疎遠になった友達ともう一度仲良くなる方法
「あ」
ばったりと、であった。
俺、太刀川仁夜は高校に進学して一年が経ったある日、帰り道にばったりと昔の友達と出会ったんだ。
春風美玲。
幼稚園の頃はそれこそずっと一緒に遊んでいた。一番仲がいい友達といえば春風さんの名前をあげていたし。確かはるっちとか呼んでいたっけか。まあ今にして思えば女の子を連れて泥まみれになるような遊びばっかりしていた当時の俺は本当ガキだったんだが。
とはいえ小学校にあがると同性同士で遊ぶのが普通で、女友達と一緒にいたらからかわれるもんだ。それを、恥ずかしいと感じてしまった。今思えば別に恥じることでも何でもないはずなのにだ。
だから、友達のアイツにお前女と一緒に遊んでいるのかよとか何とからかわれた時に思わず言ってしまったんだ。『そんなんじゃない』って。あの心にもない言葉が致命的だったんだと思う。
そこから段々距離をとるようになって、中学にあがってからは話すこともなくなっていった。その頃には学校で話題になるほどに美人に成長して多くの生徒に人気の春風さんにパッとしない平凡な男子中学生がおいそれと声をかけられる雰囲気じゃなかったのもあったけどな。
そんな状態だったから別の高校に進んだ俺たちの接点は完全になくなった。幼馴染みってヤツだろうとももう二度と会うこともないんだろうなと、そんな風にどこか諦めさえあったんだが、まあ別に俺も春風さんも実家を出たわけでもないんだからばったり会うこともあるよな! 歩いて一分、幼稚園児の足でも遊びに行ける程度の距離しかないんだから。
そう、歩いて一分。
会おうと思えばすぐに会えるくらいの距離しか離れていなかったはずなのにこうしてばったり会うまでの一年間顔も見ることがなかったのは物理的距離以上に心の距離が離れていったからか。
「ああ、あーっと、だな」
もちろん俺の制服とは違う制服姿の春風さんはここ一年見ないうちにさらに綺麗になっていた。それでも昔の、泥にまみれて一緒に遊んでいたあの頃の面影があると思うのは俺の願望まじりなのか。なのだろう。あの頃よりもずっとずっと綺麗なんだから。
「ひさしぶり、だな?」
「……そうね」
「…………、」
「…………、」
果たしてどんな反応を期待していたのか。
会話なんて続くわけがなかった。幼馴染み。そんな風に呼べばさも特別なようであるが、言ってみれば単なる偶然の産物だ。現に俺と春風さんは気がつけば一年も顔を合わせずに、いいやそれよりも前に会話さえまともにしてこなかった程度の関係性でしかないのだから。
「それじゃあ……またな」
『また』なんて、そんなものあるわけがないと心のどこかで思っていながらも口はそう動いていた。
そうして春風さんの横を通り過ぎ──
「まって!!」
──ようとしたところで勢いよく手を掴まれた。
強く、強く。
どうしてそんなに力を込めて、必死になって俺なんかを引き留めたのか。
その理由は俺にはわからなかったけど。
「ちょっと、その、今から時間ある?」
「ある、けど」
「だっだったら! ちょっとお話ししよう、しようよ、いいよね!?」
「お、おう」
少なくとも前のめりに突っ込んでくるようなその誘いを断る理由は俺にあるわけもなかった。
ーーー☆ーーー
おしゃれな喫茶店だった。
寄り道といえば友達とジャンクフードを摘んだり、ゲーセンで馬鹿騒ぎするくらいが精々の俺には無縁すぎる場所だった。
そんな場の空気に萎縮して注文一つとってもおぼつかない俺と違って春風さんは慣れたものだった。こういう場所にもよく足を運んでいるんだろう。疎遠になってからの中学の三年間、そして高校の一年間。俺の知らない時間を積み重ねて。
しっかしお話し、か。
今更俺と何を話すつもりなのやら。
間がもたずに誤魔化すように注文したコーヒーを啜るのにも限度はあるぞ。こう、カップに口をつけて飲んでいる風を装って実はほとんど飲まずにできるだけ引き伸ばすのにもな!
