぁ、最終的にこちらが負ければ経過はどうでもいいので、それはいいのだ。

 

 あの時、彼女は大丈夫だと言っていたけど、本当は怪我をしていたのではないだろうか。

 

 気になるが、確かめる術はない。

 

 今のところ、上司であるダークカモシカからの連絡は無いので、大丈夫だとは思うのだが……



 実を言うと、マジカルフルーツシャイニングのメンバーでの最推しはアプリコットだ。

 それというのも、どこかあんずに似ているからで……

 だが、そんなことを友人(あいつら)に知られたら、確実に揶揄われるし、なによりも恥ずかしい。

 だからピーチ推しということにしている。

 まぁ、胸の大きなお姉さんも嫌いではないし。

 

 

 ふと見上げた空は、どんよりと灰色の雲に覆われている。

 今は止んでいるが、大雪警報が出ているため、またいつ雪が降り出してもおかしくない。


 一昨日の夜から明け方にかけ、ドサドサと雪が降り積もった。除雪されないまま、昨日一日かけて車や歩行者に踏み固められた住宅地の道は、氷点下の気温もあり、天然のスケートリンクと化している。


 

 穂高はため息をついた。


「なぁ、あんず。今日おかしいぞ。変なもん拾って食ったか?」

「……なんでそうデリカシーないの、あんたは」

「はあ? 人が心配してるのに。なんだよ、それ」

「うるさい。私だって年頃の乙女なんだから、色々あるんだってば!」

「と、年頃の乙女ぇ〜? ……く、ぶはっ!」 

 吹き出してゲラゲラ笑う穂高。

 

「ちょっ……笑うな、きゃっ……」

 笑い続ける幼馴染の腕か胸を叩いてやろうと手を伸ばしたあんずだが、踏み出した足を滑らせ、そのまま穂高の胸に飛び込んでしまった。


 

「……大丈夫か?」


 

 至近距離で聞こえた声に、あんずは目を大きく見開いた。

 勢いよく顔を上げ、穂高を見つめる。


「穂高、あんた……」

「……な、なんだよ?」

 

 はたから見たら抱き合っているように見えるだろう。居心地が悪くなり、穂高は思わずあんずから目を逸らした。

 

 だが、あんずはそのまま動かない。

 

「……あんず?」

 視線を戻すと、あんずは首を傾げて考え込んでいる。

 そして、穂高の胸をペタペタと触り始めた。

 

「おいこら、何してんだよ?」

 あんずを引き剥がして睨みつけるが、あんずは穂高の方を見ていない。

 

「……うん……気のせいよね。穂高はマッチョじゃなくてマッチ棒だもん」

 自分の世界に入っているあんずは、自らの独り言に納得したように頷いている。

 

「な……っ!」

 文句を言ってやりたいが、どちらかというと細身であることは事実なので、穂高は何も言うことが出来ない。

  

「いや、失礼失礼。穂高もうちのお父さんに筋トレ指導してもらえばいいのに」

 そう言ってあんずは両手をひらひらとさせた。

 

「……マッチョなら誰でもいいのかよ」

 思わず不機嫌な声が出たが、本心でもある。

 じろりと睨みつける穂高。

 

「……そ、そういうわけじゃ、ないけど」

「目ぇ、泳いでんぞ」

「だ、だって、勿体ないって! 穂高、背も高いしさ。これでイイ筋肉ついてたら、さぃ……」

 途中でものすごく恥ずかしいことを言おうとしていたことに気がついたあんずは、穂高から視線を逸らした。

 

「なんだよ。俺にイイ筋肉がついたら、どうなんだよ?」

 穂高は眉を寄せてあんずに詰め寄る。

 

「……き、筋トレはイイよっ! 筋肉をいじめ抜いた先に見えるものがあるって、お父さんもお兄ちゃんも言ってるし。穂高は伸び代しかないから、見えてくるものがいっぱいあるはずだよ!」

 あんずは穂高にマッチョへの道を勧めた。

 半分は恥ずかしい発言をしようとしたことから逃げるためだが、半分は本気の勧誘だ。

 しかも、それはそれはいい笑顔で。


 

 畜生。なんでこんな筋肉のこと話してる時、可愛いんだよ!

