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61【リヒト視点】僕の選択


 あの後、ヴィクターの身柄はアルフェイム王国預かりとなり、裁判が開かれた。

 結局、人的被害は最小限に留められたものの、王国を根幹から揺るがす大犯罪だ。


 刑は、その魔力ごと全て消滅させる”無”の刑が下った。

 刑が執行されるまで、彼はまた、薄暗い地下牢で独り過ごす事になるだろう。


 僕は、少しだけ……彼を憐れに思った。


 


 僕とヴィアは、二次覚醒を迎えた反動か、その後しばらく部屋から出る事が出来なくなった。

 ……まるで、全身がものすごく酷い筋肉痛になったようで、動かなかったのだ。

……単に、走りすぎただけかもしれないけど。


 グラナティアは、国家の中枢が危機に陥った際、王子を助け、国を救う一助を担ったとして、陛下から直々に“炎の聖女”の称号を賜わった。もう、彼女を簡単に揶揄出来るものはいないだろう。


 ルシエルは、変わらず鍛錬を続けている。実際に魔獣と相対して、より、強さを求める様になったようだ。オセアン辺境伯領は、次世代も安泰そうだ。


 リヴ・レギオン大公は、ぎりぎりまでアルフェイムにいたけれど、結局、アスガルズに帰った。結構、勝手をしているみたいで、補佐官という男性が怒って迎えに来たのだ。かなり渋っていたけど、嫌々、帰っていった。


 エレノアは、フレイ皇太子殿下との婚姻に向けて、より一層、アスガルズの勉強を頑張っているようだ。今回の件を受けて、アスガルズはアルフェイムに負い目を感じ、エレノアの輿入れに付属する様々な条約やエレノアの立場を左右するような契約を、かなりアルフェイムに有益なものに変えてくれた。両国の友好は、ますます深まるだろう。


 

 闇魔法への評価は、僕が思った通り、かなり良い方向に変わっていた。

 貴族の重鎮達も、自分達が救われた手前、何も言えなくなっていた。

 なにより民意が、大きく動いた。

 ヴィアが助けたと言う親子が、その事を街で声高に話してくれた効果も大きかったようだ。

 あの日の”鎮魂歌(レクイエム)”の光景を、この国の者は決して忘れないだろう。


 

 ……僕らの婚姻は、確定したも同然と、母上が喜んでいた。

 その話を聞いた時のヴィアの横顔を、僕は少し切ない気持で見ていた……。


 

 学院に戻った後は、休んだ分もプラスして、僕らは忙しい日々を送った。

 ランドとの研究も続き、僕は僕の魔法で幾つもの魔道具を開発した。


 遠くに居る人と、顔を見て話せる魔道具。

 正確な位置情報を手に入れられる魔道具。


 今は、体の中の具合の悪い部分を、的確に見抜く魔道具を開発中だ。



 

 どれも研究と制作にかなりの費用が掛かる為、僕は王子であるにも関わらず、私財はかつかつだ。

 最近は、兄上を手伝う度に給料をせびっている。

 国家予算がもっと出ればいいのに……被害を受けた街の修繕や、壊されたシールドの修繕で、今は難しいらしい。


 そんなこんなで、僕は忙しくも充実した日々を送っていた。


 



 

 今日は、久しぶりにゆっくりと時間が取れた為、ヴィアと王城の中庭のガゼボに来ていた。


 ヴィアは、春を思わせる藤色のドレスを着ていた。

 この春、僕は学院の2学年、ヴィアは最終学年へと進んだ。

 いつの間にか、17歳と、18歳になろうとしている。


 ……ヴィアは、変わらず美しく、可愛らしい。


 思えば、僕はここで一目ぼれをしたのかもしれない。あの春の日に。


 僕らは、近況を報告し合った。

 いつも通り、楽しく。

 


 

 そして、僕は新しく出来た魔道具を見せた。


「……これは、どんな効果があるのですか?」


 ヴィアが魔道具を手に取り、首を傾げる。

 雫型の魔石が輝く、ブレスレットだ。


「これは……闇魔法が使われているかどうかを目視で確認できる魔道具なんだ」

「……え」


 僕は、手を差し出し、ヴィアからその魔道具を受け取る。

 それを指でいじりながら、話を続けた。


「これがあれば、もう闇魔法を執拗に恐れる必要もない。もし、闇魔法が掛かっている事が分かれば、信頼のおける闇属性魔法使いや……僕のように解除が出来る光属性魔法使いに、頼めばいいんだ。僕は、これを陛下に進呈した。近々、アスガルズ帝国やヴァナラント王国にも、一つずつ進呈される予定だ。……僕は、この魔道具の生産及び流通の全ての権限を、国に渡した……ヴィアとブリジット様の、魔力抑制具(バングル)を外す事と対応の緩和を条件に」


 ヴィアは、とても驚いた顔をしている。僕は手を伸ばし、ヴィアの手を取る。

 ぱきっと音を立て、魔力抑制具(バングル)が、外れる。


「ヴィア……君は、もう自由だ」

「…………」


 僕はそっと、ヴィアの手を離す。ヴィアは、何も言わず、茫然とその両腕を見ている。



 