「あの、たっ……太刀川、くん。太刀川くんは今何しているの?」
「何って、あー……勉強も部活もせずに遊び歩いているだけだな。春風さんは?」
「っ。私は、うん。生徒会に入ってて、今度の生徒会長選挙に立候補しようかなって思って。今のうちから当選するためのアピールを頑張っているところかな」
「そっか」
「う、うん。そうだよ」
ぎこちない。
明らかに無理しているのがわかる。
昔は違った。それこそ幼稚園の頃は周りの目も気にせずに大声で喋って笑って繋いだ手をぶんぶんと振って何をしても二人一緒ならそれだけで楽しくて。
そういうのは終わったことだってわかっていても、どうしても比べてしまう。どうして春風さんは俺と話をしようだなんて言い出したのか。昔いくら仲良くっても、今は違う。こうなるってわかっていただろうに。
──実を言えば、だ。
俺は春風さんが高校で生徒会に入っていることを知っていた。昔からの男友達のアイツが春風さんと一緒の高校に通っていて、雑談感覚で春風さんの近況を話しているからな。……いやまあ俺がそれとなく春風さんのことを話すよう誘導しているんだが。
つーかアイツはガキの頃に俺と春風さんのことをからかってきた筆頭なんだがな! いや春風さんとの関係がこうなったのは俺のせいってのはわかっているんだが。
生徒会所属の美人さん。
中学の時と同じく皆に人気な春風さんは誰にでも優しく、文武両道で、人生に不足なんて一切感じることがない幸せな日々を送っている……らしい。少なくともアイツから見た春風さんはそんな感じなんだ。
そんな春風さんにこんな困った顔をさせている。
どんな相手にも優しく、優雅で、自然と場の中心に立って空気を明るく変えるのが中学の、そして今の春風さんだというのにだ。
それだけ俺が嫌いなんだろう。
それでも嫌悪感が全面に出ないのはそれだけ春風さんが優しいからだ。
早く終わらせよう。
俺に何かしらの話があるようだが、そんなものさっさと終わらせて早く春風さんを楽にしてやらないと。
またあの頃のように、だなんてそんなくだらない期待はするだけ無駄なんだから。
「それで、話ってのは?」
「え?」
「何か俺に話があったんだろ?」
「あ、えっと、その……」
よほど話しにくいことなのか、視線を下に落として指を絡ませて言い淀む春風さん。
そしてハッと何かを思いついたように顔を上げたかと思えば取り出したスマホを俺に差し出してって、なんだ?
「連絡先っ、交換しよう!」
「……なんで?」
「なんでって、それは、そうそうっ。もう時間も遅いし、話はまた今度ってことで、ねっ!?」
「別に話をする時間くらいは全然あるんだが」
「とにかく! 話はまた今度したいからとにかく連絡先を交換しようそうしようそれがいいよ!!」
「お、おう」
言われるがまま連絡先を交換した。
したんだが、次がある、のか? 実感が湧かない。昔の友達。今はもう顔を知っているだけの過去の人になってしまった。俺がそうしてしまった。だから縁はとっくに切れたはずだったんだが……。
「これでいつでもたっ、太刀川くんと……えへへ」
だから。
俺にはどうして春風さんが笑っているのか、その理由がわからなかった。
ーーー☆ーーー
数日後、休日に俺は駅前で待ち合わせをしていた。
春風さんを待っているんだ。……なんで?
いやまあ向こうから時間があるなら出かけないかとお誘いがあったわけだが、本当なんでだ? 話をするため? だとしても電話で済ませればいいだろうに。というかそう提案したらそれは駄目だと断固拒否されたわけだが。
そんなに重大な話なのか?