 

  

「…………」 

「穂高?」

 

「この……ッ、筋肉バカが!」 

 穂高はそう叫ぶと、あんずに背を向けて歩き始めた。

 

「え? なんでそんな怒るの? 穂高も筋トレしよーよ、筋トレ! 筋肉は裏切らないよ!」

「筋肉筋肉うるせー!」

「待ってよ、穂高ー!」



 

 平柴(ひらしば)穂高(ほたか)には秘密がある。


 

 ひとつは悪の組織「ブラックエリンギーズ」のメンバー「ヒラタケ」であること。


 もうひとつは……




 

「俺がマッチョになったら……俺のこと、男として見てくれんのかよ……」

 

 白い息と共に吐き出された言葉は聞こえないだろう。いや、聞こえなくていい。

 

「待ってってばー! こらー穂高ー!」

 数十メートル後ろで叫んでいる幼馴染には。


  

 

 これは、とある魔法少女と悪の組織の少年の、秘密の恋の物語──



 

 雪が、ちらちらと舞い始めた。 

 



────────────────────────


【登場人物】


《ご当地魔法少女マジカルフルーツシャイニング》


※マジカルアプリコット

杏色の瞳に杏色のツインテール。ツンデレ枠。

変身時には胸は魔法で盛っている。

中の人は、氷鉋あんず (ひがの あんず)

黒髪を耳の辺りでふたつ結びにしている。

胸がささやかなことに悩む、筋肉好きの恋に恋するお年頃の十六歳(高校一年生)

兄と弟がいるが、繊細な男心がわからない、ちょっと鈍い子。


※マジカルマスカット

黄緑色の瞳に黄緑色の縦ロール。お嬢様枠。バトルではほぼ役に立たない。

中の人は、檀田 房子 (まゆみだ ふさこ)

はちみつ色のストレートロング。

ギャルで恋愛願望が強い。溺愛系の少女漫画が好き。十六歳。高校一年生。

 

※マジカルアップル

赤い瞳に赤い髪のショートボブ。元気っ娘。正義感の強いリーダーポジション。

葉っぱの飾りのついたカチューシャをしている。

中の人は、御厨 歩夢 (みくりや ぽむ)

変身前もショートボブ(黒髪)

兄が二人いるためか、ちょっと甘えん坊なところがある。

家は老舗の蕎麦屋。

小学生に見えるが、中学一年生。十三歳。


※マジカルピーチ

桃色の瞳、桃色の髪。ポニーテール。お色気担当。バトルでは役に立たないが、色仕掛けで何を逃れること多々。

中の人は、塩生 百香 (しょうぶ ももか)

黒髪ボブ。

気が強い。クラス内では姉御と呼ばれている。房子とは同じ学校で、委員会の先輩後輩。十七歳。高校二年生。


※マジカルブルーベリー

青紫色の瞳に青紫色の前髪ぱっつんストレートロング。優等生キャラ。頭脳戦担当。

中の人は、鑪 あお (たたら あお)

少し茶色っぽい髪色のショートヘアで、天然パーマ。

少しオタクなところがある、ごく普通の十五歳。

中学三年生。学校の成績は良く、将来の夢は医師になること。


※オコジョン

ピンク色のオコジョ。

魔法少女たちの上司。中の人などいない。



《悪の組織 ブラックエリンギーズ》


※ヒラタケ

筋肉枠。

中の人は、平柴 穂高 (ひらしば ほたか)

あんずとは家が隣で幼馴染。

背は高いけど細身。元陸上部員(長距離)

本当の推しは、どこかあんずに似ているマジカルアプリコットだが、恥ずかしさもありピーチ推しだと言っている。

十六歳。高校一年生。あんずとは同じクラス。


※マツタケ

リーダー。イケメン枠。

中の人は、有旅 聖 (うたび ひじり)

ギャル男。十七歳。高校二年生。


※シメジ

頭脳戦担当。

中の人は、伺去 剱 (しゃり つるぎ)

大柄だが、実は中学一年生。十三歳。


※ダークカモシカ

真っ黒な毛のニホンカモシカ。

ブラックエリンギーズのボス。

中の人などいない。



※ブラックエリンギーズの悪戯遍歴(一部抜粋)


雪道にバナナの皮をばら撒く。


町中にそばの花のプランターを置き、そばの花の臭いを充満させる。

(*そばの花の香りは、香りではない。匂いでもなく臭いである)


運動会の玉入れの玉をヨーヨーに替える。


町中の七味唐辛子をカレー粉に替える。

  

 

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