 ああ……本当は、言いたくない。ずっと、このまま一緒に居たい。

 

 ずっと、僕の側に居て欲しい。

 

 君の事が、大好きなんだ。

 

 でも、僕の口から出たのは、違う言葉だった。

 

「僕達の婚約を……破棄しよう」

 



 

 柔らかい陽の光と空の色。薔薇の花々と緑の色が、優しく調和している。

 温かい春風が吹き抜け、微かに音を鳴らす。彼女は紫色の瞳をより一層大きく見開き、僕を見ている。

 僕は、ゆっくり深呼吸する。この瞬間を、しっかり受け止める為に。これが、僕の選択だった。

 

 僕は、精一杯微笑んで、明るく話した。


「ここで、初めて出会ったんだよね。……僕は、本当に情けなくて、君には格好悪い所ばかり見せて来た気がするよ。きっと、君が居なければ、僕は今も部屋に引きこもったままの、”引きこもり王子”だった。君に、本当にたくさん、助け貰ったし、支えた貰った。……君を通して、大切なものをたくさん得たよ」


 ヴィアが、自身の手首に触れながら、ふるふると力なく首を横に振る。まだ、話を受け止めきれていないようだ。


「君に、本当に、心から……感謝しているんだ。だから、僕は、君に幸せになって欲しい」


 僕は、一口、紅茶を飲む。緊張していたのか、唇がかさかさだった。

 僕は、丁寧に微笑んで、ヴィアを見る。


「ヴィア。好きなところに行って、自由に生きるんだ。今まで、たくさん我慢してきた分、大好きな事を、たくさん見つけに行っておいで。……ヴィア、これまで、本当に、本当にありがとう」


 ヴィアは、何も言えず、ただ涙を流していた。涙を一生懸命拭っていた。僕は、彼女の前にそっとハンカチを置くと……静かに立ち上がった。

 僕は、ガゼボを出る為、歩き出す。少し進んだ所で、がたっと音がして、ヴィアの声が後ろから聞こえて来た。


「リヒト様!」


 僕は振り返った。本当は、僕だって泣いてしまいそうなんだ。あまり、滅多な事は言わないで欲しいんだけど……なんだろう?


「……ありがとう」


 ヴィアは、涙を流しながらも、笑顔を作ってくれた。みんなをほっとさせる、僕の、大好きな笑顔だった。


「本当に、ありがとう」


 僕は笑って、手を振った。

 踵を返し……



……今、兄の執務室で、しゃがみ込んで泣いている。






「……なんで、ここで泣くんだい?」

 兄上が呆れた声を出して来る。僕は、ソファーに辿り着く事も出来ず、扉の脇にしゃがみこんで盛大に泣いていた。ここが、一番近かったんだ。

「だって……間に合いそうもなかった」

「……何に?」

「泣き顔を、ヴィアに見せたくなかったんだ……」


 兄上は、ふっと笑い、僕の側まで来ると隣に座る。

 この王国で、皇太子殿下を床に座らせるのは、僕くらいだろう。


「……婚約破棄なんて、しなきゃ良かったのに」


 僕は、ふるふると首を横に振る。


「……僕の、気持ちが、ヴィアを苦しめるなんて、耐えられない」

 僕は、兄のハンカチで、鼻をかむ。

「僕の、誰かを思う気持ちは、その人を、幸せにするもので、あって欲しいんだ」

 僕は、ぐずぐずと涙を拭いながら、言葉を紡いだ。兄上は、静かに呟くように言った。

「……そうか。それが、お前の矜持か」

 

 不意にぐりぐりと頭を撫でられる。この人に掛かれば、僕はいつまでも子供だ。

「本当に……お前は賢くて、優しくて、最高に格好いい自慢の弟だよ」


 僕は、兄の服をべとべとにするまで泣いて縋った。







 その後、婚約を破棄した僕らは、友人関係となった。前みたいに、みんなで、交流を重ねている。

 僕は、ヴィアはすぐ(リヴ)の元に行くかと思ったんだけど、そうはせず、生家に戻って行った。

 ルポルト侯爵夫妻は、ヴィアと何とか共に過ごす事は出来ないかと、その方法を探しに他国を巡っていたらしく、その必要がなくなった今、領地でヴィアとの時間を大切にしているらしい。


 つまり、まだ先の事は分からないってことだ。





 僕らは、これまで懸命に生きてきたし……これからも懸命に生きて行くだろう。

 その間に、どれだけの出会いと別れを繰り返すかわからない。


 でも、誰かと積み重ねた時間の分だけ、きっと強く大きく成長できるはずだ。

 

 だから、僕はもう人と出会う事を恐れない。


 自分がどう思われているか……不安になる時もあるけど、そんな時は、僕を慕ってくれているみんなの顔を思い出す事にしている。


 たくさんの、感謝の気持ちと共に。


長らく、お付き合いありがとうございました。はじめての小説で、拙い所は多々あったかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。たくさんの“いいね”や評価も、ありがとうございました。励みに、まだまだ頑張ります。また、お会いできる日を楽しみにしています。

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