確かに俺は昔やらかしたわけでそのことを糾弾されるのかもだが、それならばったり出会ったその時に思いきりぶつけてくれればよかったわけで、他に俺と春風さんの間で何かあるかというと思い浮かばないし、ううむ。どんな話をされるのやら。
「おっおおっ、お待たせ!! ごめん待ったよね!?」
「いや、まだ待ち合わせ時間の十分前だか、ら……」
「あ、あれ? 何か変かな?」
「い、いや」
綺麗だった。
ああくそ本当に綺麗だ! 白を基調とした春風さんに思わず見惚れてしまったほどには。
「……何でもない」
まあ素直に綺麗とかそんなこと言えるわけもないんだが。デートじゃないんだ。春風さんだって俺なんかにそんなことを言われても困るだけだろ。
「そ、そうなんだ」
どこかしゅんとしているのは俺の見間違いだ。そうに決まっている。
「それより何か話があるんだろ? 早く終わら──」
「ねっねえ! 映画を見よう!!」
「は?」
「あの、そのっ、あれだよ! 今日は私が呼び出しちゃったからね! お詫びに奢ってあげるから!!」
「そんな気にする必要は──」
「友達がね、すっごく感動したって言っていた映画があるんだよ!! 私も観たいと思っていたし、奢りなんだし、一緒に観て損はないと思うよっ。ね、ねっ、そうしようよ、ねっ!?」
「お、おう」
何が何だかわからなかったけど。
前のめりになってそう言う春風さんの誘いを断る理由もなかったのでついていくことに。
そんな判断を俺は早速後悔していた。
休日ということで映画のチケットを買うのに結構な行列に並ぶ必要があるわけで、待ち時間があるわけで、何もしない時間が流れるわけで、つまりすっごく気まずいわけだ!!
何か話をしないと。
この空気はちょっと耐えられない。
「「あのっ」」
「……なんだ?」
「い、いや、私は全然そんな何でもないから。それよりたっ、太刀川くんのほうが何か言おうとしていたみたいだけど」
「俺こそ、別に……大したことじゃないから」
「そ、そう、なんだ」
「おう」
よりにもよって春風さんが話そうとしたタイミングと被って、わざわざ言い直すこともできずにさらに気まずくなって。
昔はどうしていたんだろう?
どんなことを話していたんだろう?
二人で泥にまみれて遊んでいたってのは覚えているけど、詳細までは朧げだ。過去のことだから。もう十年くらい前のことなんて忘れて当然だ。
どうして春風さんは映画を観ようなんて誘ったのやら。
俺と春風さんはもうそんな関係じゃないのに。
ーーー☆ーーー
まさかのサメ映画だった。
つーかクソ映画だった!!
春風さんの友達、あの映画のどこに感動したってんだ!?
いやまあこれはこれで笑い話になるんだろうが、今の俺と春風さんだと微妙な空気にしかならないんだよな。感動して興奮して感想を言い合うのが止まらないとかそんな展開になるわけもないし。……もしかしたらそういうのがきっかけで気まずくなることなく話ができるくらいの関係になれるんじゃないかって、そんな期待が少しでもなかったわけでもないんだが。
映画館を出た俺たちは意味もなく駅前を歩き回っていた。どこに寄るでもなく、会話が弾むわけもなく。
もういいだろう。
これ以上は時間の無駄だ。
「それじゃあ、なんだ。そろそろ春風さんの話を聞かせてくれないか? 何か話があるんだろ?」
「え? あ、それは、えっと、あっ。お腹空いていない!? 近くに美味しいお店が──」
「春風さん」
どうして春風さんが頑なに本題に入らないかわからないが、ここらで終わらせるべきだ。
俺はいくらだって付き合っていいが、春風さんは違う。
俺なんかのために時間を無駄にさせるわけにはいかない。
「話してくれ、頼む」
「あ……うん。話す、話すけど……ねえたっ太刀川くん」
じっと。
俺を見つめて、そして春風さんはこう言ったんだ。
「ううん。たっつー。ごめんなさいっ。私に何か気に食わないところがあるなら言ってくれれば直すから、だからっ、お願いだから私と仲直りしてください!!」
…………。
…………。
…………な、ん?
