7【リヒト視点】僕の憧れの人
まずは、手紙のお礼を言わなくちゃ。それから、ずっと待たせていた事やあの日、逃げてしまった事をきちんと謝罪して……。午後の日も傾いてきた頃、そんな事を考えながら、足早にガゼボに向かう。差し込むオレンジの日差しが、とても暖かい。
ガゼボの入口に差し掛かると、遠目に人影を見つける。緩やかに波打つ藍色の髪の少女と、光輝くような金色の長い髪の細身の青年。あれは……
「こ、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。ルポルト侯爵領が娘、ヴィアラテア・ルポルトでこざいます。」
兄上!?僕は咄嗟に生垣の影に隠れる。
護衛達数人が、僕の姿に気がつき驚いている。こっちを見ないでくれ。
「ああ、表をあげて。エクレール・ヴァン・アルフェイムだよ。はじめましてだね。
僕も、お茶の席に誘われても良いかな?」
「は、はい!もちろんでございます」
エクレール兄上は、僕の6歳上の兄だ。強い金色の髪と瞳は、一見光属性に見えるが、実は雷属性を有している。実際に魔法を使う所をあまり見た事がないけど、その魔力量と魔法の扱いのセンスはずば抜けてると聞いた事がある。
体は細身で小柄だが、その魔力と明晰さ、堂々とした風格は、次期為政者として疑いないと言われている。僕も、ずっと憧れていた。……今は、あまりにも出来が違い過ぎて、少し塞いでしまうけど。
「……手紙を書いていたの?」
「は、はい」
兄上がテーブルの上の便箋に微かに触れる。僕への手紙だろうか?
「……ふぅん」
兄上は、にこりと微笑むとすぐに向かいの席に腰を掛ける。ルポルト侯爵令嬢も、それに倣い腰を掛け、手早く便箋類を一纏めにし、侍女に渡す。……緊張からか、どこか動きがぎこちない。
兄上は、用意されたカップを口につける。ふっと視線をあげたら、少し驚いたように目を見開いた……気がした。もしかして、気付かれたかな? 嬉しそうに……微笑んだようにも見えた。
けれど、やっぱり何事もなかったかのようにルポルト侯爵令嬢に声を掛ける。
「急に申し訳ないね。ヴィアラテア……で、良いかな? 僕の事も、君の好きなように呼んでくれて良いから」
「は、はい」
「弟が申し訳ないね。ずっとここで待ちぼうけなんだって?
「い、いえ。わたくしが好きでやっている事なので」
「勉強の方もとても真面目にこなしていると聞いたよ。暮らしの方は、どうだろう?
困っている事は、ないかな?」
「い、いえ。とても良くして頂いています」
「そう……」
それなら良かったと、兄上は母に似た綺麗な顔で微笑む。どうしよう、そっと帰ろうかな。でも、兄上を相手に、一人にさせるのも可哀相かな?……いや、彼女的には、今実質ひとりなんだけど。
「実は、今回の婚約を父に進言したのは、僕なんだ」
ルポルト侯爵令嬢も、僕も、少し驚いた顔をする。兄上は、気にせず続ける。
「君の事は、辺境伯領の人間に以前から聞いていてね。何となく、思いついたんだ。まあ、結果どうなるかわからないけど……色々なきっかけ位にはなるかなって」
……兄上が何を言っているのか、全然わからない。彼女も、返答に困っているようだ。
「君は、この婚約をどう思ってる?」
「え……?」
びくっと、心が跳ねた。そんなの……迷惑に決まってる。こんなひきこもりの僕に宛がえられて。
否定の言葉が出てくる気がして、身構える。けれど兄上は、それとはまったく別の事を口にする。
「いや……本当のところ、どうなのかなって思ってね。君を蟄居させるのも、一つなんじゃないかと思ったんだ。前闇属性魔法使いのように。……どうしたって、君達は奇異の目で見られてしまうだろうからね。あくまで普通の生活をと、無理に社交界に出そうとしているのは、君の父君だろう?
僕は僕で、この国の利を思って今回の事を推し進めているし……君自身の意見は、全く聞いていなかったからね。他でもない、君自身の未来の事だ。今後、国の為に身を尽くして働いてくれる君の意見を、僕はなるべく尊重しよう」
蟄居……?どういう事だろう。王家の保護・観察の下であれば、ある程度の自由を許されてるんじゃなかったのか?でも、確かに前闇属性魔法使いと、僕は会った事も……見かけた事すらない。前闇属性魔法使いは、確か先代国王陛下の妹君……。普通であれば、見かけた事もないなんて、おかしいんだ。僕は、僕の事に必死で、彼女の状況をきちんと理解できていなかったのかもしれない。
「わたくし、は……」
「ん?」
ルポルト侯爵令嬢は、考え込むように……少し俯いて、黙ってしまった。
兄上は、何も言わず、ただ優雅にカップを口に運んでる。すると、彼女はゆっくりと口を開いた。