9【皇太子エクレール視点】可愛い弟の婚約者
僕は、足取りも軽く、自身の執務室に戻る。
今日は有意義な時間を過ごせた。可愛い弟の顔も、久しぶりに見られたし。
ヴィアラテア・ルポルト侯爵令嬢……希少な闇属性の魔力の持主。
思わぬ拾いものだったかもしれない。
話には聞いていたが、中々豪胆な少女だった。
執務室で机に向かい、全員を下がらせる。引き出しから、ヴィアラテアと闇魔法に関する報告書を取りだす。僕は、元々魔法の研究が好きだった。魔法の扱いのセンスが良いと褒められた事もあるが、それは違う。魔法の神秘に魅力を感じ、あらゆる角度から研究するのが好きだったから、使える魔法が多くなっただけだ。
闇魔法なんて、特に面白い題材だ。神秘の塊のような存在だ。
そのサンプルの少なさから、他の属性魔法より分かっていない事が多いが、それが余計に興味を引く。
探究心がそそられる。
闇属性魔法使い達の仕事は、確かに重要だ。
魔力溜まりや魔獣の抑制もそうだが、他国の間諜に闇属性魔法使いがいた場合、そいつらの対応もしてもらわねばならない。だからこそ、国は闇属性魔法使いの機嫌も取りたい。魔法を使ってもらえなければ困るから。国の……王家の味方で居て貰いたい。なら、どうすべきか?
かつては、聖女のように扱った事もあったらしい。けれど、その結果は散々なものだったと言う。
貴族の中で闇魔法に目を付けた者がおり、その者が誘導し王家に差し向け、王家が分裂し、国が乱れたとか……。その結果、民意が乱れ、迫害の憂き目にあった。貴族達も、全ての責任を闇属性魔法使いになすりつけた。
結局、力で押さえ付け、徹底的に孤独にすることで、身動きできなくさせる事しか出来なかった。それは、闇魔法を悪用しようとする者から守る意図もあったし、貴族や民意からも守る意図もあった。闇属性魔法使いは、争いを好まず、賢い人が多いようで、王家の決定を従順に受け入れていた。
……気に入らない。
貴族達に、国民に、闇属性魔法使いに、国はどこまでも板挟みだ。
そもそも、分かり易く魔力抑制具なんて付けて……闇魔法を恐れている事を、情けなくも声高に語っている様なものだ。もっと根本的な部分を解決しなくてはいけない。
ルポルト侯爵の宣言は、貴族としては奇特なものだったが、人としては全うなものだった。今後の時代を表す様な、センセーショナルなもので、実は僕はとても気に入っていた。陛下も思う所があるようで、ルポルト侯爵の意見を拒否されなかった。それがまた、他の貴族達の動揺を誘った。今後、ヴィアラテアの動向に、かなりの注目が集まるだろう。
ふと、先刻の彼女の様子を思い出す。
本当に、聡明な子だった。あらゆる事情を、きちんと受け止め、その上で、自分の意見を持っていた。
あいつの言っていた通りだ。
人と人の出会いは、時に化学反応を起こす。
何かをきっかけに、静電気を起こし、あらゆるものを引き付けながら転がって膨らんでいく。
長年、膠着状態だった闇魔法への対応。
部屋から出なくなった、賢い弟。
……ささやかな願いを、胸に秘めた親友。
一石を投じられたらと思った。
最悪、現状維持に留まるだけで、それ以上悪い事にはならないかなと思ったし。
「さて。お前はどう動くかな……リヴ」
僕は最近、楽しくて仕方ない。