なんで春風さんが謝っているんだ?
俺が全部悪いのに。
周りからからかわれるのが嫌で、恥ずかしくて、遠ざけた。
いいやそれだけじゃない。
春風さんは同年代の女の子に比べても可愛く成長していった。泥にまみれて遊んでいた友達が女の子なんだって意識してしまった。
変に意識する感覚がどうにも収まりが悪く、どうしていいかわからなかった。嫌いなんかじゃ絶対になくて、怖いというのもちょっと違って、今でもあの時の気持ちが何だったのか明確に言葉にできないけど、少なくとも幼稚園の時みたいに二人揃って泥まみれになって笑い合うような関係のままではいられなかった。
それが、なんだ、とにかく困った。
『そんなんじゃない』って春風さんを遠ざけた。
そんな馬鹿な俺のことを春風さんは『たっつー』とそう呼んでくれた。
昔のように。泥にまみれて遊んでいた時のように。
「春風さんが謝る必要はない。俺が全部悪くて、だから俺が責められるならわかるが、なんでそうなるんだ!?」
「何でもいいよ。またたっつーと一緒に笑い合えるなら、仲直りできるなら! そんなのどうだっていいよ!!」
どこまでも必死に。
いつだって余裕があって、優雅で、そんな伝え聞いている『皆に好かれる優等生』とは違って。
「昔のように私のことはるっちって呼んでよぉっ!!」
それは。
だって。
本当は俺だって──
「ごめんな。あの時、はるっちのこと遠ざけてしまって」
「もういいよ。何でもいいよ。だから……また、私たち、友達になれる?」
「はるっちが許してくれるなら」
「もう離れたりしない?」
「はるっちが嫌がらない限りはな」
「ばかっ。ばかばかっ!! いきなり距離をとられて本当に悲しなかったんだからねっ! あんなこともう二度としないでよね、ばかぁっ!!」
そう叫んで飛び込んできた春風さんを俺は抱き止めた。昔はこうして春風さんを抱きしめることも多かった。もちろん感触とか色々と昔とは違っていたんだが。
春風さんも俺も昔よりも成長している。
変わっている。
それは動かしようがない事実なんだから。
ーーー☆ーーー
「や、やっほー! たっつー!! 今日も楽しく遊ぼうそうしようやっふー!!」
もう見るからに無理があった。
一応は仲直りしてから何度か春風さんとはこうして休日に集まって遊ぶこともあったんだが、こう、見るからに無理にテンションを上げているんだよな。
中学で遠目から見ていた春風さんも、友達のアイツから聞く高校での春風さんもこんなんじゃない。優等生で、あくまで優雅に、それでいて自然と場の空気を和ませてくれるような感じなのだから。
まあ昔は俺も春風さんも泥にまみれるくらい遊んでいて、同年代の子供よりもはしゃぎまくっていた気がしないでもないが。
再会した直後のような極度の気まずさはなくなった。
普通に話すくらいはできるようになった。
だけど、どうにも違和感が拭えない。
それこそ春風さんは昔の自分に少しでも近づこうとしているようだが……。
「もお、テンションが低いよっ。元気いっぱい楽しんでいっこう!!」
「お、おう」
俺が望んでいるのはこれなのか?
春風さんに無理をさせて昔のような関係に戻ることが?
そもそも今日この日まで積み重ねてきたものを全て無視して昔のような関係に戻ることなんてできるのか?
と、そこで横からこんな声がかかった。
「あれ? 春風じゃん」
「よおっ!!」
「こんなところで春風に会えるとか今日はツイてるなぁ」
目を向けると、そこにはいかにもチャラそうな、それでいてモテるだろうなと思える顔立ちの三人組の男が立っていた。俺と同じ高校生か。というか春風さんと同じ高校の生徒って感じか?
「俺たち今からカラオケに行こうと思ってんだが、春風も一緒にどうだ?」
「ごめんなさい。私、今日はたっつーと二人で遊ぶから」
「たっつーって、まさかそいつのことか?」
ジロッと威圧するように見据えてくる野郎ども。
その目は明らかに俺のことを見下していた。
「こんなのと二人きりで遊んだってつまんないだろう?」
「そうそう。こんな冴えない奴は放って俺らと一緒にいこうぜ」
「つーかお前さ、春風とつり合ってねえから。弁えて距離をとるのが普通じゃね?」
「なっ。謝ってください! たっつーは──」
思わず、だ。
俺は野郎どもじゃなくて、俺のために口を開いてくれた春風さんのほうを手で押さえていた。
散々な言われようで、だけどつり合ってないってのは図星で、そこは変えられない事実で。
俺なんかが春風さんと仲良くなれたのはまだ『差』がわかりにくい幼稚園の頃に出会ったからだ。理由なんてたったそれだけなんだ。
だから『差』が大きくなっていくごとに距離も開いた。それは事実なんだから目を逸らすわけにはいかない。
俺たちはつり合っていないんだ。
春風さんの横に立つ男はもっとずっと優れているべきなのかもしれない。
だから。
だけど。
「それでも、俺は美玲と友達になりたいんだ」
違和感はあった。
昔のように、それこそ昔に戻ったように仲良くなろうとする春風さん……いいや、美玲に。
だって戻るには時間が経ち過ぎている。
俺も美玲もあの頃とは変わってしまっている。
どうあっても、どれだけ後悔しても、過ぎた時間は戻らない。
だけど、それでも、俺は仲良くなりたいんだ。
昔のはるっちとじゃない。今の美玲と。
きっかけこそ過去に一緒に遊んでいた友達だったからなのかもしれないが、何がどうであれ今の俺はそう望んでいるんだ。
つり合っていないから、周りからとやかく言われるから、変に意識してしまうから、ガキだった俺は『はるっち』から遠ざかった。
もう二度と後悔したくない。
だから同じ過ちは犯さない。
何を言われようが、どんな壁が立ち塞がろうが、俺は絶対に美玲の隣に立つ。絶対にだ!!
「けっ。生意気な奴だ。もういいや、いこうぜお前ら!」
「はいはい格好いいなあーっと」
「なんだラブラブかよ、爆発しろクソッタレ」
と、何やら吐き捨てながら野郎どもはすんなり立ち去っていった。あれ? もう一波乱くらいは覚悟していたんだが、やけに簡単に引き下がったな???
「あの、今のは……」
「ん、ああ。そうだな。改めて言わせてくれ」
悔しいが、さっきの野郎どものおかげで言語化できていなかった違和感を勢いで形にできた。だったら後は伝えるだけだ。
「俺は今の美玲と仲良くなりたい。『はるっち』でも『春風さん』でもなくて『美玲』とだ」
呼び方一つ変えたからって何か大きく変わるわけでもないのかもしれない。だけどやっぱり変わるためには小さなことでも積み重ねていくしかないんだ。
だから。
だから。
だから。
「美玲。俺と友達になってください」
しばらく美玲は何も言わなかった。
やがてゆっくりと口元を緩めて、そしてこう答えてくれたんだ。
「うん。わかったよ、仁夜」
ここから始めよう。
『昔の』俺たちと同じくらい、いいやもっとずっと仲良くなってやる!!
ーーー☆ーーー
翌日。
俺は男友達に電話をかけていた。
小学校の時に俺と『はるっち』が一緒にいるのをからかってきたアイツに。
「お前だろ、三人組に俺たちに絡むよう指示したのは」
『んー? バレちった?』
「そりゃあれだけすんなり引き下がったらな。何のつもりだ?」
『まーこれでも責任感じていたわけですわ。僕のせいで君らの仲が拗れたなーって。だから刺激的なイベントで仲直りに少しでも貢献できればなと』
「変に気にしやがって。俺が馬鹿だったってだけなんだからそう気にするな」
『それもそっか☆』
「……開き直られるとそれはそれで腹立つな」
『で? 仲直りはできたかにゃー?』
「また最初から始めることにした。今の俺と今の美玲とで仲良くなれるようにな」
『ふうん?』
「今の美玲とちゃんと向き合って、仲良くなりたいんだ。今度は絶対に後悔しないように」
『まあ過ぎ去った時間がもたらす変化を埋め合わせるってのは大事かもな。だけど、うーむ。ぶっちゃけ押し倒せばそれで済む話なんだけどなぁー』
「なんでそんな話になるんだ!? 友達っ、あくまで俺たちは友達になったんだから!! 大体美玲が俺のことをそういう対象として見ているわけないだろっ!!」
『ひでえ野郎だ。まーこれはこれで面白いからこれ以上は何も言わないけどにゃー。禊は済んだわけだしここからは特等席で存分に楽しませてもらうから☆』
「……、とりあえず今度会ったら一発殴っていいか?」
ーーー☆ーーー
春風美玲は太刀川仁夜のことが好きだ。
いつからだなんてそんなの明確に覚えてすらいない。
とにかくずっと好きだったし、ずっと一緒にいるものだとそう思っていた。
小学校にあがってから彼との仲を周囲からからかわれることもあったが、そんなものは気にならなかった。好きだから。だから他人なんてどうでもよかった。太刀川仁夜さえそばにいてくれたらそれだけで彼女の人生は光り輝いていたから。
だから。
『そんなんじゃない』というその言葉と共に太刀川仁夜から距離を取られていったことが信じられなかった。
近づこうとしても離れていくだけで、強引に迫ったら致命的に嫌われてしまうのではと怖かった。
だからせめて太刀川仁夜が自分に興味をもってくれるよう努力した。もう一度近づいてくれるように、できるだけ魅力的な女になろうと。
だけど、努力すればする分だけ距離は開いていった。
中学にあがってからは会話すらも難しくなった。
もうどうすればいいかわからなかった。
せめて学校だけは一緒のところに進もうとしたのに無駄に努力したせいで学力という無価値な分野においてだけなら太刀川仁夜のほうが遥か下になってしまい、どうやっても彼と同じ高校に通うのは不自然になってしまった。
流石に両親から将来のことを考えろと必死に懇願されては無視するわけにもいかずに太刀川仁夜とは別の高校に進学することになった。
それからの高校生活は地獄だった。二人の共通の友人(ということになっているが、小学生時代にからかって二人の仲を引き裂いたことはいずれ絶対に後悔させてやると恨んでいる)男から太刀川仁夜の近況を半ば無理矢理聞き出す時以外の時間はまさしく空虚で拷問のようでさえあった。
『あ』
そんなある日、太刀川仁夜とばったりと出会ったのだ。
この奇跡を逃せばもう二度と昔のように仲良くはなれないと思ったら身体が勝手に動いていた。
『まって!!』
結果として昔のようには戻れなかったけど。
それでも。
『美玲。俺と友達になってください』
『うん。わかったよ、仁夜』
今の太刀川仁夜と仲良くなれるなら文句があるわけもなかった。
「ずっと。ずっとずっとずっと大好きだったんだよ」
『たっつー』でも『太刀川くん』でも『仁夜』でも何でもいい。この世でたった一人、太刀川仁夜と一緒にいられるならそれだけで幸せなのだ。
「だから」
きちんと伝えよう。
二度と昔のように後悔しないためにも胸に秘めた想いをぶつけよう。
「もう、絶対に、離さないから」
太刀川仁夜のほうから遠ざかっていかないよう、その手を強く強く掴んで離すつもりはない。何があっても逃がさない。
友達のその先に。
大好きな『貴方』とずっと一緒にいられるように。